< EX.SS③ ~青春の残り香~ >

 魔法世界歴??/??/??


「ふぅ……」


 酒場のバーカウンターでは、黒のドレスを身に纏うピアノ詩人が一息ついている。

 渡されたコップの中に入っているのは一杯のミルクだ。本人曰く、それなりに歳は過ぎているらしいが、どうしてもアルコールだけは慣れないのだという。


 見た目だけは大人っぽい雰囲気だが、その中身は意外にもお子様なのだ。

 気分付けのためだけに投入されたロックアイスがミルクを絡み合う。中身がミルクと知ってる人がほとんどなだけに、その雰囲気は妙にぶち壊しだ。



「今日は良い飲みっぷりだね」

「沢山喋りましたからね」


 今までの過酷な冒険と違い、天真爛漫のスクールデイズへと話は変わった。

 物語の空気も変わってくるにつれ、ピアノの旋律も愉快なものへと変わっていく。リズムに合わせ体を小刻みに動かしている上に、その声もスキップをするかの如く、軽快であった。


 ここ最近、運動慣れしていないというピアノ詩人にとっては結構な体力の消耗だったのだ。ロックアイスで極度に冷やされたミルクは今の彼女にとっては天国気分を味合わせてくれるものだ。


「しかし、本当に楽しそうに喋ったね」

「実際、楽しいからね」


 物語を言葉で紡ぎ、世に奏でる。

 彼女にとって、その一時は非常に有意義なものであると告げる。


「ふふっ、いつもそのテンションだと面白いんだけどね。何というか、昔を思い出しちゃうからさ」

「……もう。からかわないでよ」


 女店主の言葉にピアノ詩人は頬を赤らめる。紅潮した体の温度を再び、キンキンに冷えたロックアイス入りミルクで誤魔化していく。


「変わらないよ。今も昔も」

「……うん」



 女店主は一つのコップを取り出し、ロックアイスとミルクを投入する。


 

 目も合ったところで互いに乾杯。

 友情を。今後も仲良く。互いに誓いあい、再びミルクを一気に飲み干した。



「楽しかったよね。皆、やんちゃやっててさ」

「……だけど、大変なことはいくつもあった」


 笑顔から一転。

 ピアノ詩人の顔色が険しくなる。


「その後の事も、そして、あの日の事も」



 コップをそっとカウンターに置き、帰り支度を行う。



「次の物語は……彼にとっても、”君”にとっても辛くなると思う。本当にいいの?」

「……いいんだ。あの日々を乗り越えられたから今の皆がいる。今となっては笑い話とまでは出来ないけど__思い出だよ。皆もそう言ってる。それに……君のやりたい事なんでしょ? 応援しているよ、皆、君の事を」

「……ありがとう」


 扉を開き、ベルが鳴る。

 最後のお客。ピアノ詩人が立ち去るとともに明かりは消えていく。



「……忘れはしない」

 酒場を立ち去っていくピアノ詩人の拳に力が入る。

 それは怒りなのか、それとも悲しみなのか。心も痛む想いが彼女に火をともす。

「あの最低最悪の”マジックショーの黒幕”のことは」

 次の物語。それは、少年少女の青春の物語。

 地獄から這い上がってきた彼らに再び突き付けられる”試練物語”となるだろう。

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