PAGE.150「この世へ降りた悪魔(前編)」
間抜けな叫び声が緊迫とした決闘に突如終止符を打った。
思わず腰の抜けたエドワードは呆気にとられた顔、コーテナも慌てて弾丸を真上に撃ったまま固まってしまっている。
化け物。それは最早、“魔物”という括りで片づけるべきではない巨大な化け物がそこにいる。
その姿はオオカミではある。しかし、その立ち振舞いと異様な風景からは不気味さを放つ。
全長五メートル近く、しかもその巨体でありながら二足歩行で歩き、クマのような爪を構えながら牙を剥いている。というか、その姿は最早クマそのものである。
……胸元には大きな宝石のようなものが剥き出しになっている。
“怪獣”だ。
「……って、アッレェ」
怪獣の上で笑みを浮かべている少女はラチェット達に視線を向ける。
呆気にとられた視線が集まっていることに気が付き、少しばかり困ったような表情を浮かべる。
「なんでこんなところに人が沢山いるのさぁ~……うわー、こりゃあ面倒臭いなぁ」
両手で頭を抱えて、面倒くさげに溜息を吐く。
「……目撃証言出されるのも面倒だし、しゃぁない」
両手で隠された目元。マスクをずらす様に動かした両手から少女の瞳がチラつく。
「全員殺しまーす」
目撃者。逃がしてはおけぬ。
その目つきは本物の無邪気な殺意に、無邪気さゆえの愉悦感が滲み出てくる。
少女の目つきに合わせて、怪獣レベルの大きさの魔物が雄たけびを上げながら一歩ずつ転がり込んだ女性の元へと近づいて来る。
「うわぁあ!? こっちに来ないでおくれよ! 頼むからさぁ!?」
両手を出しながら助けを乞うが、法被の女性の発言など聞く耳持たず。どれだけトーンを上げようともスルーされるだけの命乞いが虚しく丘に響くだけである。
怪獣はクマのように片手を振り上げる。
人間一人なら簡単にバラバラに出来る爪。死神の鎌でも振り下ろすかのように軽くその腕を振り下ろした。
「駄目だッ!!」
コーテナはその光景を見逃すわけがない。
再び構えた指先には炎の弾が生成される。その上から別の魔力を重ねることによって威力を倍増させた火炎弾を作り上げていく。
状況は分からない。
だが目の前で起きようとしているのは無意味な惨殺だ。あの少女から見て感じ取れるのは“快楽により執り行われる殺人”だ。
魔物の手によって人間が殺される。そんな地獄をコーテナは当然見逃すわけがなかった。
重複火炎弾は怪獣の右手に向かって飛ばされる。
大爆発。
一般業者によるビルディング程度なら一撃で粉砕するダイナマイト。それに匹敵する火力が怪獣のクマの手を容赦なく包み込む。
「おおっ!?」
怪獣の頭でほくそ笑んでいる少女は姿勢をずっしりと構える。
片手を爆破された怪獣がその激痛と反動からか悲鳴を上げ始めた。腕を失っていないとはいえ、その火傷は想像以上のものだった。
「こっちに来て! 早く!」
その隙を見兼ねて、ロアドとコヨイは倒れていた法被の女性の手を引いて遠くまで逃がす。丘の上の木陰まで彼女を逃がすと、法被の女性に手を出させないようにと全員で取り囲む。
「いてて……よくも、私のペットを!!」
ペット。おそらくこの怪獣の事だろうか。
片手を吹っ飛ばされたペットの怒りがその飼い主である少女にも連動する。少女の怒りに応えるように怪獣もオオカミらしい咆哮を上げる。
「一発で終わらせる!」
腕を吹っ飛ばす程度では終わらせられない。ダメージが通っているのなら、この最大火力を怪獣本体にぶつけたら良いだけの話だ。
コーテナ再び重複火炎弾を生成する。
三重近く重ねた炎の弾を怪獣の胴体に向けて発砲した。
再び、巨大な爆発が怪獣の体を包み込む。爆発によって生み出される黒い煙はたちまち、風によってあたり一面に広がっていく。
静かな丘。ただ一つだけ聞こえてくる風の音と共に焦煙が去っていく。
「!?」
コーテナは目を疑った
煙が去った後に現れたのは……火炎弾が直撃したはずの怪獣の姿。
平然としている。それどころか、クマの手のように火傷の跡はおろか、焦げカス一つついていないとまで来た。
効いていない。あれだけの火力を叩き込んだにも関わらず無傷で済んでいた。
「だったら、コレで!」
ならば次はレールガンだ。
指先で電流の弾を生成する。その上に弾を重ねることによって反発による加速能力の底上げを行っていく。
三重の重複終了。
目にも止まらぬ速さで電気の弾丸が怪獣に向かって飛んでいく。
「効かないよっ!」
レールガンは怪獣には届かない。
弾かれた。振れる直前で見えない何かに弾かれたのだ。
「なんでっ!?」
再び驚愕。コーテナはもう一度、弾丸の発射準備へと入る。
「無駄無駄! 私のペットに魔法は効かないんだっ!」
怪獣の口からエネルギーが収縮されていく。
真っ黒な粒子。口の中で集結しつつあるエネルギーの現象は、コーテナの放った魔法弾を作る原動と似ている。
嫌な予感がする。
口の中で集められるエネルギー。そこから何が起きるかなんてその場にいる全員が容易に予想出来てしまう事だった。
「クソみたいに派手な塵にしてやるよ!」
想像通り。
怪獣の口からは丘一つを焼きかねないビーム砲が放たれる。
「まずい……!!」
「……ちぃッ!」
エドワードは歯を噛み締め、立ち上がる。
魔導書を発動。彼が発動させたのは結界の魔術。
その厚さは如何なものか……要塞ともいえる巨壁を創り上げる。
執拗なぐらいに張り巡らされた透明な壁が真っ黒の閃光を受け止める。あたり一面が黒の閃光によって眩く照らされていく。
「ぐぅっ……ううぅ……!?」
防ぎ切った。しかし、かなりギリギリだった。
あと一歩遅れていたら突破されていた。結界が崩壊した瞬間に黒い閃光は消え去ったものの。その威力の絶大さからか近くにいたエドワードは吹っ飛ばされる。
「うわっ!?」
当然、エドワードのすぐ後ろにいたコーテナもだ。
結界が吹っ飛ばされた衝撃に耐えきれるはずがない。2人の体は3メートルほど宙を舞ったかと思うと、小石のように地面に転がっていく。
「ぐっ……!」
ラチェット達にもその反動は届いていた。
全員はその場でガッシリと足を構える。吹っ飛ばされない様に。
全員の姿勢が崩れている。
疲労すらも見え始めた一同に休憩する暇を与える事もなく、怪獣と少女は一歩ずつ重い体を進めていく。
「あれ、どうして」
「……っ」
庇った。
エドワードは今、間違いなくコーテナを庇った。
「一発防ぐのが限界みたいだね!」
少女は容赦なく怪獣を一同へと近づけてくる。
このままではまずい。このままでは文字通り、全員あの怪獣のエサになるか、塵芥となって消し飛ばされてしまうかのどちらかだ。
息を呑む。
あの怪物相手。コーテナの魔法すらも何故か通じなかった頑丈な体。
突破方法が皆無に近そうな状況に全員は足を震わせる。
「……喚くなっ!」
ただ一人エドワードが立ち上がる。
魔導書を発動させる。
彼の魔力はまだ残っている。起動させた魔導書により、無数の小型隕石を怪獣に浴びせ、これ以上一歩も前に出さぬようにと限りなく抑えつける。
「お前たちは丘を降りろ! 騎士団かエージェントにこのことを報告しろ!」
「お前はどうするんだよ!?」
アクセルが、怪獣に立ち向かうエドワードに叫ぶ。
「俺が時間を稼ぐ! お前たち程度の実力ではコイツはどうすることも出来ん!」
「アッハッハ! お前にもどうすることも出来ないさ! 今のこの子にはどんな魔法も効かないんだから!!」
少女は囮を買って出るエドワードの言葉を笑う。
今からその言葉を決め台詞から置き土産に変えてやる。無数に吹き荒れる隕石の中、少し無理をしながらでも怪獣を前へと進めていく。
「早くしろ……邪魔だ!」
これほどの実力者なら置いて行っても問題はないかもしれない。それに、アクセル達も感じている。
“自身が残ったところでこの化け物をどうにかする手段がない”。
目の前に迫っている怪獣はそのレベルの化け物なのだ。
だから逃げなくてはいけない。助けを呼ばなくてはならない。
しかし……この男を置いていくことを躊躇ってしまう。
あの閃光を防いだ際にかなりの魔力を消耗しただけではなく、吹っ飛ばされた衝撃で体を負傷したようだ。とてもじゃないが、戻ってくるまでに彼が耐えていられる保障がない。
だからといって、ここに残ったところで全滅は免れない。
……どうする。
アクセル達は決断が遅れてしまう。
「ちっ」
舌打ちが聞こえる。
___ラチェットだ。
ラチェットは逃げる様子をみせるどころか……エドワードの前に立った。
「何をしている!?」
逃げ腰を見せないラチェットにエドワードは咆哮する。
「邪魔だ! お前にはどうすることも出来ん!」
「その通りだよ! 君が先にエサになりたいのかな!?」
一人近寄ってくるラチェットに怪獣の腕が振り下ろされようとしている。
これだけの隕石の雨だろうと……それくらい余裕の事だ。
「へっ」
ラチェットはロケットランチャーを呼び出す。
そして、間髪入れずに怪獣に向かって発射した。
「……!」
少女の顔が歪む。
「!?」
エドワードも目を見開く。
……命中した。
ロケットランチャーの弾丸は怪獣の胸元に命中したのである。
「お前、言ったよナ」
ラチェットはしてやったりなニヤつきを見せる。
「魔法“は”効かないってナ……!」
少しばかり、ハードボイルドなヒーローっぽいのではないだろうか。
調子に乗ってる悪党に一泡吹かせてやったラチェットは気持ちの良い愉悦に浸っていた。
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