PAGE.157「優等生たちのお茶会」


 王都学園、今日は休みのために休校日。


 しかし、休みであれ学園に訪れ、魔法の研究を行うものは多数存在する。立派な魔法使いや騎士になるためにと、その志を胸に学園に来るものが沢山いる。


 時間は真昼間。学園の食堂。


「……」

 学園のナンバーワン。将来的には騎士団候補生とも言われる実力。成績優秀・スポーツ万能に飽き足らず、容姿端麗とまで全てにおいて完璧と噂されている。ついた異名はその完璧にちなんで、“完全才嬢[パーフェクト・レディー]”。


 王都きっての名家。ミストラル家の長女・フェイトだ。

 学園食堂の真ん中のテーブルにて優雅に紅茶を啜っている。その姿には男子は勿論、同じ女性からも美麗で愛おしいと遠目で声援を上げている。


「なぁ、フェイト……食事は取らなくていいのか?」

 続いては学園にて指折りの天才魔術師と呼ばれている優等生。彼が解読した魔導書は全部で八冊とその数字は魔法使い界隈の中では破格の数値。

 天才の一族として陰で噂されるリカルド家の長男であり、後の領主になることも約束された男子生徒・エドワードだ。


 お昼ご飯だというのに紅茶しか啜らないフェイトの事を気遣っているようだった。


「構わない。今から食べると、約束の時間に間に合わない」

「そ、そうか……」

 自身だけご飯を食べていることを申し訳なく思いながらエドワードはサンドイッチで軽い昼食を取っている。学園のサンドイッチはお洒落な喫茶店に負けないくらいに美味で心地よい。


「ふふふ」

 フェイトとエドワードの何処かじれったいやり取りを見て微かに微笑みを浮かべる少女。

 その女性は学園のナンバーツー。フェイトと横に並ぶ数少ない才女として有名であり、その大人しく麗しい風貌には男性からの評価はかなり高い。


 そちらの世界で言うなれば、“大和撫子”という言葉がベストだろうか。

 学園のナンバーツーの彼女の名前はコーネリウス。フェイトの懐刀という異名をも授かっている、フェイトの数少ない友人の一人である。


「すまない、水を入れてくる」

 空になった紙コップを片手に食堂へ水を貰いに行く。コーネリウスのコップの水が空っぽになったことに気付いたようだ。


「ああ、ありがとう」


 フェイトは有名な家紋の娘でありながら、学園には執事もボディガードも連れてこない。身の回りの事も全て一人で行うなど徹底している。


 何事にも対処できる完璧な人間であるために。

 フェイトはお世話係に何一つ頼ろうとしない姿勢を見せていた。


 一人静かにフェイトがテーブルから離れるのを確認すると、そっとエドワードの耳元にコーネリウスは顔を近づける。


「エドワード、実はフェイト……ダイエット中らしいんだ」

 フェイトが遠く離れた厨房にまで水を貰いに行ったのを確認すると、彼女に聞こえない様に食事を取らない理由の真実を小声で伝える。


「な!? そうなのか!?」

 エドワードも小声で驚いている。


「そう、だから元気がないとか、そういうわけじゃないから気にしなくていいよ」

「そうか、よかった……」

 コーネリウスから告げられた言葉にエドワードはそっと胸をなでおろす。


「どうだい? それから進展はあった?」

 面白そうにコーネリウスは質問を畳みかける。


「……あまりよくない」


 この学園では周知の事実で有名な話ではあるが、ミストラル家とリカルド家は良好な関係だったらしく、その子供であるフェイトとエドワードは許嫁の関係である。


 エドワード自体は彼女の事を凄く快く思っており、自身の生涯をかけてでも彼女に尽くそうと必死になっている。

 親の取り決めによって決められた許嫁の関係であるが、エドワード自身はフェイトの姿とその志には強く惹かれている。


 そのために毎日、彼女のために奮闘しているようだが……難しいようである。


「ちなみに先月の誕生日には何をプレゼントした?」

「毎年プレゼントしているバラの花束。それと別に、イヤリングをプレゼントした……だが、普段付けていないところを見ると、気に入って貰えなかったようだが」

 かなり悔しそうにエドワードは唸る。


 二つの名家の関係は良好。そしてエドワード自身もフェイトに惹かれてはいるのだが……フェイト自身はエドワードに対して無関心のような空気を見せているのだ。


 というか恋愛そのものに興味がないように思える。

 完璧な騎士になるという夢。その道を進むためには、恋愛にウツツを抜かしている暇はないという考えなのかもしれない。彼女の場合。


 彼女の気を引こうと奮闘し、今年の誕生日にも高価なネックレスを自費で用意するなど奮発した。だが、その結果はあまり見られないようだった。


「ふふふ」

 コーネリウスは残念そうに唸るエドワードを面白そうに笑う。


「笑うことはないだろう」

「いや、だって……ふふっ」

 あまりの可笑しさにコーネリウスは腹をよじれていた。

 そこまで笑うなんて失礼な奴だと当然エドワードは機嫌が悪くなる。第三者からすれば面白い話かもしれないが、そこまで愉快に思われると不快になってしまう。


「……そのイヤリング、どんなイヤリング?」

「百合の花が描かれた装飾が付いたものだが」


「そうかー、やっぱりかー」

 これまた、コーネリウスは楽しそうに笑みを浮かべていた。


「安心しなよエドワード。そのイヤリング、私と外出するときには付けているよ。本人に聞いてみたら、可愛らしくて気に入ってるんだってさ」

「本当か!?」

 エドワードは思わず声を上げてしまう。ヒソヒソ話が周りにバレそうになった。

 そりゃ当然だろう。プレゼントしたイヤリングを一か月もつけられていないのがショックだったのだ。しかし、そのイヤリングは自分の知らないところでつけられていた。


 それだけではなく可愛らしいとまで感想も貰っている。

 あの不愛想かつ素っ気ない態度の多い彼女の口からその言葉が出た。プレゼントした本人はその言葉に狂喜乱舞するのは当然の事。

 

 思わず領主の息子らしくない下品なガッツポーズを披露する。鼻息も荒く、その目は勢い良く見開いていた。


「どうしたエドワード。騒がしいぞ」

 水の入った紙コップを片手に首をかしげるフェイトの姿がそこにある。

「いや、なんでもありません! ああ、ない! ないともっ!」

 慌てるエドワード。普段の硬派な印象が台無しだ。

 それに対し、フェイトはこれまた謎を浮かべるような仕草でテーブルに座った。


「頑張り給えよ。可能性はあるんだ……うっかり、あの“新入生”にとられないように頑張るんだ」


 新入生。

 それはもしかしなくても分かる。あの仮面の転入生の事である。


「……ああ、わかっている」


 フェイトとコーネリウスに任された任務。それは、仮面の転入生“ラチェット”を監視することだ。

 その理由は聞かされていない。騎士団の間でも機密情報となっている。騎士団からの任務を全うするため、フェイトは自らの時間を割いてでも、ラチェットの監視を続けている。


 彼女自身の時間。そして、彼女といる時間。

 その全てが、あの男によって阻害されている。


「フェイトは渡さない……あんな男にだけは!!」

 炎に闘志を燃やし、拳を天井に掲げていた。

 その感情はヤキモチだ。単なる嫉妬だ。だが、彼はフェイトを数年も愛した身。どこの馬の骨かもわからない男に独占されるのだけは許せないと断言してみせた。


 この目が光っているうちは彼もまた……フェイトの許嫁という立場のために、トップ候補に躍り出る魔法使いのプライドにかけて、戦い続けることをここに宣言した。


「……何か分からないが、食堂では静かにしろ」

 フェイトは首をかしげながら紅茶を啜った。



 学園のトップとエースが三人揃って昼食を嗜んでいる。その風景には誰も近づけないオーラを放っていた。



「やぁ、君たちが今日の案内係かな?」

 そんな空気の中に堂々と入り込み、それどころか会話に口を挟んでくる女性の姿が一同の目に入る。

 長身の女性。独特な黒い制服を身に纏い、少しばかり尖った眼鏡をかけた研究者らしき女性が微笑みながら声をかけてくる。


「アルカドア所属、“ノァスロ”という者だけど」


 研究員の女性は、物静かに自己紹介をした。

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