PAGE.145「捻くれ者のサイネリア」

 堂々と見回りをサボって、立ち飲みの酒場で堂々と飲酒休憩中。しかも、隅っこで上司や同期の騎士たちの愚痴を話しまくるなど、王都の騎士団とは思えない愚劣極まりない光景が広がっている。



 ……本当に大丈夫なのか、この国。

 ラチェットは両手で頭を抱えたくなるほどに、この街の未来を不安に思っていた。ちゃんとした国民でもないというのに。


「あぁ、ワンコに仮面じゃねーか」

 名前で覚えてもらっていない。小学校の渾名みたいなノリで簡略的な呼ばれ方をされていた。


「何だ? 何か用か?」

 酒瓶を片手にサイネリアは聞く。

「……すまねぇガ、歳はいくつダ?」

 ラチェットもこの人相手には自然と敬語が出ない。

 舐め腐ってるわけでもない。見た目も年下っぽいから敬語を使い必要がないと思ってるわけでもない……単にこの人物相手に敬う言葉を使いたくないという本音である。本題とは全く関係のない質問をラチェットは口にしてしまった。

 

「22だよ。何の文句があるってんだよ」

 年齢が気になってこそいたが、見た目はラチェットと同い年に見えて結構年長さん。堂々と酒を飲める年齢にはなっていた。


 ちなみにだが、良い子の未成年の飲酒はやめようね。早めのお酒は体をぶっ壊すことになるぞ。


「まさか、私の歳を聞くためだけにここに来たのか?」

「違います!」

 コーテナは慌てて彼女とラチェットの間に割り込んでくる。


「貴方に聞きたいことがあるんです!」

「……むむ?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それから数分、かくかくじかじかと理由を話す。

 実は学園の天才の一人と呼ばれている人物と模擬演習を行うことになったこと、その天才に勝利するために魔法の技術を上げたいということ。


 いつの日か見せた、あの凶悪な魔法弾。

 撃ち方を是非とも教えてほしい。一日だけでもいいからレクチャーしてくれないかと頭を下げてお願いしたのである。


「なるほどな」

 爪楊枝で歯をいじりながらサイネリアは事の経緯を全て耳に入れた。


「協力してくれますか!?」

「いーや、面倒くさい」

 鼻の中に小指を突っ込んでの即答だった。

(ですよねー)

 ラチェットの予感は的中してしまった。

 性格上素直に従ってくれるとは思わない。面倒くさげに断ってくるだろうなというオチは確実に見えていた。


 予想通り過ぎる展開にラチェットは“分かってました”と息を吐くばかり。


「そこをなんとか!」

 両手を叩いてコーテナはお願いする。


「ふざけんな、それくらいの事で精霊騎士団の手を借りるんじゃねーよ。私だって暇じゃねーからな」


 ___よく言う。

 こんな時間から酒飲んで、上司の愚痴を吐いていた女が口にすることか。


「それくらいのことじゃないです! ボクにとっては凄く大切なことなんですよ!」

「駄目駄目、自分でどうにかしろってんだ……」


 逃げるように会計を済ませて出ていこうとするサイネリア。やはり、この人物に頼るのは時間の無駄だったようだ。何度もお願いするたびに頭を掻き回すだけで、その首を縦に振ろうとはしない。


 諦め気味になったラチェットは止める気にもならない。

 てこを使っても動くとは思えない。コーテナに諦めるよう促すしかなさそうだ。



「あれ?」



 ……ところが、事態は一変する。



「あれ? おかしいな、確かここに……あれー?」

 何か焦っている。既に支払いは終わっているため金の問題ではなさそうだ……何か無くしたようである。

 

「またか……ったくしょうがねぇな。新しいの発注すっか」

「あのー、何を無くしたんですか?」

 どうでもいいと諦め気味ではあったが、念のため何をなくしたのかを聞いてみる。


「剣だよ。剣」

 サイネリアは腕のジェスチャーで剣を振るう動きをする。

 言われてみればいつもと比べてかなり軽装なイメージを感じた。それは普段持ち歩いている剣が腰にかかっていなかったからだ。


「まぁ、無くすか壊すかは良くあることだし、また頼むさ……ったく、またクレマチスや団長にドヤされちまう」

 本人はかなり面倒くさそうに呟いている。どうでもいいと思っていながらも、後の説教への恐怖なのか若干顔が青ざめているようだった。


 騎士団長ルードヴェキラ。

 彼女の説教は確かに胸に震えるものが込み上げる。体も自然と沈みかねない迫力のある圧力をかけてくる。その場にいた精霊騎士団全てが押し黙る程のプレッシャーだった。


 あれを正面から一対一で受けるとなると確かに骨が折れそうだ。


「ん、武器?」

 ラチェットはふと思い出す。

 騎士の剣。数分くらい前、それに関係するような会話を聞いたような。


「「あ!?」」

 ラチェットとコーテナの二人は同時に声を上げる。


「何だ? どうした?」

「そういえばさっき、向こうの通りで『特別製の騎士の剣を手に入れたから、これは金になるぞー』って話を聞いたような」

「マジでっ!?」

 サイネリアはコーテナの両肩を掴み必死に揺さぶる。


「そいつら何処にいた!? まとめてぶっ飛ばすから教えろ!!」

 慣れてると言っておきながら説教を受けるのはやはり勘弁のようだ。それを回避したいがために必死にコーテナから情報を聞き出そうとしている。

 こっそり武器を奪われるとはどれだけ迂闊なものか。酒が回っているのが原因だったかもしれないが、それは精霊騎士団ともあろうものが犯していい失態ではない。呆れてものも言えなくなりそうだ。


「確か、地下で高く売り捌くとか言ってたようナ」

「地下商店か! よし!」

 サイネリアはコーテナの両肩から手を離すとすぐさま地下商店と呼ばれる場所へと駆け出した。


 ラチェット達もサイネリアを見逃さないように必死に追いかける。逃げ足が速い二人は当然、追跡なんてお茶の子さいさいである。


「どけ!」


 路地裏へと足を運んでいくサイネリア。その通りで屯っていた不良たちは何事もなくバッサバッサと薙ぎ倒されていく。ラチェット達が路地裏を通り過ぎる頃には、路地裏にいたほとんどの不良たちがボロ雑巾のように地面で伸びている。


「アーメン」

 何故か気の毒な気がして、片手を添えてお辞儀の一つでも交わしておいた。



 サイネリアは邪魔者を全て追っ払うと、そのまま下水道へと続く巨大なパイプの中に入っていく。どうやらそこが地下商店とやらの入り口だそうだ。


「「……」」

 二人は一度、その地下商店へと続くパイプの前で足を止め、耳をすませる。


 声が聞こえる。

 サイネリアがパイプに入って数秒が経過した頃、中からかなり物騒な声が伝わってくる。


『とっと返しやがれ! 私の剣をさぁッ!!』

『なんでこんなところに精霊騎士が……うぎゃあぁあああ!?』


 聞こえてくるのは唸り声と悲鳴の阿鼻叫喚。不協和音にも程がある呻き声が壮絶な喧騒の産物と共に聞こえてくる。


「「……」


 今、パイプの中に入るのは危険だと思う。

 変な巻き添えを食らわない様に、中で喧嘩が終わるのを待つことにした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 地下商店にサイネリアが突撃してから数分が経過。聞くも物騒な不協和音はようやく成りを潜め始め、静かになり始める。


「いやー、助かったぜ。お前ら」

 剣を手に、ホッとした表情のサイネリアが何事もなく外へと顔を出した。

 荒い息一つ吐いていない、そして、若干の返り血を浴びている程度で無傷。


 中にまでついて行かなくて正解だったかもしれない。もし万が一、この巣穴に飛び込んでいたらと考えると……恐ろしくて声も出なくなる。


「借りが出来ちまったな……まあ、何か礼くらいはしておくよ」

 サイネリアは機嫌良さそうに二人に何かお礼を催促させようとする。


「お前、意外にも礼は尽くすタイプなんだナ」

「私を何だと思ってるんだよ。礼儀の一つでもなければ、精霊騎士になれるものか」


 その言葉、一ミリも信用できないのは気のせいじゃないと信じたい。精霊騎士という立場を使って粗暴な振る舞いをついさっきまでしていたような気がしてならない。



「……だったらヨ」

「答えは一つだよね!」


 とはいえ、そんな細かい指摘は無しだ。

 ラチェットはふと笑みを浮かべ、コーテナもその言葉を待ってましたと満面な笑みでサイネリアにするお願いを想定している。


 彼女に頼むことがあるとすれば、ただ一つ。


「……ま、大体は察してるがな」


 サイネリアも二人が口にしようとしているお願いを悟っている。

 ちょっとばかり面倒な事になりそうだと、サイネリアは頭を掻きながらアクビをかました。

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