PAGE.143「天才魔術師からの挑戦状(前編)」
「んで、勝算はあるのカ?」
その日の昼休み時間。ラチェットとコーテナは廊下を歩く。暇つぶしの散歩というよりは、例の一件の話し合いだ。
「どうにかする!」
コーテナは自身の発言に後悔も何も感じていない。自身のやったことは失敗でも何でもないと胸を張っている。
「勝負はやってみないとわからないからねっ!」
現に天井に向かって突き刺されている人差し指があまりにも立派だった。
……本当にこの少女は変わったものだ。
最初に出会ったころと比べて更に笑顔が似合うようになった……いや、正確には彼女の心に隠れていた真の笑顔を度々見れるようになったということか。
コーテナが今浮かべている笑顔は作り笑顔でも強がりなんかでもない正真正銘の笑顔だ。
諦めることをしなくなった。
彼女にとって良い傾向に進んでいることにラチェットは微かに笑みを浮かべる。
……だが、そんなことより。
どうにかしないといけない問題が今は目の前にある。
「お前は覚えも頭も良い方だと評判が凄くいい。先公も凄く褒めていタ。使い物にならなかった炎以外の魔法も使い道が出来始めたりとか、中々の天才肌みたいじゃねーカ」
「いやぁ、そんなに褒められると照れちゃうなぁ~」
ここまでベタ褒めされるとコーテナは参ってしまう。頭を照れ臭そうに掻き回す彼女は明らかに浮かれているのはわかった。
現に褒めているのは確か。その噂も本当の事ではある。
「だけど、相手はそんなの屁でもないくらいに手ごわいゾ……アイツを褒めたくはないし、認めたくもねぇが……かなり強ェ」
今まで出会ってきた魔法使いの中でもかなりのもの。アタリスや精霊騎士団と比べるのにはさすがに無理はあるが、王都のエージェントに匹敵するほどの実力。学園の一生徒に収まる器などではない。
「相手は八つの魔術を使ウ。そう易々とは勝てねぇゾ……」
向こうの手数が多すぎる。
しかも、こちらはエドワードの魔法の駒を二つしかみていない状態だ。たった二つの術であの破壊力と征討力だ。まだ六つも駒を隠し持っている状態なために対処は難しく、攻略法の発見はあまりにも絶望的。。
「ボクだって四つの魔術がある。それをうまく使えば」
「その四つの中で胸を張れるのハ?」
「……炎だけ~」
コーテナも少しばかり現実を見たようだ。
いくら使い道が増えたとはいえ、やはり実践に投下できるものは炎くらいだ。それ以外の完成には時間がかかる。たった一つの駒でキングを掃討するなんて不可能である。
(……こいつは俺の為に言ってくれた。手伝ってやりたいが、どうしたものカ)
この少女は自分の事のようにラチェットの侮辱を怒っていた。
それを撤回させるためにと無謀な挑戦状を何の躊躇いもなく受け取ったのである。
ここまでされて、侮辱された本人であるラチェットも放っておけない。
いくら侮辱されてる事を気にしていない身だとはいえ……その手が友人に及ぶのなら話は別だ。
「うーん、どうにかして魔法の幅を広げないと~」
時間は二日ある。これを“まだ”か“それしかない”のどちらと捉えるべきか。現実的な数字なためにリアクションにも困る二人は溜息を吐いていた。
「あっ」
ふと、二人は足を止める。
「……おや」
向かいから歩いてきたのは学園のトップワン・フェイトだ。
学園の序列一位のお嬢様が歩いてくる。目があったその瞬間にフェイトはちゃんと挨拶を返してきた。軽く無言で頭を下げた程度であるが。
その横には彼女の友人だというコーネリウスの姿もある。笑顔で手を振りながら、こんにちはと一言告げて挨拶を告げてきてくれた。
「こんにちは!」
コーテナは二人に対してしっかり挨拶。
「どうも」
ラチェットもそれに続いて軽く会釈して無言に挨拶を返す。
(……こいつも俺の何かを探っている)
ラチェットの視線はフェイトの目を見つめている。
分からない。その瞳は何を見据えているのかはさっぱり分からない。誰一人としてその理解者を生み出すことを許さない深淵をも思わせる瞳から目を離さない。
このフェイトという少女も何かを探っている。
そうでもなければ、中途半端な時期に入ってきた落ちこぼれ魔法使いの生徒に構うことはあるまい。名目上では学園長からの推薦入学にもなってるということもあって、それに対しての気遣いが混ざっているかもしれないが。
パン屋で一緒に放課後を過ごした時、彼女は何やら意味不明な質問をしてきた。
今思えば、あれは何かも誘導尋問だったのではないかと思っている。
(あの質問の意図は何だ? なんで、急に魔王の話なんかヲ?)
謎は深まるばかり。
フェイトの風貌のミステリアスさに飲み込まれそうになる。
「……どうかしたか?」
すれ違いざま。
フェイトはこちらの顔を覗き込むように近づいて来る。
「うわっ! なんダ!?」
「すまない。視線を感じたものでな……私の顔に何かついているか?」
随分と近い距離でラチェットの顔を覗き込んでいる。
完璧才嬢と呼ばれているフェイトも、一人の女子生徒ということがあって少女さながらの華奢かつ小柄な体をしている。
下から覗き込むように見つめてくるフェイトの瞳。その吸い込まれるような美麗にラチェットは言葉を失う。
綺麗である。しかし、それでいて不気味だ。
再び彼女の視線に飲み込まれそうなラチェットは固唾を飲みかけていた。
「フェイト!」
そんな空間を切り裂く、低い声が介入する。
「丁度良かった、君に話、が……ッ!!」
その声の主は場の状況を理解した途端に口を閉じた。
何やら敵意の籠った様子で咳払いをしている。そして、ここまで塩をまくような対応をする相手で思い当たる節は一人しかいない。
「……お前達、か」
やはりだ。
エドワードである。彼は少し苛立った様子でアンクルに触れる。
「どうした、エドワード」
許嫁という関係もあって二人は気軽に話し合う仲ではあるようだ。突然声をかけてきたエドワードに対して、何の否定もなく向き合っている。
「今度、父と共に乗馬を嗜もうと思っている。それに良い紅茶も入った。よければ、君も」
「すまない。私は稽古がある。しばらくは顔は出せない」
頭を下げて、詫びを入れる。
「そうか、それは残念だ……また機会があれば」
肩を落とし、落ち込んだ様子を見せるエドワード。気にしないでほしいと一言残した彼は早足でその場を去っていく。
「……チッ」
しかし、ラチェットとコーテナの横を通り過ぎる瞬間。
さっきまでの紳士的な対応が嘘だったかのような汚い舌打ちが聞こえていた。しかもその舌打ちはフェイトに対してではなく、すれ違ったこの二人に向けてやったものだ。
タイミング的に間違いない。
彼女に気付かれないよう、ナチュラルに。怨念にも近い感情がこもった舌打ちは、一種の宣戦布告のようなものだった。
「では、失礼する」
「またね」
フェイトとコーネリウスもその場から去っていった。
何と言うか、空気が張り詰めている。
それはフェイトが放つ威圧のせいなのか、それとも嫌に耳で響いたエドワードの不快な舌打ちのせいなのか。
いや、正解は両方だ。
何とも重い空気が馴染んでしまった空気の中、二人は一瞬顔を見合わせる。
「……そうだ! ボク、どうしても魔法について話をしたい人がいるんだった!」
その静寂を突き破るように手をポンと叩く。何かを思い出しかのようにオーバーリアクションを取るコーテナであるが、今はその対応があまりにも心地よくて助かってしまう。
「誰ダ? ここの教師?」
「ううん、違うよ! いい、それはね……」
コーテナは彼の耳元でその人物の名前を口にする。
仮にエドワードに聞かれていたらと念を入れたようだ。その人物の名前を口にすると、ラチェットの顔が次第に歪んでいく。
「……お前、本気で言ってるのカ?」
「うん! ボクは本気だよ!」
___というわけで、その人物に会いに行くのを手伝ってくれ。
コーテナからのお願いに、ラチェットは呆れたように首を縦に振った。
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