PAGE.148「価値ある存在、意地の証明(その3)」


「魔力を重ねる……?」

 コーテナは首をかしげる。

 

要するに、一度作った魔力の上にもう一度別の魔力を上乗せするという事だろうか。結果としてそれは一度に圧縮するのではなく、二度に渡って魔力を凝縮させるだけで結局は二度手間なのではないだろうか。


「勘違いしてるな。いいか、“足す”のではなく、“重ねる”だ……よく見てろ」

 戸惑うコーテナの姿を見て、何か察したサイネリアは補足をつける。


 するとサイネリアは自身の剣を地面に置き、それぞれ両手を開いた。


「いいか、まずはコッチの魔法弾。コッチで凝縮された魔法弾をAとする」

 左手にもう一度、炎の魔法弾が形成される。

「んで、コッチで作られたのは、さっき作った奴とは別の形成方法で作った全く異なる魔法弾。つまりBだ」 

 右手にも炎の魔法弾が形成される。

 見た目こそまったく同じファイアボールであるが、彼女が言うには作り方を少し変えた全く異なる物体らしい。


「んで、このBの魔法弾を……Aと混ざらない様に上へコーティングするのさ」

 Bの魔法弾を一度消滅させたかと思うと、その左手の上で作られた魔法弾が先程と同じように色濃く雰囲気を変える。


「んで、その上にもう一度別の魔力を重ねてみる。つまりCだ」

 さらに魔力を重ねる。

 すると、最初のころとは比べ物にならない位に色がドス黒く変化していった。


「これで濃縮砲の完成ってわけだ。Aの上にAを上乗せするのではなく、Aの上にBを重ねるってことだ。理解できたか?」

 作り上げた魔法弾を空に向けて発砲し、再び大爆破を起こす。


 ……少しばかり心配なのはアレだけ空をバカスカ爆破しても大丈夫なのだろうかという事。何者かの爆破襲撃か何かと勘違いして騎士団達が駆け込んでこないかと心臓を痛めているのがラチェットであった。



「別のものを重ねる……」

「ちなみにだが、万が一失敗して混ざった場合は、最初の奴と一緒になるのカ?」

 万が一、手違いで魔法弾が混ざった場合はコーテナが撃つような、ただ凝縮させただけの魔法弾に変化してしまうのだろうか。


「いいや、まず混ざらない」

 サイネリアは地面に置いた剣を肩たたき機代わりに使う。

「別の魔法弾をぶつけ合った場合、間違いなく起こるのは“衝突”だ。衝突が起きた場合大半はその魔法に見合った現象が起こる。んで、炎の魔法弾の場合は“爆発”するだな。ほら、発射して私のコントロールがなくなった直後、空で暴発しただろ?」

 ニトロのような爆破物に別の爆破物を無理やりぶつけているようなモノだと考えればいいらしい。水と油のように混ざらないのではなく、一方的な反発によって混ざることを拒否される。


 魔法弾を重ねることに失敗すれば、まず大怪我は免れない。かなり器用な方法らしく、成功させるにも結構なリスクを伴う作り方だそうだ。


「だから、上手く混ざらない様に制御しないといけない。そこが難しいんだがな」


 AとBを別々に作ること自体は簡単らしい。難しいのは、それが混ざらない様に手の平で二つの物体を重ねることだそうだ。


「あと、これが扱いづらい理由がもう一つあってな……射程距離に限界があることだ」


 手のひらで制御されている内は形を形成することが出来る。

 しかし発砲した後は持ち主の制御がなくなるので勝手に融合を始めようとしてしまう。結果、発射してから数秒後には反発による現象が発生してしまうのだという。制御が緩かった場合、発射直後に自爆事故が起こるなんて事も稀ではない。


「んまあ、そういうことだから練習するなら覚悟は決めておくことだな。失敗したら手首が吹き飛ぶと思え」

 アクビをしながらサイネリアはその場に座り込んだ。

 あまりこういう長話をするのはガラではないのか……やっと終わったと解放されたように顔を緩めている。


「意外だナ。俺が言えた義理じゃねーが、そういう細かい事出来るんだナ」

 失礼な事を承知だが、その粗暴の悪さや面倒くさいの塊な第一印象からして、かなり大雑把な説明しか出来ないような気がしていた。

 ところが割と細かく、そして分かりやすく解説するなど意外な一面を見せたことにびっくりした。しかも本人は割と器用な事を平然としていたとまで来た。


「馬鹿にすんじゃねーよ。これでも王都学園にいた頃は序列四位だったんだからな。エリートだぜ? エリート」

 右手で四の数字を作って自慢げにニヤついている。

 何という事だ。スポーツ万能なだけではなく頭脳明晰な部分まである……まさしく、優等生のお仲間だった。


 精霊騎士団に所属するその実力は本物というわけだ。

 ……どうして、それだけの優等生ぶりを持っていながら普段の行いがコレなのか。人間というのは本当に分からない事ばかりである。


「まぁ、それくらい難しい技ってことだ。だから、練習するならボチボチ……」





「よし、二つ目は出来た……あとは三つ目!」

 

 コーテナの指先。




 そこには……サイネリアが作った魔法弾と同様、黒に近い色合いを帯びた炎の弾が形成されつつある。


「!?」

 サイネリアは思わず立ち上がる。

 その目は予想もしていなかった風景に驚愕している。


 三つ目の魔力が重なり始める。

 上手く混ざらない様に調整。徐々に魔法弾がマグマのように形を変えていく。


「……やばいっ! これ以上は無理ッ!」

 重なった瞬間、コーテナは思わず魔法弾を発砲。



 五メートル近く空に向かって飛んでいった魔法弾は大爆発。

 サイネリアが撃ち込んだ魔法弾と同様、その桁違いの威力を見せつけていた。



「おいおい、マジかよっ……」

 サイネリアは笑みを浮かべる。

 愉快。あまりにも愉快だ。まさか、一発で成功させるなんて思いもしなかった。


 三つ目の重複作業は本当にギリギリであったが成功したことに変わりはない。そこら辺の魔術師では成功すら難しいと言われている重複魔法弾を、あの少女は一発で成功させてみせた。


「……はっ。とんだ爆弾がいたもんだ」

 騎士サイネリアは想像以上に面白くなってきた。マジになって教えたのも、本来ならば彼女をビビらせて諦めさせるつもりだった。挑戦者の大半は手首が吹っ飛ぶことを恐れ、そのプレッシャーに耐え切れず失敗するものばかりである。



 しかし彼女はその期待を大きく裏切ってみせたのだ。


 こんな期待の裏切られ方。面白くないわけがない。



「……相当レアだな。しかも魔力までこうときたら」

 何かを言いかける。

 サイネリアは興奮する鼓動を抑えきれる自信がない。ここまで気持ちが粗ぶったのはいつ以来だろうかと武者震いを起こしている。



「うーん、持続が難しいなぁ……」

 コーテナは今の魔法弾は持続が出来ていない為に失敗と考えている。


「まあ頑張ってみろよ。私に追いついたら褒めてやるよ」

 大笑いしながらサイネリアは両手で数字を作る。

「ちなみに私の最大記録は“九重”だ」

 場の空気が凍り付く。


 彼女の口から出てきた数字は今の三倍。これよりも桁にならない火力の魔法弾を作れることをカミングアウトしてみせた。

 コーテナの程度はまだまだ序の口。その先にもまだ強力な力が待っていることを面白げに口にしていた。



「まあ、九と言っても安定して成功はしてねーがな。八までは安定して撃てる。そこから先はハッキリ言って未知の領域……下手したら、森一つ畑に変えちまう爆弾を作れちまうかもしれないな」

 八つの魔力を重ねた魔法弾。

 三つ重ねただけでもこの威力だというのに、それを三倍近く盛り込んだとなればどれだけの火力が想定されるのか。


 二人は想像する。

 惑星に降ってくる巨大隕石の姿を。それくらいのスケールは簡単に凌駕していそうな桁違いの予想に戦慄を隠せない。



「まあ、まずは三でやってみな」

 そこを安定させられるようになれば、それだけでも一人前だという。想定外のニューカマーの誕生に心を躍らせつつ、サイネリアは胸を誇ってそう宣言した。


「分かりました! 先生!」

「先生はやめろ。受講料もらうぞテメェ」

 気に入らない呼ばれ方にガンを飛ばしてくるサイネリア先生。


「……なぁ、コーテナ」

 盛り上がっているところで空気が読めないのは承知だが、ラチェットは気になったことがあったので声をかける。

「お前、炎以外にも三つ使えたよナ? それは炎の弾と同じように弾丸として発射することはしないのカ?」

 氷、風、雷。

 何れの魔法も使えるのだが、どれも実戦で役に立たない方法で使用している。ファイアボールと同様に弾丸として発射できないのかと疑問を浮かべていた。


(え?)

 サイネリアはラチェットの方を見る。

 疑惑。それは微かに驚愕も含めて。


「炎と同じような威力を出せないから使いづらいんだよ~」

「炎の弾と同様で重ねてみれば使いものになるんじゃねぇのカ?」

「確かに! やってみよう!」


 コーテナは指先に別の魔法弾を作ってみる。

 氷だ。地面を凍らせることぐらいにしか活用していなかった氷の魔法を弾丸として形成していく。


 Aの制作が完了。その上にBの氷を構築していく。

 

 すると、炎の弾と同様、変化が見え始める。

 粉雪が結集したような冷気の弾は宝石クリスタルのように輝きを帯び始める。圧縮された冷気はより凍てついた空気を漂わせる。



「発射!」

 氷の弾丸を発射。


 ……するとどうだろうか。

 氷の弾丸は途中で融合を始めたかと思うと、弾けたポップコーンのように内側から氷柱が無数に飛び出してくる。


 次第に空中で巨大な棘付き凶器となって地面に降ってくる。



「おー!」

 新たなる可能性。それを前にコーテナは目を輝かせる。



(魔衝を四つもち……だと!?)

 驚愕の事実を前にサイネリアの顔が再びニヤついた。

(こいつ、磨けば相当化けるな……!!)

 またも面白い予感を前にした笑みだ。それはこの上ない“予感”だった。


 

 心が躍る。

 サイネリアは他人事には思えない出来事に、生涯きっての動揺を楽しんでいた。

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