PAGE.141「ミステリアスな来訪者」
=魔法世界歴 1998. 9/14=
「……」
一人の少年が、屋敷のバルコニーで魔導書を読みふけっている。
ガラスのテーブルの上に用意された魔導書は全部で百冊以上。全て、能力及び効力の違う魔導書だ。
今日は雲一つ空に漂わぬ晴天。俗に言う洗濯日和というやつだ。その日の太陽の眩しさはガラスのテーブルを強く反射させ、それどころか本のページの文字すらも眩くて見えないほどだ。
日傘の一つでもさして、本に日陰を作ってあげなければまともに読むこともできない。夏場を過ぎて涼しい季節が近づいているとはいえ、まだ残暑の頃合い。本を読むのであれば室内にいればよいものを。少年、エドワードは外で読む。
「お坊ちゃま。本日の食事会の方ですが……」
「話は本人から聞いている」
執事と思わしき細身の老人が声をかけてきたかと思いきや、その会話を遮るようにエドワードは本を閉じる。
「任務の一件により、フェイトは参加できないのだろう。今日は俺と父。そしてフェイトのご両親のみ……その話だろう?」
「左様でございます……つかぬことをお聞きしますが、フェイトお嬢様ご自身がそう仰ったのですか?」
”任務がある。そちらを優先するために食事会には参加できない”。
こうやって馬鹿正直に本人が答えたわけではない。学園のトップである彼女は精霊騎士団より直接の任を受けることがある。しかし、その任は生徒は勿論の事、教師ですらも知る者は少ないトップシークレット。任務の存在すらも悟られることは許されない一件もあるのだ。
彼女の断り方は酷くシンプルなものだった。
しかし、そんな遠回しな言い方であったとしても、彼はフェイトが来れない理由を悟っているようだった。
「寂しいものだな」
フェイトの不参加。それに深く溜息を吐く。
その日を待ち遠しくも思っていたようだが、彼女は他の生徒と違い自由に動ける身柄ではない。何より、彼女自身が精霊騎士団より受ける任に前衛的だ。時期騎士団候補としての責務を果たすため、全うしている。
「……最近、フェイトお嬢様とはうまくお付き合いなされていないのですか?」
「そうとは思いたくはないな。仮にも俺とアイツの”関係”だ」
フェイトとエドワード。
その間には……特別な関係があることをほのめかす。
(とは言ってるが、彼女は心を開かないまま……中々に振り向いてはくれない。情けないものだな。うむ……)
理由を前に、彼は悔しさと無念を思いつつも、彼女の想いを組みとっている。
完璧。完全なる魔法使いであろうとするその姿勢。そして精霊騎士団の任をどのような内容であれ全うしようとするその姿勢……その全ての理由を知っている。
だからこそ、彼女の手厳しさは熟知している。
「……爺や。しばらく寝ることにする。時間になったら教えておくれ」
「本の方はこの私めが」
「いや、持ってきたのは俺だ。ちゃんと自分で片付けるよ」
学常にプライドと誇りを高く持つエドワード。彼が爺やの前で見せるその素顔は学園で見せることは全くない、安らぎに満ちた表情だ。そこには厳しさも苛烈さも一切見せはしない笑顔であった。
数冊の本を一気に持ち運び、爺やは絶対に手を出さぬように釘をさす。
主人であるエドワードの立派な姿に感動したのか、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭う執事。それを他所にエドワードはそこから去っていく。
「彼女にはやりたいことがある……俺は、それを支える。支える必要があるんだ」
本を手に、自室へと戻っていくエドワードは彼女を想う。
「リカルド家の人間として……フェイトの”許嫁”として」
彼女の思想を邪魔してはならない。彼女の夢に首を突っ込んではならない。
その想いは絶対に折り曲げられることはない。彼女の許嫁として、どのような理由があれどだ。
「俺も、彼女に恥じぬよう、まだ上を目指さなくては……俺もまだ、こんなところで止まっている場合ではない」
彼が手にしている本は全て、魔導書の中でも難読のものだ。
学会のメンツでさえも手こずっている難易度。解読できたその瞬間に学会の仲間入りも夢ではない。
「彼女の任……か」
今日の食事会。彼女がやってこれないことをエドワードは残念に思う。
「あの、来訪者たちの事か」
そして、同時にその理由の対象である”ラチェット達”の事を思い返していた。
数日前に突如学園へとやってきた二人の生徒。アクロケミスらしき魔導書を手荷物が戦闘能力ははっきりいって戦力に数える事すら甚だしいラチェット。そしてもう一人は半魔族の少女コーテナだ。
それ以外にも二人には保護者がいる。
街中で何でも屋を営んでいるというスカル。そして、もう一人少女がいるとのことだが詳しくは聞かされていない。
ラチェットとコーテナ。そして、その何でも屋の開業とやらも精霊騎士団が絡んでいる。全面的に王都のトップ組織がバックアップを担当しているのだ。
それだけの注目……フェイトの身を駆り出させるほどの存在。
「あれだけの無能な輩に一体、何があるというんだ」
先程まで優しさ溢れる表情だったエドワードの顔が苦くなる。
舌打ち。そして歯ぎしり。貴族のご子息としてあまりに下品な表情を浮かべる。
あんな存在。魔法使いの存在を馬鹿にしたような連中。
ただの興味本位で学園に足を踏み込んだ連中。どのような手を使ったのかは知らないが、あまりの彼らの無知を前に、この上ない苛立ちを覚えたのは言うまでもない。
無能な彼に、何の魅力があるというのか。
無能な彼に、何の秘密があるというのか。
無能な彼に、何の脅威があるというのか。
……エドワードが最も心酔し、大切とする存在。
そんな彼女の手を煩わせる。そんな彼女の視覚を支配する。
全てにおいて、エドワードは来訪者の存在に怒りと妬みを思い浮かべた。
「フェイトにコーネリウス。そして精霊騎士団……皆が出る必要はない」
本を手に、エドワードは自室の扉を開いた。
「奴らは……俺が”測る”」
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