PAGE.149「価値ある存在、意地の証明(その4)」


 コーテナは何度も重複魔法弾の練習を繰り返していた。

 その結果、氷に雷、そして風の魔術も魔法弾の素材としては充分活用できることを発見する。その成果を天才相手にお披露目することにも成功したようだ。


 どうやら、使う魔力によって反発後に起こる現象も変わるらしい。炎の場合は融合が発生せずに強く反発、結果大爆発を発生させる。


 そして、氷の魔法弾の重複により発生する反発。

 微かに混ざり合うがその最中に互いが強く反発。微かに絡み合った氷の魔法弾は内側から膨張を繰り返し、肥大化を繰り返していく。


 結果、氷の魔法弾は自身を守る壁、つまりは障害物の生成として使用される。


「ぐっ……」

 そして、エドワードにダメージを与えたのは雷の魔法弾だ。

 稲妻の集合体が密集したような弾丸を重ね合わせる。その反発により発生する現象は“加速”。


 重ねれば重ねるほど弾速が上がるレールガン。こちらに至ってはデメリットが存在しないことが分かった大発見。貫通性も高く、自身で作った氷の壁程度なら安易に破壊できる代物だ。


「いける! これなら!」

 天才と言われたエドワードにダメージを与えることが出来た。

 氷の壁の向こう。ポッカリと空いた穴からは喜んでいるコーテナの姿がチラついて見えた。


「くっ……調子に乗るな!」

 エドワードは激昂した後に右手を地面に叩きつける。

 魔導書が発動。彼が発動させたのはコーテナが発砲したレールガンの属性と同様、雷の魔導書のようだ。


 数万ボルトの電流が地面を這うようにコーテナの元に襲い掛かる。

 ……本来電流は地面に電気を通さないはず。しかし、魔力によって形成された電流はその強度によっては場所を選ばずに存在し続けることが可能。


 地面という環境だろうと消えはしない頑固な電流は蛇の如く、壁の向こう側にいるコーテナ目掛けて近寄ってくる。地面の中を移動している電流にとって、目の前の壁など全く無意味の飾りでしかない。


 地面から攻撃を仕掛ける算段。エドワードのような相当なレベルによる魔力だからこそ出来る芸当だ。


 状況が不味い。

 地面から襲い掛かってくる攻撃。しかも地面だろうと関係なしに発生したままの電流の回避方法が困難すぎる。地面に居座り続けたなら感電は免れない。氷の壁、もしくは別の高台にしがみついたところで結果は変わらないだろう。


 

 ここからどうするか。

 彼女がとった行動は……これまた奇怪な方法だった。


「くるっ……」

 コーテナは電流が迫っていたことに気付いていた。

 これを回避する方法は思いつく限りでは、電撃がやむその瞬間まで空中に居座り続けるという手段であるが、そんな仙人じみた行動を取れるはずもない。


 状況は絶望的であることは承知の事実。

 しかし、解決策が出ていないというわけではない。


「次に取らないといけない行動は……風だっ!」

 コーテナは多少の焦りを見せながらも冷静に対処を試みる。

 人差し指を前方から後ろへ向けると、今度は風の魔法弾を発生させる。

 

 しかし、指先に集まってくるのは風の塊。相手に撃ったところで空気砲を当てられた程度の感触しか与えることが出来ないのである。それもあってか、風の魔法弾には活用性が見込めなかった。


 だが念のため試しては見た。

 風の魔法弾の上に別の風を重ね合わせたら何が発生するのかを。


「いけぇっ!

 その結果、反発により発生する現象は……。


“暴発”であった。

 しかもその使いづらさは群を抜き、他の魔法弾の反発現象は一定時間経過後に起こるのに対し、風は主のコントロールから離れたその瞬間に反発による現象が発生してしまうのだ。


 あたり一面にバカみたいな突風が発生してしまう。少年少女程度の体であれば余裕で体が吹っ飛ぶ追い風である。それが風の魔法弾の重複により起こる反発の現象である。


 しかし、コーテナは活用性を見出した。そんな役立たずでも使える方法を。

 この重複魔法弾。使った瞬間に体が吹っ飛んでしまう。前方で構えるものなら相手じゃなくて自身が吹っ飛んでしまう、間抜けな絵面製造マシンだ。


 だが、逆の方向に撃てば。

 “自身の体を相手方向に吹っ飛ばす手段”に使えるのだと。


 彼女が行った回避は相手の方向へ空中を介して移動する。コーテナ自身が弾丸となってエドワードに近寄るという強引な手段だった。



 氷の壁の穴からキャノン砲のようにコーテナが射出される。前方で魔法を発動させているエドワードに向けて急速接近する。


「!」

 エドワードはそれに気づき、雷の魔導書を解除。両手を前方でクロスさせ、接近する奇襲に対しての防御行動を取り始める。


 コーテナの蹴りがエドワードの腹部目掛けて飛んでいく。

 それを両手でガード。致命傷は免れる……だが、吹っ飛んできたスピードは想像以上、その反動に堪え切れることなくエドワードの体は後方に吹っ飛んでいく。



「ぐっ、ううう……!?」

 エドワードは無様に地面を転がっていく。

(こんな……こんな……ッ!?)

 歯ぎしりが止まらない。苛立ちが止まらない。

(俺が……翻弄されている……? 俺が……アマチュアの魔法使いに……ッ!? 俺の価値が……アマチュア以下だと示されている……ッ!?)

 エドワードのアンクルに土がこびりついている。

 制服に泥と雑草がこびりつく。乱暴でありながらも少女の華奢な体が織りなすその蹴りは吹っ飛んだ反動により威力は跳ね上がっている。ほんの一瞬、うっすらと漆黒に染まりそうな視界の中で、エドワードの脳裏が“不安”で支配されていく。


「……そうであって、たまるかァッ!!」

 込み上げる怒りのままにエドワードは立ち上がる。

「こんなことがあってはならない! 俺は負けてはいけないッ……俺の未来のためにもっ、お前は必ず潰すッ!! 絶対にだッ!!」


 即座にエドワードは次の魔導書に手を伸ばしている。


 見えている。

 コーテナが次の攻撃を仕掛けていることはしっかりと把握している。


 炎の魔法弾だ。

 コーテナの本領発揮。散々練習した重複魔法弾の最高傑作をもって、コーテナはこの戦いに決着をつけようとしている。


「俺に……敗北は許されない!!」

 エドワードは両手を掲げる。

 あってはならぬ。その日に敗北というピリオドだけはつけてはならぬ。彼の心の中では言い聞かせるようにプライドをかけた言葉が連呼されている。


 彼は全てをもって結界魔術で正面からの勝負を受けて立つ。

コーテナが最大火力をもって勝負に挑んでくるのなら、エドワードも最大の魔力を持って究極の防御壁を作り上げ迎え撃つ。



 最大火力の火炎弾。


 最大防御の結界。



 まさしく、矛と盾。

 貫くか押し返すか。二人の戦いの決着が近づいていた。


「謝らせる……この勝負に勝って、ラチェットに謝らせるんだ!!」

 三重の魔法弾。

 その上にさらにもう一発。彼女にとっては未知の領域である四重へと踏み込んだ。



 デカイのが飛んでくることは理解しているエドワード。

 強力な結界を三重、四重……さらに踏み込んだ五重へと仕掛けていく。



「俺は勝ち続ける……己の強さの証明だけは、譲るワケにはいかないッ!!」


 エドワードは咆哮する。

 厚く、さらに厚く……目には見えない超鋼鉄の壁が桁違いに肥大化していく。




(何だ……)

 エドワードの咆哮はこちらにもラチェット達にも聞こえてくる。

 その迫力は風と一緒に伝わってくる。その身に微かな痺れを与えてくる。

(あの執念は何なんダ……!?)

 敗北だけは許されない。エドワードの妄執はこだまする。

 それほどまでに前言撤回したくないのか。それほどまでに弱者を認めることを許したくないのか。


 それほどまでに勝つことに。上に立つことに固執する理由があるのか。

 想像以上のプライドはラチェットに戦慄を与える。彼の中に宿る何か、その恐ろしいまでに崩壊しない折れぬ何かがのしかかってくる。



 __あの男は何なのだ。

 ラチェットは目の前の勝負に酷く澱みが見えてくる。


 まるで蜃気楼だ。

 歪んで見える風景は錯覚を起こした人間のように何重にも並んで見える。桁違いの魔力をかざし合う濃厚な戦に押し飛ばされそうになる。




「これで決める!」

 発射準備完了。あとは発射するだけだ。

 コーテナは体を固定させ、火炎弾の射出へ移行する。


「勝たなければ……俺はッ!!」

 張り巡らされた防御壁を前にエドワードは今も威嚇する。

 

 炎の矛と見えぬ盾。

 二つつの力がぶつかり合おうとしていた。




 静粛。その空気。





「うわぁあああああッ!?」

 響く。



「?」

 戦場には不釣り合いの間抜けな声にエドワードは腰を抜かす。

「……!?」

 張り詰めた空気を破壊した叫び声にコーテナは思わず弾を真上に射出する。



 空で崩壊する火炎弾。

 巨大な花火は、互いに引くことのできない真剣なる勝負を終わらせるゴングとなった。



 ……声が聞こえた方向へ。

 コーテナにエドワード、そしてラチェット達のその声の方向へ顔を向ける。



「誰でもいい! 助けておくれ!!」

 “女性”だ。

 サラシに短いズボンに法被のみというアグレッシブさ。どこぞのお祭り野郎かと思わせる格好をした女性が必死に助けを乞いながらコチラに向かってくる。


 逃げ惑う女性の後ろ。

 そこから、その正体は姿を現す。



「!」

 その姿は獣らしく。


「!?」

 あまりにも怪物のようで。



「……ッ!?」


 “悪魔”ともいえる巨大な化け物がそこにいた。





「逃げるんじゃないよ……」

 悪魔は一匹だけじゃない。

「おとなしくエサになりなさいよ……お役御免のモルモットさん!」

 巨大な怪物の上から大笑いする“人間の見た目をした少女”。



 その少女も怪物に負けを引かぬ、凶悪な悪魔の表情を浮かべていた。

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