PAGE.169「キラードール・パーティー(その1)」


「おかえりなさい! 手袋!」

 ラチェットとコーテナが家を出てから数時間。不穏な空気が流れながらもいつも通り賑わっている王都。大事になっているのは一部の地域という事もあって、まだ平和の日常が続いている。


 ルノアの家に訪れた二人は約束通り洗濯してもらった手袋を返してもらう。微かに匂う石鹸の香りが心地よい。


「じゃあ、またね!」

「うん」


 手袋を受け取った二人は、玄関で出迎えてくれたルノアに背を向ける。


「……ラチェット君、コーテナちゃん」


 立ち去る最中、震えた声が二人を呼び止める。


「あぁ?」

「どうしたの?」

 他にも要件があるのだろうかと当然振り返る。コーテナはいつも通り呑気にきょとんとしているが、ラチェットはいつもと違って何処か焦り気味だった。


「……最近、街の方も物騒みたいだから、気を付けてね」


 例の事件。

 それに対しての怯え。それに対しての警告。友人想いの一言であった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 用事も終えたところで寄り道もせずにスカルの事務所まで帰ることにする。


 寄り道をせずに帰ろうと口にしたのはラチェットだった。


 “外に行くときはくれぐれも危ないところに行くな”

 やっていることが借金の取り立て紛いとしか思えなかった、不法侵入の騎士・サイネリアの言葉がずっと頭に残っている。


 最近起きた学園での大量殺人。それとは別に王都でも謎の殺人事件と失踪事件が相次いで起きている……そして、その犯人は未だに見つかっていない。

 その犯人はまるで人形のように無機質で無感情。想像以上のしぶとさを見せた上にそれなりの人数が確認されている。戦闘のスペシャリストでさえも逃がした相手なので遭遇したら気をつけろという警告だった。


「……ラチェット、どうかした?」

 不安そうな表情を浮かべているラチェットに気付いたようだ。コーテナは手袋をつけた腕を広げては閉じるを繰り返しながら聞いて来る。


「もしかして、ラチェットの言ってた“暗殺者”の事?」

 勿論、サイネリアから聞いた殺人犯の事はコーテナの耳にも入れている。今後活動する際は怪しいところに近づかない様にさせるために。


「あァ、騎士団も手を焼いているみたいだからナ」

 当然、ラチェットにも不安がある。

 それほどの強敵がこの王都でウロついている。早いところ解決してほしいものだと心の底から思っている。


「大丈夫! ラチェットがピンチの時はボクが助けに行くから!」

「なんで、俺が守られる前提なんだヨ」

 コーテナの頭に軽くチョップを入れる。

「ふぎゃっ」

 コーテナは少し面白い声を上げたと同時に、頭の耳もピョコっとチョップに連動して動く。まるで縫いぐるみの玩具のようだ。


 二人は裏口の玄関から入るために路地裏の階段へと入っていく。

 早いところ事務所に帰ることにする。面倒な事に巻き込まれるのは厄介だ。


「……ん?」

 事務所に向かうため、薄暗い階段を下りている最中の事だ。

 

 妙に背筋がくすぐったい。

 誰かに触れられてるわけでもないし、背中を押す程度の風が後ろから吹いているわけでもない。しかし、何とも言えない妙な感触が背中を刺激する。


(寒いナ、何かガ)


 これは……視線だろうか?

 何者かの視線。妙に直感の働くラチェットは不気味な感覚に思わず後ろを一瞬だが向く。




        “ッ!?”




 ラチェットの体。くすぐったい感覚が一気に冷気へと切り替わる。その一瞬は肌身全てに鳥肌を立たせ、冷え切った舌で体全体を舐めとられたような感覚に陥る。



 カギヅメ。

 巨大なガスマスク。

 人形のように無機質な雰囲気。


 微かに感じる不気味な視線。


 震え一つ見せはせず、少年たちの背後に佇むは“キラードール”。

 心が見えない殺戮人形は両手の凶器を構えて、二人の方へと気が付けば飛び込んでいた。


「コーテナぁっ!」

 殺意に気付いたラチェットはコーテナの体に抱き着き、そのまま人形からの攻撃をかばうように倒れ込む。


 判断が早くて助かった。カギヅメによる攻撃は一瞬だがラチェットの肩を掠めた程度の被害で済む。


「ぐっ……!?」

「うわぁっ!?」

 しかし、階段でいきなり倒れたとなれば、当然二人の体は玄関のある階段の真下まで転がっていくことになる。二人の体は抱き着いたまま樽のように勢いよく転がり落ちていく。


「「ふぎゃっ!!」」

 二人の体はゴール地点である玄関前の鉄柵にストライク。鉄柵へダイレクトにぶつかったのはラチェットの方だがその衝撃はちゃんとコーテナにまで届いたようだ。


 今度は二人同時に変な声を上げた。冗談抜きで痛かったのだ。骨身を鉄パイプか何かで殴られたように感じて。


「ラチェット!? どうしたの!?」

 突然飛びついてきたラチェットにコーテナは立ち上がる。

 元々段差の高くない階段。そこを意識して転がるのであれば大した怪我にはならない。だが、コーテナがケガをしない様にと彼女の頭と体をしっかり押さえたまま落ちていったのだ。


 転がり落ちていった衝撃を一番大きく貰ったラチェットは体を抑えている。ものの数秒は立ち上がることが出来なかった。


「……コーテナ、お前は中に入っとケ」


 視線の先。

 一歩ずつ、またも一歩ずつ。


 のらりくらり。そろりそろり。

 呼吸一つ感じさせない狂った人形が、処刑の合図を視線で送っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る