PAGE.151「この世へ降りた悪魔(後編)」


 息を吐く。

 動きを止めた怪獣を前に、ラチェットは仮面をそっとずらし、中に籠った汗を急いで拭う。


 隕石の雨も止んだ。

 同時に怪獣は胸を酷く抑えながら苦しんでいる。


「魔法は全部防ぐみたいだが、それ以外は通るってことダロ」

 ロケットランチャーを構えてドヤ顔。

 人差し指を突き刺すその姿は名探偵の如く、かなり決まったと自負したいラチェットである。


 この少女は高らかに叫んだ。魔法は一切効かないと。

 だが、ロケットランチャーは魔法により呼び出されたものであるものの、その攻撃手段は魔法とは一切無関係だ。結果、一瞬だけ見えた結界の対象にはならないということだ。


 胸を押さえ苦しむ怪獣。

 傷のついた宝石が微かにだが点滅を始めている。



(やっぱ、そこが弱点か……わかりやす過ぎるゼ)

 ラチェットは見逃していなかった。

 コーテナがレールガンを怪獣に放った瞬間、怪獣が隕石の雨を浴びている最中に胸元の宝石が怪しい輝きを見せていたことに。


 そこでラチェットは予感していた。魔法を全て防ぐ結界の正体はあの宝石にあるのではないのかと。今日は絶好調なくらいに頭が冴えていた。


「ふざけるな……何故、言う事を聴かん!?」

 エドワードは聞く耳持たずのラチェットを叱責する。

 今の行動はあまりにも無謀すぎる。勝算なんて見いだせなかったこの状況。その攻撃が通るかどうかすらも分からない状況にその無謀さは感銘を受ける事すら馬鹿馬鹿しいとエドワードは怒鳴りつけてくる。


「……助かったくらい言えってんダ。だから、お前が気に入らないんだヨ」

「はぁ?」

 ラチェットの言葉にエドワードは首をかしげる。

 聞き間違いでなければ、ラチェットはとんでもない発言をしていたように思える。



「何度でも言ってやるヨ! 俺はお前が大嫌いダ!!」

 人差し指をエドワードに向けてハッキリと宣告する。

「だから、お前の指図は受ネェ! お前の言うことを聞くなんて真っ平同然、死んでもゴメンだったからなッ!!」

 ___誰がお前の言葉を聞くものか。

 命令なんて絶対に受けないぞと変わり映えのない敵意をラチェットは向けていた。



「あの野郎ども……!」

 苦しむペットの頭の上で少女は唸る。

「ぶっ殺す!!」

 巨大オオカミが咆哮を上げ始める。


「ゴチャゴチャうるせぇんだヨ!」

 もう一発のロケットランチャーを少女の頭上に向けて発射した。

「ぐっ!?」

 大爆破。その衝撃で少女は怪獣の頭の上から放り投げられてしまう。

 飼い主、もとい怪獣のブレインであったマスターを失った事で怪獣の動きが一瞬で困惑だけの挙動不審へと変わり果てる。


 その隙を見逃さない。

 刀を片手に……コヨイが迫る。


「なるほど、魔法以外が通るのなら、私の出番でもあるという事ですよね」

 ラチェットの攻撃した地点を見て、彼女も微かに思っていた予感を信じて宝石を攻撃することにする。あれが魔法をすべて防いだ結界の正体であれば、真っ先に破壊するのが自身の仕事だとコヨイが迫る。


 怪獣に飛びつくように刀を振り上げ、その刃を宝石へと叩きつけた。

 彼女の腕力、そして刀を振る素早さはドーピングを行った敵を相手にパワー勝ちする。コヨイのフルパワーは頑丈な宝石を容易に破壊してみせた。


「んなっ……馬鹿なっ」

 宝石を破壊され悶え苦しむペットを前に、少女は狼狽える。

「ちっ……そのペットのカリは必ず返してやるからな!!」

 ……謎の少女は即座に姿を消した。ペットと言い張っていた怪獣を薄情にも見捨てて。


 負けを悟った。

 宝石が壊されたのを確認してからの逃亡……やはり、あの宝石が結界発生装置であったようだ。つまり、あの怪獣は知性も防御手段も失ったタダのデクの棒ということである。



「これで決める!」

 コーテナは火炎弾を四重に重ねる。

「……仕方ない」

 同じく、エドワードの魔導書を発動させる。

 ビーム砲だ。先程浴びせられた黒い閃光と全く同じビーム砲がエドワードの指先にて発射準備を完了させていく。



「「行け!!」」

 二つの魔法が怪獣に向かって発射された。



 全てを焼き払う閃光、そして全てを包み込む爆炎。




 二つの魔法は……巨大な怪物をあっという間に灰塵と消し去った。



「よっしゃぁ!」

 何もしていないアクセルがガッツポーズで喜んでいる。我がもの顔で喜んでいるのが少しばかりムカつくが全員、そんな彼に視線を送る気配なし。


 怪獣を倒した。

 一同はそのことに対して安堵の息を吐いた。



「いやぁ、助かったよ!」

 法被の女性が陽気に話しかけてくる。

「もうダメかと思った! 冥土の土産もなしに葬られるところだったよ」

 随分と酷い目にあったものだ。お礼を言ってきた法被の女性はしみじみと先程までの境遇を思い出しながら余韻に浸っている。


 ……あの怪獣、この女性を襲っていたようだが。

 一体、何のためにだろうか。


 そもそも、この女性は何者だろうか。


「……なぁ、そこのお前」

 クロが法被の女性に声をかける。

「この本、お前のか?」

 クロの言葉。

 

「げっ」

 それを聞いた途端に……法被の女性の顔が固まった。

 そして肩幅が妙に震えたような気がした。何かとんでもないことを聞いたような気がしたように。



 全員はクロの方に視線を向ける。

 黒い本だ。何やらスケッチブックのように思える。



 ……一同はスケッチブックに目を向けてみる。




___アダマス山、撃墜確認。


___ライナリー山、撃墜確認。


___ブロッケン山、撃墜確認。



 物騒な文字、そして法被の女性と壊された山の画像が証拠に収められている。

 

 そういえば、聞いたことがある。

 この王都のエージェントの発言によれば……次々と山景を破壊して回っているという犯人の正体は女性だったと。


 この焦りよう。一同の目つきが徐々に鋭くなっていく。



「待ってくれ! 違うんだよ! 私は嵌められて……」

「お前はぁ~……!!」

 ラチェットはロケットランチャーを構え、徐々に法被の女性に近づいていく。

 こいつだけは逃がしてはならない。こいつのおかげで騎士団に殺されかけたのだ。あの重すぎる重荷の原因となった張本人。


 クロヌスの山景の爆弾魔。

 思いがけないところで現れてくれたものである!


「ぶっ潰す……!」

「だから、違うって言ってるんだよぉ~!」

 法被の女性は手荷物の中からあるものを取り出した。


 ……煙玉だ!

濃厚な煙がモクモクとあたりに広がっていく。


「待て!」

 ラチェットは手を伸ばそうとするが、既にその影は煙の中から消え去っている。おそらくだが、すでにこの周辺から逃げてしまったのだろう。


 数秒後。煙が去っていく。

 その場に残ったのは怪獣を倒して満身創痍の生徒達であった。


「逃げた、カ」

「俺、丘を降りてこのことを報告してくるぜ!」

 アクセルは両手を構えて、街の下まで吹っ飛ぶ用意をしている。

 爆弾魔がこの王都の中にいる。こんな緊急事態を放っておくわけには行かないだろう。真っ先にエージェントに報告して、外に逃がさないように包囲網を張ってもらう必要がある。


「いってきまーす!」

 ようやく出番が出来たアクセル。

 張り切った様子を見せながら、集めた風によって街の方まで吹っ飛んでいった。


「……あれ、着地考えてるのかな」

「考えてないと思いますよ。馬鹿ですから」

 ロアドとコヨイの予想はおそらく的中していると思われる。


「コーテナちゃん、大丈夫?」

 ルノアは吹っ飛ばされた際に怪我をしたコーテナの治療を行う。念のためにと治療セットを持ってきていたようだ。


「ありがとう、ルノア」

 手早い治療にコーテナは笑顔でお礼を言った。


「……さてと」

 コーテナは治療を受けながら、一人佇むエドワードの方へ視線を向ける。


「どうする、続き」

「……いや」

 エドワードはコーテナの言葉を遮るように歩き出す。

 そして、一人ロケットランチャーを持ったまま佇むラチェットの元へ。



「……すまなかった」

 頭を下げた。 

 理不尽、そして勝手なプライドを背負うだけのイメージであったエドワードが素直に頭を下げたのだ。


「俺はお前が空っぽだと言った……だが、訂正しよう」

 頭を上げ、その言葉を撤回する。


「お前には、執拗で面倒なくらい意地があるようだな。それくらいなら認めてやらなくはない」

「……けっ!」

 ラチェットは相変わらずな言葉に息を吐く。


「やっぱ俺は、お前のこと嫌いだナ」

「……同感だ。俺もお前に一本取られたのが屈辱でならない。この屈辱は……いつか別の形で果たさせてもらう」

 エドワードは丘を降りていく。

 あの様子、心の中では敗北を認めていたのかもしれない。


 コーテナが意地でも掲げていた誇り。その誇りの正体はラチェットだ。

 その本人であるラチェットに助けられた。どのような状況であろうと、自分の意思を曲げようとしない意地に守られてしまったと。


「意地だけは認めてやる。だが、それ以外は……別だ」


 それにとってはエドワードにとっては最大の屈辱。

 コーテナの誇りは証明された。彼にとっては完全なる敗北だったのだ。


 立ち去るその背中には屈辱が見える。

 しかし、その敗北をしっかりと受け入れているのか……その背中は自然とたくましく見えてしまった。



(あの人)

 エドワードの背中を見つめるコーテナは思う。

(どうして、あそこまで強さに拘るんだろう……) 

 その背中は立派に思いながらも、少女は疑問を浮かべるように首をかしげていた。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同時刻。


「おいおい、しつこいぜ?」


 日差しの入ってこない闇に溶け込むように声が響く。

 

「勘弁してくれよ。俺“は”誰も殺していないんだぜ?」


 胸に大きく傷のついた青年。ガラの悪い雰囲気をただ寄せる男がそう口にする。


 





 腸を引っこ抜かれた人間の遺体。

 そして、体を真っ二つに引き裂かれた魔物達の遺体。


 その亡骸の絨毯の上で、陽気に男は耳をほじる。



「悪いけど」

 大剣を構える少女。

「指揮官が一番罪重いから」

 片手を構える少年。



「ああ、そうかよォ!!」


 路地裏の闇の中。

 誰にも気づかれることのない奥底で、刃がぶつかり合う物騒な音が零れていた。

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