PAGE.153「夢想と届かぬ世界のラブソング」

 後日、学園はいつのまして静かだった。

 魔物が出現した一件以来警戒状態だった。その最中で再び同じ現象が学園内にて発生する……被害は魔法使い達の活躍により未然に防げているにしても、その規模は間違いなく大きくなっている。


 次第にその話は学生の間でも広まるようになる。

 静かで騒々しい。胸に渦巻く恐怖を微かに漏らし、この身に危険が及ばないのかと保身のために教師へ問い詰める生徒達。


 賑やかな日々は、どよめきの日々へと姿を変えていく。

 中には登校を拒む者すらも現れる始末なのだという。学園の外でも起きている”魔物の出現”。ここ数日と時が流れ、王都の騎士とエージェントが動いているにもかかわらず事件収束の様子が見られないともなれば、生徒本人外に出ることを拒む事もあるだろうし、親の手が回ることだってある。


「……弱いな」

 学園の天才が一人、エドワードは魔導書を手に図書館を出る。

 静かである事。心を落ち着ける場所として必要づける空間であるはずの図書館でさえも、その不安の波が溢れかえっているのだ。生徒達のヒソヒソ話は、エドワードにとっては読書の妨げにしかならない。


「弱い、か」


 心の弱い生徒達を前に、ふと漏らした自身の言葉にエドワードは口元へ触れる。

 

 弱者。それは、上に立てぬ者達。この世界において敗者の烙印を押された者。




 昨日、エドワードは敗者となった。

 半魔族の少女生徒による決死の猛反撃。学園のトップを飾れるに適した素質を少女は証明してみせた。決着こそつかなかったが、あの少女はその途中まで、エドワードを負かせてみせた。


「くっ……!!」

 

 酷く、歯を噛みしめる。

 怒りのあまり血液が熱くなる。悔しさのあまり、肉が膨張する。


 頭の中が真っ赤に染め上がる。いつもは落ち着いているはずの心が……その全てが”己への不満”という概念の元に締め付けられていく。


「俺は負けた……負けたんだ……!!」


 エドワードは図書館を抜けると、強く足を地に打ち付ける。

 自身愚かさ、自身の小ささ……そして、自身もこの学園のどよめきの一部と化している事への情けなさに歯を噛みしめる。


「これでは、こんなことでは……フェイトは……!」


「おや、エドワード君じゃねぇの」


 図書館を出て数歩もたたないうちに、一人の教師とすれ違う。

 

 カトルだ。教師の中でも歴が浅く若いという事もあって、生徒とのコミュニケーションは充満であれど、問題視されている半魔族の男。まだ学生気分が抜け切れていないような振る舞いで声をかけてくる。


「どうしたの。機嫌悪そうだけど」

「……すみません。こちらの私用です」


 カトルに限らず、この一見は学園の教師に話す事ではない。

 それは彼個人としての意地が、魔法使いとしてのプライドが許さなかった。


 教師を前にすると、彼の気持ちは自然とクールダウンする。自前のアンクルの位置をそっと整え、沸騰しつつあった血液も冷めていく。


「まぁ、何があったのか知らないけどさ」


 軽く、カトルはエドワードの肩を叩く。


「面倒な事があったか? それとも天才もスランプか?」

 彼にとっては悪気のない言葉であるのは分かる。気づかいなのは分かる。

「何はともあれ、相談の一つくらいは受けてやるからな? まぁ、言いづらい事だったら無理して言わなくていいが……あまり気張り過ぎるなよ。人生一度っきりだ、気楽に行かなきゃ損しちまうぜぇ? 若いんだから、尚更な」

 実際、彼の言う通りだ。気を詰め過ぎると、今後上手くいくはずのものすら失敗だらけになる。ここぞというときに、気が乱れ続け、何れは正気を失ってしまう。


 助け舟なら何度でも出す。

 カトルはそう言い残し、図書館に用があったのかそのまま彼を通り過ぎて行った。


「……他人の手を頼るほど、弱くいるつもりはありません」


 カトルが立ち去った直後。エドワードは心理のうちに秘めた言葉を漏らす。


「俺も、フェイトも……弱くはない……弱いまま、生きていくつもりはない!」


 再び怒りがこみ上げるも、さっきと比べてある程度は落ち着いている。

 動転を隠しきれていない足取りで、エドワードは教室へと戻っていく。


「カトル教諭。貴方の気遣いは心地よいモノではあるだろう。だが、教諭としてのその発言は……あまりに”無責任”だ」


 ざわめきの消えない人込みの中で。

 グレースケールの世界。エドワードの視界に映る人間は……”見えない”。


 全ての人間の顔に黒いクレヨンで塗りつぶしたようなモヤがかかっている。生徒に限らず教諭も含め、学園の外で平穏に暮らす民達も、一部の騎士も変わらない。


 真っ黒でモヤだらけの世界。

 彼が最も嫌う”存在達”の中で、エドワードは胸に秘めた思いを微かに漏らす。



「そうだろう。人生は内容だ。楽しさを感じていられたか。喜びを感じられたか。自身の満足のいく人生を歩めたかどうかが重要だ。能力や称号だけでは意味がない。



 だが”全ての人間に、色味のある人生を歩める資格を持っているわけではない”。

 ”全ての人間が、皆と同じステージに立って生まれることはない”。


 

 そうだ、ステージに立つために気張らなければならない。足掻かなければならない……”そのステージに立つに相応しい資格を得らなければ、この身に生を持っている資格すらもない”に等しいと下されるのが人間の世界だ……!!」



 空は青空。しかし、エドワードに映るその空は曇天。

 色輝きに溢れるはずのスクールライフも、今の彼にとっては廃墟の街。



「俺も……そして、彼女も」


 廃墟の街。砕けたガラス。腐った木製テーブルに埃かぶった絵画。



 ボロボロのドレス。引きちぎられたスーツ。

 体は鮮やかであっても、心は無残な傷だらけの少年少女。





 ブラックアウト。

 エドワードはモノクロのステージの中で、意識を閉じた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同時刻。南都路地裏地域。


「……ここにもいた、か」


 まだ学生は学びの園で青春に耽っている時間帯だ。

 そこに二人、王都学園の象徴ともいえる二人の女子生徒が現れる。




 オオカミだ。

 牙を立て、路地裏にはびこんでいたゴロツキ達の肉を食らいオオカミ達。


 新たな餌。肉の香り。

 オオカミ達は気を荒立てる。欲情にも近い興奮を煽らせる。



 その欲望のままに。

 オオカミ達は一斉に二人の女子生徒へと食らいついた。





「獣が」


 暗闇に紛れた魔物達の身が裂かれる。

 顔から尾へ。真っ二つに両断されたオオカミ達の亡骸が地面に叩き落される。痛みに溺れる悲鳴すらも上げる暇はなかった。


 ……光が見える。

 学園のナンバーワン・フェイトの右腕には”光が纏われている”。


 聖剣ともいえる形に形成された眩い光が。



「さてと、まだ残りがいるみたいだね」

 コーネリウスも準備を始める。

 彼女と同様……その右手には”見えない何か”を纏っている。透明の魔力が空間の澱みを作るために、それを確認できる。


 魔力の風が心地よく二人の髪を撫でる。


 魔衝。二人はそれぞれの剣を手に路地裏へと進んでいく。



 王都の脅威。それを追うために。

 そして、逃げ出した”爆弾魔”の処刑も試みるために。



「私に触れるな」


 獣からの返り血をそっと、片腕の光で拭う。





 感情のない殺意と共に。

 少女は”グレーの世界”を駆け抜けた。




【第8部 青春波乱のアフタースクール 暗雲の章  完  】

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