PAGE.142「イモータル・プライド」
=魔法世界歴 1998. 9/15=
「その空は青かった。全ての物事が嘘だったかのように笑顔だった。しかし、きっと空はその出来事を忘れることはないだろう。あの日の出来事は忘れてはいけないことだ……この平和を噛み締め、生きていかなくてはならない。これが我々、遺された者達の宿命なのだから……っと」
ラチェットは本をスラスラと読み上げると、図書館で借りていた文学小説を折りたたむ。
これは面白い本だったと彼は思っている。子供の読む絵本とは違って、人間の本質と暗い部分まで描かれている。それ故に引き込まれていく世界観。
ラチェットは我ながら思う。
感想まで思い浮かべる余裕まで出来た。最早、魔法世界クロヌスの文字で読めないものはないと自負しても良い。
「これで読破……いや、もう一冊あるカ」
自身の真横に積み上げた図書文庫。最後の一冊へと手を伸ばす。
いつも通り、実習のセミナーにて一人本を読んでいたラチェットは皆の練習風景を眺める毎日であった。
クロはアクロケミスの本を片手に発動の練習をしている。やはり発動できる兆しは見えないが、その努力は怠らない。
ルノアも同様だ。自身のマジックアイテムに振り回されないよう制御の練習も含め、体の鍛錬など行えることは精一杯やっている。普段の天然とドジが怠って、上手く行っていない風景が日常茶飯事ではあるが。
アクセルは今まで以上に努力しているような気がする。
彼の妹・エグジットとのリレー勝負以来、もっと努力をしなければと気合を入れなおしているようだった。今度こそ、『情けない姿を見せないように』と。
ロアドとコヨイは二人で模擬演習を行っている。二人とも肉弾戦をメインとした戦い方のために、この組み合わせの演習は実にやりやすいのだろう。最も、お昼ご飯の奢りがかかってるが故に白熱としているが。
そして、コーテナも。
彼女もまた、沢山の魔導書を片手にチャレンジを続けている。
「ふぅ、本ばかり読まずに俺もたまにはやるカ……?」
ラチェットはアクロケミスの本を手に取る。
この本の文字は古代文明時代の文字が使用されている為に読むことは出来ない。だが、何れはこの本の文字も読めるようになるのではないだろうか。
この本の正体も、自身を知るためのヒントになるかもしれないとラチェットは踏んでいる。その為には文字の勉強を怠らない。
知れば知るほど、きっとそれは繋がるはずなのだから。
あわよくば、当時のマジックアイテムを出すことさえも可能になると思うと夢が広がるようだった。
「……こんなところで呑気に読書とはな。それに自覚をしているのなら、尚のこと質が悪い」
憎たらしい声が聞こえてくる。
新しい小説本を手に取る前にラチェットはその声の主へと目を向ける。
「……オメェか」
「冷やかしなら帰ってくれないか。目障りだ」
その声の正体は一度聞いたことはあるし、何度も見たことがあるから分かる。
エドワード。この学園で一二を争う天才と呼ばれた魔法使いだ。
「俺の勝手ダロ」
ラチェットはこの男がハッキリ言って嫌いである。理由は簡単。あの初日での理不尽が気に食わないからだ。
こちらの事情を知らないとはいえ、完膚なきまでに徹底的に踏みつぶし、その挙句弱者と罵っては学園を去ることを薦めるなどの言いたい放題。
ハッキリ言って良い印象を得るわけがないだろう。
ラチェットは彼の言葉を遮るように再び本へ視線を戻す。
「ここは実習のセミナーだ。本を読むだけなら図書館でも出来る。だが今は授業中だ。読書以外にやることがないのなら荷物をまとめて学園から去ってもいいんだぞ」
エドワードの言う通りではある。
読書ならどこでも出来る。ここは実習を行うための会場なのだから、隅っこのベンチで本を読むだけなら別の場所でもできる。
「言っとくが冷やかしじゃねーからナ。俺は見学でこの場にいるんダ。そっちの勉強も怠ってるつもりはねーヨ」
エドワードの言い分こそ、そうであるが……ラチェットはこの男の言う事へ素直に従うのは心底嫌だった。故に抵抗する。
それに彼はこのセミナーには参加していない。見学は自由なために今日は見学という形でこの会場にいるのだ。冷やかしなんかではない。ちゃんと魔法の勉強もしている。
「言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうダ」
天才の嫌味にはいつもの毒で返す。
ラチェットもまだ若い。それ相応の子供らしい一面はあった。
「なら、はっきり言おう……お前にはむいていない。それを理解すらできない脳のお前がこの場にいても邪魔であり目障りなだけだ。どうだ、この言い分で満足したか?」
___そうまでして、視界から遠ざけたいか。
ここまで徹底とした罵詈雑言を言われると腹が立ってくる。
彼、エドワードの事は軽くアクセルから聞いた。
ラチェット自身はエドワードの事ははっきり言って嫌いだ。彼の情報何て微塵も知りたくないと言ってはいたのだが、アクセルは一方的に話したのである。
エドワード。
彼はこの王都ではそれなりに有名な魔法使いの家名・リカルド家の長男であり、時期に十三代目の領主としての将来が約束されている天才魔術師。
リカルドの一族は古くの代から、“魔衝”の発動技術には恵まれていないとされており、一族の中から魔衝を発動させた者は誰一人として現れなかったとされている。
その代わりに彼らは他の魔法使いと比べて、並外れたスケールの魔力の容量と発展力を所持、さらには天才級の頭脳も持ち合わせていた。
その証拠として、リカルドの一族は最低でも魔導書の発動を五つも掛け持ち。最大で十四個も掛け持ちした天才魔術師までいたとされていた。
魔導書の掛け持ちは脳や体の負担に魔力の消耗なども含めて難しいとされており、三つ掛け持ち出来た方でも上出来と言われるレベル。
しかしこの一族は平均で倍以上。
このエドワードという男も八冊の魔導書を所持している。
……あと一つ、彼の事で聞いた話といえば。
彼の家系は“ミストラル家”と呼ばれる一族と提携を組んでおり、そこの令嬢とは許嫁の関係であるという事……。ミストラル家の令嬢、それはこの学園ではあまりにも有名。
学園のトップワン。フェイト・ミストラルである。
その関係が良好であるかどうか分からないが、名目上では許嫁同士である。
文字通り天才のお坊ちゃまということだ。
片目に引っ掛けているアンクルがその秀才をより引き立たせる。ラチェットからすれば、口うるさい陰気眼鏡程度にしか思っていないのだが。
彼の発言は魔法使いのプライド故の言葉なのだろう。
「お前には才能はない。それはこの前の戦いで分かった……この場でお前が手にするものはない。程度が知れてるのだ……貴様は」
魔法使いとしての誇りが大きいのか知らないが、微かに漂う傲慢の気配が気に入らないが故にラチェットは舌打ちをする。
「言っとくが俺はどかねーからナ。こちらこそ、ハッキリ言うが俺もお前が気に入らねぇ。お前の言う事だけは耳に入れるつもりはねーゾ」
「……ふっ、何に胡坐をかいたのか知らないが、無能もここまで来ると反吐が出そうだ。力や才能はおろか、常識すらも欠落しているらしい。人に飼われた猿の方がまだ賢い判断をする」
ラチェットの敵意など見向きもしない。彼の意思など全く無関係。エドワードは人差し指を突き立て言い切った。
「何の取り柄もない無能な男にはピッタリの説だろう?」
ラチェットはついに本から視線を外した。
我慢の限界だ。口より先に拳が飛び出そうとした。
「取り消してよ!」
瞬間、声が聞こえてくる。
「今の言葉、取り消してよ!」
コーテナだ。
エドワードの口から出てきたのは彼への忠告なんかではなくタダの侮辱。ラチェットの友であるコーテナがその言葉を聞き逃すわけがない。
ラチェットよりも先に、怒りを露にしたのはコーテナであった。
「俺は真実を言ったまでだ。何もない“空っぽな男”など、この学園には不要だ」
「……!」
ラチェットの頭が凍り付く。
空っぽ。
何もない空っぽな男。
それはラチェットにとっては一番刺さる言葉だった。
何もない。夢も生き甲斐も何もなく生きてきた少年にはタブーの言葉。
彼への禁句。
しかし、それはラチェット以上に___。
「……いい加減にしなよ。さすがに言っていいことと悪いことがあるよ」
コーテナに対しても言ってはならない言葉であった。
「真実を言って何が悪い。死体も同然のような男に価値なんて」
「それ以上言ってみろっ!」
今まで聞いたことのないコーテナの怒号が響く。
彼女はまるで自分の事のかのように怒りに震える。
拳は音が鳴る程。歯も力強く噛み締めている。
一同が視線を集める。
いつも笑顔のコーテナが、いつも純真な少女が敵意を露わにしていた。
「……無能に傾ける耳はない。言い分を届かせたければ、俺に証明してみせろ」
コーテナの反応。その行動にエドワードは微かに反応を見せた。
ハッキリとした意思表示。友を侮辱されたことへの絶対的な怒り。
彼女にはある。伝えたいことがある。
なら……“その言葉”を戦いで示してみるといい。
これは天才魔法使いからの挑戦状であった。
「わかった。ボクが勝ったら、ラチェットに謝って」
「約束する」
少女はその挑戦状を受け取った。エドワードも敗北を喫すれば、彼の言葉にも耳を傾けることを約束した。
正面から勝負を受ける。この学園では屈指の天才と言われる魔法使いからの挑戦状。無謀ともいえるその挑戦を引き受けた。
「……もうすぐ授業が終わる。後日にするとしよう。すまないがここしばらくは予定が埋まっている。二日後の昼休み、使いの者に通達を送る。それまで待たせることを許してほしい」
エドワードはどうしても空けられない用事を先に詫びる。それを踏まえた後に、エドワードは一礼だけ返し、セミナー会場から去っていった。
「はぁ……はぁ……」
この怒りを抑えられなかった。
コーテナは反省をしている。何とも言えない顔で、握られた自分の拳を見つめるその姿は何処か切なく感じさせる。
「コーテナ……お前」
「ラチェット」
闘士に燃える瞳で、一人震えるラチェットと向き合う。
「君は空っぽなんかじゃないから……それを、あの人に教えてくる」
その決意は鋼のように頑固としたものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます