PAGE.171「キラードール・パーティー(その3)」
無機質な雰囲気、何を考えているのかもわからない人形のような殺人者。その何者かがフラ付きながらラチェットたちを階段の上から見下ろしている。
サイネリアの言うとおりだ。あの言葉は例えなんかじゃない。
何も感じない。そこにいるのは人間とは思えない何か。人間としての鼓動の一つすら感じ取れないこの恐怖の塊はまさしく人形そのものだ。
また、刃をこちらに向けている。
バッタのように高く飛び上がる。階段の真下にいるラチェットとコーテナを容赦なく八つ裂きにしようと、静かな狂気に満ちた刃を鎌のように振り下ろす。
「くらえ!」
コーテナは即座に重複魔法弾を発射する。
彼女の指先に集うのは数百ボルトの電流だ。それが三重にも重なり数千ボルト近くの電流へと変化を遂げ、融合反発の反動を起こし始める。
反動により弾丸は加速、目にもとまらぬ速さで暗殺者に魔法弾が飛んでいく。
「……」
暗殺者はその攻撃をすぐさま防御。
その行動は全てロボットのようだった。目の前の攻撃に反応した際の仕草も人間のそれにしてはリアクションが皆無であり、ぎこちない腕の動きがそれを更に物語る。
頑丈な刃はレールガンとなった魔法弾を防御しきる。
しかし、かなりの貫通力を誇る高速弾丸だ。防ぎ切ったとはいえ前のめりに突っ込んできた人形の体は後ろへ押し返されることになる。
人形は一旦着地。
もう一度、攻撃を再開するためにその場で再度身構える。
「やらせるかヨ!」
その隙をずっと狙っていたのはラチェットだった。
ラチェットの手元にあるハンドガンの弾丸が人形の体をとらえた。
麻酔銃である。
ラチェットは彼女が人形の動きを止めてくれていた間にアクロケミスを発動し麻酔銃を取り出した。そして着地か何か一瞬の隙を見せる瞬間に発砲する。
ひとまずは動きを止めてもらう。
グッスリと眠ってもらったところで騎士団にでも報告を。
「……ッ!?」
ところが、その目論見は失敗に終わる。
弾丸をまともに受けたはずだ。
だが、“人形は止まる気配が一切”ない。
むしろ弾丸を受けた事に対しても何のリアクションも見せない。身震い一つ起こすことなく人形はカギヅメをそっとおろし身構えている。
(麻酔が効いてない……!?)
人間一人受けたら瞬発的に睡魔が襲い掛かってくる強力な麻酔のはずだ。ところが、あの人形が眠っている気配は一切ない。
(……ん?)
ラチェットは首をかしげる。
この感じ、妙に“既視感”がある。
こういった相手、こういった雰囲気の誰かにあったことがあるような気がする。この人形と同じように、痛みに対してあまりリアクションを見せない相手というか、人形のように心のなくなった誰かを見たような。
(こいつら……まさか!)
ラチェットの中でその妙な既視感の正体に感づく。
「……申し訳ないガ!」
麻酔銃からハンドガンへと切り替える。
麻酔銃も効かなかった。なら、ハンドガンで急所を外して攻撃するしかない。敵は運のよいことに真っすぐにしか突っ込んでこないため狙いも定めやすい。
腕、足、そして脇腹。
攻撃を行うのに失えば不憫な個所へ的確に弾丸を発砲する。飛んでくるまでの6秒間。上達した射撃テクニックをラチェットは披露してみせた。
リロードされた弾丸は6発。そのうちに命中したのは4発だ。
2発は両足に命中。残りに2発はカギヅメで防御されて弾かれた。だが、その瞬間を狙って両腕の手首を上手く狙い撃ちぬいた。
両手両足に命中。相手の動きを封じるには大ダメージである個所を上手く撃ちぬくことに成功したのである。
「……っ!?」
だが、驚愕は止まらない。それでいて動揺も加速する。
まだ動く。負傷しようとも人形は武器を構えながら突っ込んでくる。
接近するまであと3秒。距離もかなり縮められている。
「やらせないッ!」
そこへフォローを入れるのはコーテナだ。既に魔法弾の重複も完了させている。
2重に重ねた冷気の魔法弾を前方へ発射。裏路地に被害が及ばない程度。ラチェットと魔法を発射した本人であるコーテナの元へやってこれないようにと形成された氷の壁で殺戮人形の行く手を阻む。
これで防壁は出来上がった。
あとは向こうがこの壁と正面衝突をするのを待つばかりだ。
「「……ッ!!」」
ところが人形は目の前の障害物も理解していたようだ。
壁を乗り越え、二人に向かって刃を振り下ろしにかかる。
アクロケミスを発動しようにも時間が足りない。魔法を重複させるのには最低でも数秒の時間を用いる。
この奇襲は……ただ見ていることしか出来なかった。
ところが瞬間。
『!!!!』
降りてくる殺戮人形は……“小さな太陽のように燃え尽きていく”。
「「!?」」
二人は思わず目を見開いた。
何が起きたのか。何故、あの殺戮人形は燃え盛っているのか。
勿論、コーテナは炎の魔法弾を撃った覚えはない。そして、ラチェットも火炎放射機らしき装備を出した覚えもないし、第一出したことは一度もない。
燃え盛る体。これにはさすがの殺戮人形もリアクションを取っている。
空中で燃えていく体に苦しみながら天高く悶えている。
「友に手を出した報いだ……」
氷の壁が砕け散る。
その先の階段の真上では……堂々とした立ち振る舞いでアタリスの姿がある。
「しかし、とんだ茶番だ。三流にも程がある。残念でならない」
アタリスの瞳は真っ赤に光っている。それでいて落胆とした表情は、視界にすら入れたくもないゴミを見るような表情でかなり冷め切っている。
勢い余った殺戮人形は燃えたまま二人の頭上を通り過ぎていく。
表通り。ガレージの入り口手前、つまりは公共の場へと苦しむように落ちていく。
体に限界が来たのか……その体は空中でピタリと動きを止める。
『ッ!! っ!! ッゥウ!!』
瞬時、膨張。
殺戮人形の体は大きく膨れ上がる。
『!!!!!』
誰もいない表通りの場で耳も痛くなるような大爆発を起こした。
「何だなんだ!?」
何でも屋スカルの入り口。ガレージから驚いたスカルが慌てて外に飛び出した。
しかし、そこには何かが爆発したような焦げカスが残っているのみで、殺戮人形がいたような形跡は一切見当たらない。存在そのものが塵となって消えていた。
「つまらん」
アタリスはアクビをしながら何事もなく裏口から事務所に戻っていく。
玄関前にいた蟲を駆除したくらいのテンションだった。真下で爆発した殺戮人形の興味など一切消えさえったのか、その言葉は実に冷めたような失望だった。
「……とにかく下に行こう!」
数秒間固まっていた二人だったが、コーテナから体が動き出す。
スカルは大丈夫なのか。ラチェットもあわてて彼女に続いて様子を見に行った。
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