PAGE.144「天才魔術師からの挑戦状(後編)」


 放課後。ラチェットとコーテナは学園を出ると真っ先にその人物を探しに行くことにした。

 彼女が探す人物は普段王都の見回りをしている。街の人達の話を聞いて回れば、そこへ到着することも難しくはない。


「本当に本気なのカ?」

「うん! やってみないとわからない!」


 ……ラチェットはいろんな意味で不安を覚えていた。

 


 本当にその人物を頼って大丈夫なのか。


 本当にその人物に会えるのだろうか。


 そもそも、本当に“その人物は彼女を手助けの舟となりえる存在”なのだろうか。



 皆無にも近い可能性の低さには頭を抱える。正直時間の無駄のような気がしてならないとラチェットは心内で思っていた。


「おいおい見ろよ! すげーもの見つけちまったぜ……」

「掘り出し物かよ! 一体なんだ!?」

「じゃじゃーん! なんと、騎士団の手持ちの剣だ! しかも幹部クラスのだから、その気になれば地下の商売会で高く売れるぜ?」

「まじかよ! お前本当にラッキーだな!」

 

 ……こんな時間から堂々と犯罪要素満載の話を公共の場で行う馬鹿がいたりと物騒気回りない。こんな怪しい商売の話が絶え間ないこの付近を少年少女二人で歩いて平気なのだろうかと不安を覚える。


(第一、騎士様の剣って……偽物じゃねーのカ。それサ)

 この王都に所属する騎士達は精鋭揃いと聞いている。仮に、あの男達が握っている剣が本物であるとするならば、あんなならず者集団に大事な武器をパクられるなど油断がありすぎではなかろうか。


 王都の騎士は意外と間抜けと粗暴な奴が多いのではないかと思ってしまう。まだ疑惑であるため真実には至らないが。


「ねぇ! アッチの方で見かけたって!」

 情報を聞き出したコーテナが駆けつけてくる。

 

「いや、でもアッチの方って」

 ラチェットはコーテナの言う方向に視線を向ける。


 そこは完全に飯屋と酒場などが並ぶ商店通り。

 夜になれば大人の街に成り果てる酒臭いおっさん万歳ロード。昼間にその場を歩くには少しばかり勇気がいりそうな治安のエリアであった。



 その情報が本気かどうかは知らないが、物は試しに行ってみるべきだ。コーテナに連れられ、ラチェットは怪しい大通りへと引き寄せられていった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ああ、予定通り、指定された分の破壊はしてきたよ」


 日の光一つ入らない路地裏で、魔術師片手に独り言を話す女性が一人。


『うん、じゃあ約束通り報酬を上げるからさ……』


「了解だよ。メモ通りの日に”この場所”へ行けばいいんだろう?」


『話が早くて助かるね。勿論一人で来てね』


 あまりにも簡易的な会話。


 粗末にも近い挨拶だけが帰ってきたと思うと、女性は魔術書を閉じる。



「……さぁ、ビッグビジネスもおしまいさね」


 女性はメモを確認し、舌なめずりをそっと交わした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 まだ夜は遠い。夕暮れすらも来ていない時間帯であるにも関わらず、こんな時間から飲みまくって潰れている大人もいれば、隅っこで働きもせずに自由な生活を続けている不良の集団がいたりなど……その治安の悪さは拍車をかけている。


 現に路地裏の方では喧嘩の声が聞こえてくる。

 これだけの治安の悪さなら、精霊騎士団の一人が取り締まりに来ていてもおかしくはないと思うが……。




 果たして、その肝心の“精霊騎士団”は何処へいるのだろうか。

 ラチェットは内心怯えながらもあたりを見渡している。



「やっぱ、路地裏か……?」

 これでもし、覗き込んだ路地裏がハズレであった場合はとんでもない八つ当たりと飛び火を食らう羽目になる。

 蛇の巣穴をつつくような気分だ。もし間違えでもすれば、カエルに近い立場であるラチェット達は一口で巣穴まで飲み込まれてしまうだろう。


 ギリギリまで表通りを探す。

 せめて、路地裏なんて怪しいところにいないことを祈るばかりである。



「んでよー! 私の連れの野郎が仕事をミスったわけだ! 私まで飛び火を食らってドヤされて……だぁ、チクショウ!」


 こんな時間から豪快に酒を飲みながら愚痴っている女性がいる。こんな時間からお酒に浸る女性までいるとなって、この地域の危険ぶりをより強調させてしまう。


 知らぬが仏。構わない方が身のためだ。

 ラチェットは出来る限り、その愚痴を受け流すようにする。


「ったく、クレマチスの野郎よー……話は最後まで聞けってんだよー」


 ……気のせいか。

 今、とんでもないワードが聞こえてきたような気がする。


 しかもこの声、普段は落ち着いている声がかなり荒くなってしまっているが、それでもある程度の察しはついてしまう。


「「……」」

 ラチェットとコーテナは二人して直感した。

 そっと立ち飲みの酒場に近寄っていく。暖簾の下には王都の騎士団の象徴である甲冑がチラついているし、しかもその甲冑は幹部クラスより遥かに上を証明する特殊なものである。


 覚悟を決める。

 勢いよく、その暖簾をめくってみた。


「いたぁ!」

 コーテナは大声を上げて、その人物を指さした。

「マジでいたヨ……」

 出来ればそうであってほしくないと祈った矢先にこの結果。ラチェットは想像通りになってしまったことへ頭を抱える。


「あぁ?」

 コーテナが探していた人物。その人物本人で間違いない。


 精霊騎士団の一人。

 “サイネリア”であった。

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