PAGE.156「ショックとデイドリーム」
「はぁ、面倒な事になりやがッテ……」
スカルがあそこまで女性に弱いとは思ってもいなかったラチェット。
確かにあのオボロという人物。ちょっと男っぽい仕草や喋り方などガサツな部分が強く目立ってはいるものの、黙っていれば極上の美人であることには間違いない。動きやすそうな衣装に包まれたあのスタイルも天下一品ものだ。
だが、爆弾魔だ。
何度も言うが、指名手配犯だ。
精霊騎士団やエージェントなどの目が光っているこの状態でこうして何事もなくオボロをかくまえたのはハッキリ言って奇跡としか言う他ない。
許可を出したのは、気になる単語を口にしたからだ。それだけの理由がなければ、承諾なんてしなかった。
……見つかったらどうなってしまうのだろうか。
何せ、国際指名手配犯をかくまっているのだ。全員仲良く牢獄行き、そのまま一斉に火炙りの刑なんかにされるのではないだろうか。
「……あー、怖ッ」
これにはラチェットも身震いを起こす。
とりあえず、彼女には外に出ないようには告げてある。あと、怪しい真似を少しでも見せたらその地点で騎士団に突き出すことも約束した。
今のところは、何かワケあっての行為であったことを受け入れる。
その言葉が嘘じゃない事の証明の為に、オボロもその事情を受け入れた。
「なんでこうもまァ……迂闊に飛び込めるかネェ」
もしかしたら、あのオボロという人物は本当にただの極悪人である可能性はある。
しかし、スカルは彼女を信じた。
いや、彼の場合、下心の方が強いから受け入れたという可能性はなくもない。かくまって助け切ったご褒美には何か良い事でもしてもらおうと考えているのではないのか。あの色仕掛けに敗れた頭の中では。
……とはいえ、スカルの人柄は理解している。
彼の中であのオボロという人物に何かを感じたのだろう。
「まぁ、俺も他人の事は言えねーんだけどサ」
どのような危険な状況だろうと救いの手を差し伸べる。
ラチェットはその一件に関しては強い心覚えがある。無謀にもほどがあるとスカルを馬鹿に出来る立場ではない。
あの行動に何の後悔もない。
あの行動のおかげで……あの少女も、そして自分も、笑う事が出来るようになったのだから。
「さてト、とっとと部屋に戻ってジュースでも飲むカ」
全員仲良く火炙りにされているところを想像していると寒気の前に嫌な汗をかき始めた。その汗が不気味なくらいに気持ち悪いと言ったらありゃしない。残暑という微かな気温も残って、蒸せるような苦しさも感じる。
部屋に戻って、冷たい飲み物でも飲むことにする。
ガラスのコップに数個の氷。キンキンに冷えたビン入りのオレンジジュース。想像するだけでも気持ち悪さは解消できるような気がした。
「……っ」
解消、できると思った。
さわやかをイメージする。そうすれば、楽になると思った。
さっきから感じる。
この”頭痛”もきっと。
「……くっ、あっ」
火炙り。保身のため可愛らしいイメージ絵で想像していたが故に実をいうと、それほど緊張は抱いていなかった。軽い冗談のイメージのつもりだった。
なのに、体が恐怖に締め付けられる。
燃えてしまう。
また……”街が燃えてしまう”。
彼の頭上で。
どこにあるかもわからない街が焼け爛れていく。
「うっ……!?」
ここ最近。なぜか妙な夢を見る。
「またっ……また、か……!?」
燃える街。そこを歩く自分の姿。
怯えあがる人間たち。燃え上がる人間たち。絶叫する人間たち。
聞いているだけでも鼓膜が破れてしまいそう。聞いているだけでも心が割れてしまいそう。聞いているだけでも手足がもつれてしまいそう。聞いているだけでも……呼吸が止まってしまいそう。
連続だ。
ここ最近になって、そんな後味の悪い夢ばかりを見る。
しかも……夢どころじゃない。
真昼の幻覚”デイドリーム”すらも、見てしまうほどに。
「こん……のっ!!」
近くの壁に思いきり頭をぶつけた。
頭蓋骨が割れるように思えた。胸にこみあげる灼熱を鎮めるために。頭の中を支配する不気味な気持ち悪さを全てかき消すために、彼はその興奮のままに”幻覚を見てしまう自身の顔”にショックを与えた。
消えた。幻覚はガラスのように細かく砕けて消えた。
頭の感覚がなくなった。
手加減なしで思い切りぶつけたのだ。何も感じなくなることをイメージして、こうも強く自傷にでも回れば当然である。
「ふぅ……はぁッ……!」
頭を強くぶつけた直後。ラチェットの顔から仮面が外れる。
モップで軽く磨かれた床に仮面が跳ねる。割れることもなく、形を残しまま、いつも素顔を隠してくれる仮面の瞳がラチェットの瞳を覗き込むように上を見る。
「……」
気持ち悪さ。怖さ。
この震え。この同様。
「……お前、が、見せてる、ノカ?」
透き通るような意識の中、ラチェットは仮面に手を伸ばす。
何も分からない。何も考えられない。自身が今、他人から見れば、精神を疑うような発言をしたことにさえも無関心に、ラチェットは仮面を拾い上げ、再び狭まる視界を体感する。
もう、何もわからない。
ぐらりと歪んだ視界の中で……ラチェットの意識は途切れそうになった。
「ラチェットー、どうしたの? 何かすごい音が聞こえたけど」
「!」
だが、途切れそうになる寸前。
ラチェットは意識を取り戻す。
「いって……!!」
そして、理解する。
強く痛めた自分の頭。とてつもなく馬鹿な事をしてしまったという自覚を。
「どうしたの? ラチェット?」
「いや……なんでもナイ……」
熱したフライパンを直に額につけられたような感覚。こびりつくような痛みは早々晴れるものでもなく、氷嚢の一つは当たり前のように欲しくなる。
あまりの痛さに涙を流しながらも、ラチェットはリビングへと歩いて行った。
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