PAGE.146「価値ある存在、意地の証明(その1)」

=魔法世界歴 1998. 9/17=


 ……二日後。

 約束された日はやってきた。

 

 王都の南に属する裏山にてコーテナはその人物を待っている。心地よい風。青空に靡く綺麗な風が少女の髪と獣の耳を優しく揺らしている。



 それを少し離れた所から眺める一同。ルノアは勿論、アクセル達にクロ。

 そして、今回の原因であるラチェットもしっかりと彼女の勇姿を見届ける。こればかりは他人事だからとスルー出来るものではない。


「……来た」


 数分後、ついにその人物はやってくる。

 一冊の魔導書を片手に、太陽の光に反射しアンクルが怪しく光る。


 魔法使い・エドワード。

 王都では有名とされている天才的頭脳を数多く持つ集団・リカルド家の長男であり、時期に当主の座につくことも約束された正真正銘本物の秀才。


 紛れもない強敵。その人物からの挑戦状をコーテナは逃げも隠れもせずに受け取った。


 その意思表示を約束された場所に両足をつけることで互いに証明する。


「すまなかった。このような場所に呼び出して」


 模擬演習を行う場所が報告されたのは昨日の事だった。

 その日と今日は別の目的で会場を使われている為に使用することが出来ないという状況。故にエドワードのスケジュールにあう時間、そして誰の迷惑にもならない場所は何処かを考慮した結果、ここ裏山の丘の上で模擬演習を行うことになった。


 少しばかり遠出をさせてしまった事を先に詫びる。多忙なスケジュールであるエドワード側に都合を合わせてくれたことも繰り返し礼をする。


「大丈夫」

 コーテナの眼差しは険しいものだ。

 絶対に負けないという強い意思表示もあるが、彼女の中ではエドワードに対しての怒りが微かに残っているとも思われる。


 彼の言動は事情を知らないとはいえ、コーテナの怒りに火を灯してしまった。

 このような決闘を行うまでに至ったのだ。その憤りが消えることはない。



「……ルールは模擬演習と変わらない。どちらかが戦闘続行不可能になるまでベストを尽くす。それでいいな?」


「いいよ」

 互いに出せる力のすべてを尽くす。

 魔法の実力、そして努力の実績。怠ることのない懸念を今ここで発揮する時。



 エドワードは魔導書をしまう。

 彼の制服の内側には八冊近くの魔導書が収納されている。全て解読済みのために触れずとも発動させることが出来る。


 相手は魔法のオールラウンダーだ。そう易々と勝たせてくれる相手ではないことは承知している。



 それでも彼女は……ゆく。



「行くぞ……」

 エドワードが魔導書を作動させる。

 ゴングは鳴らされた。身構えていたコーテナもその合図に続いて動き出す。

「潰えろ!!」

 エドワードの頭上から現れるのは大量の火の弾。ラチェットに浴びせた容赦のない総攻撃と同じ小隕石の雨が、コーテナに向かってマシンガンのように浴びせられる。


「っ!」

 コーテナは弾丸を回避する。

手慣れた反射神経で全ての隕石を視認し、一発も浴びないように素早く細かな動きで回避を続けている。


 ……だが逃げる余裕があれど、相手に隙が無い。

 次々と飛んでくる隕石を回避するのが精いっぱい。しかもこれだけの数を放っておきながら攻撃がやむ気配が一向に見えない。



(初っ端から全力かよ……!)

 遠目で見ていたアクセルもこの風景には思わず唸る。


 全力だ。手加減をするつもりも戦いを楽しもうとする気配も一切見えない。あのエドワードという男は相手に希望を見せる暇もなく畳みかけている。


「……っ!」

 コーテナは回避しながらも必死に隙を探す。

 だが、エドワードの隕石の雨はやむ気配を一切見せはしない。



(無駄だ)

 それどころか隕石の量はさらに増えるばかりだ。

 何もない虚空から形成されていく小型隕石の雨。コーテナを撃墜するために作られていく無数のミサイルは逃げる手段しか与えない。


(弱者は黙って食われるしかない。それを分からせてやる)

 無数に発砲される隕石の中。一つだけコーテナの体全てを飲み込むサイズの巨大隕石を形成していく。


「お前にも見せてやる。俺の力を」

 コーテナが逃げる位置を即座に察知。その地点に巨大隕石を発射する。

「!?」

 巨大隕石は容赦なくコーテナを飲み込んだ。


 こだまする。大地の抉れる音。

 飲み込まれたコーテナの名前を叫ぶ外野の者達。



 無数の小型隕石の雨がやんでいく。あれだけの魔力を消耗しながらも余裕の表情を見せるエドワードは呆れた目つきでコーテナを潰した隕石を眺めている。


「これでお前の弱さも証明されたわけだ。わかったはずだ……何もないお前達が俺に勝てるわけがないということが。それが真実となった」

 つまらなさそうにエドワードはその場から立ち去っていく。

 そのつまらなさは呆れと通り越して怒りまで溢れていた。その憤りに駆られるかのようにエドワードはその場から去っていく。


 哀れみもしない。容赦なく潰した彼女を労わるつもりもない。戦いにおいて敵への恩義をかけるなど綺麗ごとでしかない。


 証明を終えたエドワードは丘を降りていく。

 完全なる証明。自身の強さを証明したことを軽く終えた事への呆気なさに怒りを覚えながら。


「……っ!」

 エドワードは足を止めた。



 抉れている。

 エドワードが進もうとした道。そこには一発の魔法が撃ちこまれている。


 着弾位置、そして微かに感じた風。飛んできた方向をすぐに察知したエドワードは即座に隕石の方を振り返った。


「馬鹿、な……!?」

 エドワードは驚愕した。


「言ったはずだよ……! ラチェットに謝らせるって!」

 隕石の真上にはコーテナの姿があった。


 避けたのだ。かなりギリギリだったが隕石を回避しきったようである……少しばかり無理な回避をしたのか足が痛んでいるようだ。


 だが、コーテナはそんなの気にしない素振りで笑みを浮かべていた。


「……この瞬間、隙だらけの俺の背中に一発叩きこむことが出来たはずだ。何故、わざと外した?」

 エドワードは問う。

 気付いていた事。彼女が“わざと攻撃を外して、挑発を誘発するような真似”を仕掛けたことに疑問を浮かべて。


「だって、それって卑怯だから」

 指を構えたまま、少女は言い切った。


「……ぬかすなッ!」

 攻撃再会。

 再び隕石の雨を形成し始める。引っ込んでいたはずの戦意も戻ってくる。


 いや、戻ってきたという例えだけでは物足りない。むしろ、先程と比べて殺意にも近い戦意を剥き出しに小隕石の形成。


「その余裕は強者の特権だ! 運がよかっただけの貴様などにやる資格は皆無だ!!」


 かなりの量の弾丸が作り出されていく。


「……っ」


 コーテナは隕石から飛び降りるとエドワードに向かって走り出す。

 一直線だ。回避を見せる間もなく突っ込むだけのその姿は無謀以外他ならない。


「……いくよ!」

 回避はしない。ただ、確かな戦意を持って隕石の雨に立ち向かう。

 人差し指を銃口に見立て、右手を拳銃のように構える。

 


 ……放たれる。


 彼女の指先から、魔法の弾丸が形成されていく。





「あれ?」

 その様子を遠くから眺めていた一同は目を疑った。



 “炎”じゃない。

 “真っ赤な弾丸”なんかじゃない。



 彼女の指先で形成されているのは……“凍えるような冷気の弾”。



 水っ気の混ざった真っ青のボールが形成されていく。それは固体化された氷の弾ではなく、まるで粉雪が密集しているかのような色鮮やかの綺麗な弾。


「やぁっ!」

 自身の斜め上目掛けて発射する。


 冷気の弾は彼女の斜め上で膨張していく。内側から数千本以上の氷柱を形成……次第に彼女の頭上と前方を防御するための巨大な氷のドームへと姿を変えていった。


「……防御か」

 小隕石は氷の壁に次々と弾かれていく。

 見た目通り、その壁はマイナス数千度以上の冷気が纏わりついている。軽い炎をまとった岩石砲程度で弾けるものではない。

「ならば出力を上げるまで」

 しかし、何の焦りを見せることなくエドワードは発射する炎の岩石砲のサイズに速度を跳ね上げていく。発射感覚の時間は少し大きく開いているにしても、その威力は先程と比べて明らかに違う。



 轟音が響く。

 丈夫すぎるガラスに岩が投げつけられているような。聞くも背筋が凍りそうな甲高い音が延々となり続けている。


 ……氷の壁は次第にヒビ割れていく。

 その程度の防御壁で止められる温い攻撃などではないのだ。エドワードが作り上げる猛攻の荒嵐というものは。


「今度こそ、お前の負けだ!」

 さらに出力を上げる。エドワードはそのままトドメを刺すつもりで火力の底上げを試みるため、一度姿勢を変えた。


 ……結局は無駄な足掻きであった。

 エドワードはホッと小さく溜息を漏らす。




「……っ!?」

 横腹が痛む。エドワードは魔法の出力を上げた途端に横腹に強い衝撃を受ける。

 しっかりと捕えていた標的。氷のドームが蜃気楼のようにボヤけていく。


「……なに?」

 炎の雨を停止させ、エドワードはそっと自身の腹の横に視線を向ける。







 制服は酷い焦げカスを残して焼け散っている。


 ……天才は静かに氷の壁に視線を向ける。

 前方の一カ所、氷の壁に大きな穴が空いている。


 電流を纏っている。中から無理やり破壊されたのか、痛々しく抉れた痕跡。アンクルなどつけなくても視認できる巨大な穴がドームをこじ開けている。



 何かが内側から貫通した形跡だ。




 その穴の向こうでは……

 コーテナが“電流を纏った指先”をエドワードに向けていた。

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