PAGE.139「未来と理想郷の体現結社」

 本日昼刻。時刻予定通り、アルカドアより両名の研究員が到着。

 エグジット・スタンダッツとリグレット・スタンダッツ。新たなるプロジェクトの企画書、及びそのプロジェクトによって得られるデータの推測や補完理論など……現状況で終えた解析を提出したのである。


 それは学会とはまた違うベクトルでの研究であり、学会と同様にここ王都にとどまらず、魔法世界クロヌス全域に新しい風を巻き起こすであろう革命的なプロジェクトである。まだ、あくまで仮定としては成功する可能性が高いであろう予想をまとめた資料でしかないが。


 しかし、学会とアルカドア。その両組織のデータは学園の生徒の一部にとっても最高の研究材料や勉強内容となる。学会は勿論の事、研究結社アルカドアも学園には協力的なのだ。


「……特に、怪しい研究データではないわね」


 本日、学園にて会談に顔を出したのは学園の教師数名。その中には学会の一員でありながら、学園の教師免許も取得しているステラもいた。


 受け取った研究データの複製書を、学会の自室にて目を通す。

 それは、”風と風車”を利用した発電計画。この世界の電力の使用に必要なマジックアイテムを消費を大幅に軽減するためのプロジェクトであり、この発電計画が成功した暁には一年で消費されているマジックアイテムの消費を7割近く削減することが出来るようになる。


 ……怪しい文書はそれといって存在しない。

 

「それにあの二人、例の一件には全く触れなかった」


 エグジットとリグレットの両名は、学園にて発生した魔物の発生事件に関して触れることはあまりしなかった。会談で二人はその話題の事について口にはせず、教師の一人がその話題を口にしたことでようやく二人はその件について意見を申し立てた。


 といっても、あくまで心配の一言。その一件は不幸な事件であったと片付けただけであり、それといった興味を示した様子もなかったし、変わった反応も一切見せることはなかった。


「……今回の一件についても、特に話をしなかったわね」


 会談を終えた直後。二人は私用にて兄であるアクセルと合流し、その後、いつものノリで口喧嘩に至った挙句、兄弟喧嘩は魔衝の演習による競い合いに発展。しかし、その闘いの決着は正式につくことはなかった。


 魔物。またもデスコンドルの群れが校内に現れたのである。そう、群れだ。

 一匹や二匹どころ話ではない。今度は指で数えるには片手で足りない数が現れたのだという。しかし、デスコンドルは被害が及ぶ前に両名の手によって始末された。


 その一件に関して詳しく話を聞こうとしたようだが、本人たちはかなり機嫌が悪く、まともに話を取り繕うことはしなかった。やはり、一組織の人間とはいえまだ年増もいかない子供である。性格にはかなりの難があった。

 故にその行動がよりステラの不信感を募らせた。あの魔物の一件がもし彼女達の組織が計画したものであるならば、彼女達がそれを阻害するのはおかしい事である。しかし、彼女達はその事件には無関係であるという事を錯覚させるためのパフォーマンスであったというのならば……。


 とはいえ、まだ一式には決められない。


「イベル様はまたも魔物を観測した……その場所は、やはりアルカドア施設のすぐ近くだった」


 イベルの報告によれば、王都の街中にてまたも魔物の気配を感じたのだという。その気配はすぐに消えてしまったようであるが、一瞬現れたその気配の場所はしっかりと観測していた。


 アルカドアの本施設。その周辺にて魔物の気配は感じ取られた。

 とはいえ、その気配はまたも消えてしまったという。イベルと騎士数名はアルカドア施設周辺にて怪しい事はなかったが都民に問いてみたが、それといったことは特に起きなかったという。


「やはり、本社に調査を入れるべきかしら」


 アルカドアの内部に謎があるかもしれない。やましい気持ちがないのなら、アポイントメントを取ることは容易いであろう。

 精霊騎士団に調査状を提出必要があるかと考える。アルカドアは組織の大きさもあるために、ここ王都ではそれなりの権限を持っている。迂闊に強行突破を仕掛けることは出来ないというのは難しいところだ。


「シアルとミシェルに連絡を入れておきましょう……」


 乗り込み。突撃調査。

 適した人材を送り込む必要がある。念のため、緊急事態に備えておく。


「……それにしても」

 ステラは今日の事件の資料に目を通す。

 現場の状況、現れた魔物の詳細、その他諸々を現場にいた生徒数名の発言を元に作り上げたものである。

「魔物の一件……またしても、彼の元で起きたわね」

 デスコンドルが突如として現れた事件。それ以外の事件に関しても、現場には決まって”彼”の姿があった。


 ラチェット。彼についての疑惑。それは当然、王都のエージェントである彼女の耳にも通っている。にわかに信じがたい話であるが、精霊騎士団はそういったタチの悪いジョークを平気でするような連中ではないことは彼女は理解している。


 現に、ここ三件の魔物の事件は彼の周りで発生していた。

 本人はその事件について全く無関係であるようにふるまっている。それは演技なのか、それとも本当に無関係なのか分からない。しかし、警戒するようには精霊騎士団からも注意を向けられている。


「彼は本当に、普通の人間なのかしら」


 魔王と成り得る存在。本当にあのような少年が千年前の悲劇を起こしてしまう引き金の存在なのだろうか。全く想像も見当もつかないのが彼女の意見である。

 しかし、彼がもつ不思議な魔導書。そして、本来のアクロケミスでは不可能であるはずのアイテムの具現。今まで見た事もない特別な力を使う彼の存在は、この上ない”異質”であることは間違いない。


「……まあ、いいわ。彼とは何度か交流を深めることになる。少しずつ、彼の様子は観察することにしましょう」


 魔物の資料。そして、エグジットから貰った企画書を折りたたみアクビをする。


「さてと、明日の準備をしないと……文明が私を待ってるわ」


 明日も明日で例の壁画の調査である。

 また、目も飛び出るような異変が起きないかどうか。彼女の知的好奇心と興奮はものの数週間では燃え尽きることなど早々ない。



 

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