《◎GW[2019]特別企画SS◎ ~魔法少女アタリスちゃん(後編)~ 》

 数分後。ついに舞台が始まる。

 話の筋書き自体は変わらないが、少し内容を変更してのお届けになることを劇団長が最初に勧告を入れる。予定通り劇の開演を言い渡した劇団長が頭を下げ、その場から去っていくと、入れ替わるように脚本を手に取ったコーテナが広場へ現れ、一度頭を下げる。


 語り手を務めるコーテナ。挨拶を終えたところで脚本を開き隅っこへ移動する。


『ここはとある異世界。かつて平和だったこの世界は、略奪と侵略の限りを尽くす魔王の手によって、混乱を極めていた』


 多少緊張はしているものの、コーテナはしっかりとナレーションを務めていく。

 彼女の場合、表に出ることなく渡された脚本に目を通して朗読するだけでいい。とはいえ、この作品の世界観を伝える立場という事もあって、それなりにハードルは高い。


 見事、コーテナはナレーションを淡々とこなしていく。


「ガーハッハッハ!」

 すると、広場の真ん中で魔王っぽい衣装とメイクを施したスカルが現れる。

「俺の名前はスカル大魔王だ~。今日はこの街を侵略してやるぞ~!」

 劇の団員っぽく振舞っているが、やはり初めてという事もあって若干のブレは目立つ。とはいえ、子供達を怯えさせる役柄としてはうまくいっているようだ。中にはスカルを見て笑い出している子供もいるが気にしない。


「スカルさまー」

 すると、そこへ魔王の配下らしい衣装を身にまとったラチェットが現れる。

「いよいよー、このまちをしんりゃくするときがー、きましたねー」

 ……棒読み。ビックリするくらいの大根役者。

 まだブレが気にはなるスカルとコーテナであったが、子供達もきっとその姿に戦慄したことであろう。


 ラチェット。そのあまりの演技の酷さに空気が固まる。


(ぐっ……)

 本人も気にしてはいるようだ。

 不慣れであるのだし、人前に立つことも苦手。有無を言わせる前にこの舞台に立たせた貴様らが原因だとラチェットは舌打ちを我慢して、演技を続行する。


「ああ、その通りだ。この街を侵略すれば、この世界の半分を侵略したことになる……世界征服は実に近い! ガーハッハッハッハ!」


『何という事でしょう! ついにこの街にも魔王スカルの魔の手が迫ってきてしまいました! はたして、この街も……彼の手によって支配されてしまうのでしょうか!?』


 危機が迫る。コツを掴んできたのかコーテナもノってきた。

 意外にも印象的な表現力を見せてきたコーテナの姿に、ラチェットの演技を見て顔面蒼白だった劇団長も安心したのかホッとしている。



 劇団というのだからどんなものかと思いきや、いわゆるヒーローショーのようなノリであることにラチェットは若干の戸惑いを覚えている。こういったアップテンポなノリが少々苦手なラチェットは押され気味になりながらも悪役を演じることに徹している。


 子供達も次第に顔色が悪くなってくる。あんな怖いおじさんにコレから襲われてしまうのかと近くの親御さんに助けを求める者までいた。



「その暴虐! 許してなるものか!」



 広場に響き渡る声。



「誰だ!?」

 魔王スカルもあたりを見渡し、直後、真後ろの屋根上を見上げる。


「世界の危機に、私の姿あり!」


 屋根上から舞台へと飛び降りるのは勇者役のアタリス。

 短いスカート姿。飛び降りたが故に中が見えそうになるが本人は全く気にはしない。


「世界の平和を守るため……」

 飛び降りてきたアタリス。立ち込める砂埃の中から次第に姿が鮮明になってくる。


「“魔法少女アタリスちゃん”! ここに見参!」



 ……ヒラヒラとしたスカート姿。まるでドレスのような衣装。

 全身ピンクのその衣装は本来予定されていた物語とは全くもってイレギュラーな姿。ハッキリいって場違い。


 だが、アタリスは意外にも楽しそう。

 コーテナの所望通り、いつもの大人っぽい凛々しい表情は一切見せず、年相応の子供らしいブリっ娘キャラ全開のあざとい表情で観客の子供達を魅了する。



「……ぶっ」

 スカルは勿論笑いそうになる。

 ラチェットもその姿に笑いそうになるが、必死に堪える。


 ……開演前。タイトルなどに反して、衣装も変えようという意見があったのだ。

 ラチェットとスカルは予定通り、異世界に侵略してきた魔王とその配下の衣装。


 衣装を変更したのは……勇者役のアタリスだ。

 騎士甲冑を身にまとった男勇者の姿は、あっという間にヒラヒラの可愛らしい衣装を身にまとった魔法少女へと姿を変えてしまったのである。おかげでヒーローショーらしさに熱を帯びてしまう結果に。


 ……観客席ではアタリスの姿を見て顔を赤くする少年たち。そして、颯爽とした表情にカッコよさを覚え魅了される少女達と、目をキラキラさせているナレーションのコーテナ。


「……コーテナ」

「あっ! ごほんっ……なんと! この街に魔法少女アタリスちゃんがやってきてくれたぞ!」


 一瞬、役を忘れていたコーテナであったが、ひっそりと声をかけてくれたアタリスのファインプレーによって、演劇は続行される。


「おのれ! また貴様か、アタリスめ!」

「まおうさまー、ここはわたしにおまかせをー」

 むしろ場違いなのは貴様ではないかと言わんばかりの棒読みを披露しながらラチェットがアタリスの目の前に。


「このくらいのてきー、わたしのてにかかればおちゃのこさいさ」

「ファイアボールっ!」

「うわーーー」


 アタリスが両手を広げ、何やら魔法を撃ったような仕草。

 ラチェットはそれに対して両手を広げて、クルクル回りながら舞台から去っていく。その風景もあまりに間抜けで拍子抜け。迫力のなさすぎる配下の退場にこれまた会場の空気がどよめいていく。



「……チッ!」

 会場から離れるその間際。ほんの一瞬だけ、役を忘れて不機嫌な表情全開で舌打ちをかましていた。こっそりと中指を突き立てようとしてたのは内緒である。


「さぁ、あとは貴様だけだ!」

 人差し指を向け、アタリスはポーズをとる。

 コーテナの期待に応えようとしているのか、普段とは真逆の仕草で可愛らしい声を上げるアタリス。本人が本気になればなるほどスカルは笑ってしまいそうになるが、それでも何とか堪える。


「やるな! だが、貴様は既に罠にはまっているのだ!」

「一体何の強がりを……くっ!?」

 苦しい表情を浮かべ、アタリスはその場へしゃがみ込む。


「ハッハッハ! どうだ! 俺の結界の力は……エネルギーを吸われ続け、次第に貴様は廃人同然になるであろう!」

「くっ……まさか、こんな」


 会場から離れているラチェットは水筒片手にその演劇の様子を眺めている。


 こういった演劇に関して四人は素人だ。故にコーテナとスカルもラチェットほど酷くはないが、何処かぎこちなさを感じさせる。


 しかしアタリスはどうだろうか。

 登場の際の迫力。そして体全部を上手く使ってパワフルな一面を見せるだけではなく、小刻みに体を震わせ、その危機迫る表情等完璧な演技を見せている。



「素晴らしいな……是非とも、うちの劇団で雇いたいものだが」

 劇団長もこれだけの高評価だ。

「やめといたほうがいいと思うゾ。アイツ、あれでいて結構身勝手なところあるからナ」

 時間にルーズそうなスケジュールを組まれる。自由を好む猫のような彼女はそういった職はつかないだろうなとラチェットは水筒に口をつけた。



 物語はいよいよクライマックス。

 コーテナも迫る危機に合わせて声を落とし、スカルも小悪党らしい三段笑いなどを披露して子供達に不安を募らせていく。


 アタリスも次第に体の姿勢を低くしていく。

 

「さぁ、そのまま苦しむのも辛かろう。この俺が楽にしてやるぞ」


 この後のシーンは“突然、体から不思議な力が目覚めて危機を脱する”という目に見えて分かるような三流ご都合展開で危機を切り抜けるシーンとなっている。アタリスも次の演技に向けて空気の入れ替えを行っていた。



 しかし___。



「「「「がんばれー!!」」」」


 会場から聞こえる子供達の声。


「「「「アタリスちゃーーーん!!」」」」


 応援の声。彼女に欠けられた声援。




 その途端。


「ぶふぉっ!!」

 イレギュラーな応援。それがトドメとなって、ついに我慢の限界が訪れたのか。スカルが噴き出してしまった。



「(カチンッ)」

 一瞬。アタリスの表情に殺気が芽生える。

「ファイアボール!!」

 広げられる両手。



 そして“赤く光る彼女の眼”。



「ぎゃァアアアアアアアアアアッ!?」


 爆発する舞台。吹っ飛ばされるスカル。

 飛び散った炎が舞台に飛び移り、次第に火の海へと変えていく。



「あっ」

 コーテナは思わず声を漏らす。

「なっ……」

「あーあ……」

 青ざめる劇団長。その風景を前にラチェットも当然頭を抱える。


 ある程度の挑発程度にはアタリスは動じない。しかし、仏の顔も三度までとか、親しき仲にも礼儀ありとかそういう言葉がある通り……あれだけ無礼な真似を見せれば、さすがのアタリスでも我慢の限界があるのだろう。彼女の内心にはまだ子供らしい一面があるのだ。


 だが、一番の理由としては“笑うタイミングが悪すぎる”。

 人前で相手をコケにするように大爆笑。アタリスにとってこの上ない無礼だったのだろう。




 彼女の力の制御により、これ以上火の出が広がることはない。

 まるで演出の仕掛けの如く、舞台に広がる炎の真ん中で一人、ゆらりとアタリスが立ち上がる。


「……みんな! 応援ありがとーっ!」

 さっきまでの殺気は何処へ行ったのか、アタリスは可愛らしい少女の笑顔を振りまいて、子供達に手を振っている。


 燃える会場。殺伐としたその舞台にはあまりにもミスマッチ過ぎる笑顔である。



「皆の危機にアタリスちゃんは駆けつける! この胸に正義の心がある限り!」


 そして、決め台詞一つ残してアタリスは舞台から姿を消し、立ち込めていた炎も彼女の退場と同時に消えて行った。



 喜びの声を上げる子供達の声。

 アタリスに魅了された少年少女はアタリスの名前を叫び続けている。



「え、えっと……とりあえず、成功?」


 一人、会場に残されたコーテナは一人首をかしげていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 舞台終了後。打ち上げに広場の隅っこのベンチでアタリスが魔法少女の衣装のまま腰掛けている。


「ふむ、一興であった」

 本人も普段は絶対やらない仕草などに新鮮味を感じたのか、少しばかり満足していたようだ。


 ちなみに既に報酬は貰っている。アタリスはお金の代わりに、その衣装が気に入ったのか無理を言って受け取ったようである。


「……ところで」

 そして、そのベンチの前、

「言いたいことはあるか。小僧」

 ゴミを見るような目で向けられる蔑みの表情。


 その視線の先には……土下座をする真っ黒こげのスカルの姿。



「いや、ブチまけた話、マジで勘弁してください。あんなの卑怯だって、あんなの誰でも」

「あんなの誰でも……なんだ?」

「マジでごめんなさい。マジで許してください」


 少女らしい魔法少女の姿のまま、ドスの効いた声でスカルに説教をする姿。


 そうだ、これだ。

 これこそ彼女らしい。勇者なんてヒーローな姿は全くもって似合わない。魔女や女王様という恐ろしい姿こそが彼女にとって最高にハマリ役である。



 助け舟を出そうにも、怒りに火が付いたアタリスを止める手段が分からないコーテナはその場で戸惑いながらアタフタとしている。


 その光景がハッキリいって面白いので、ラチェットは特に助け舟を出すこともなく、土下座をしながら謝罪しまくるスカルの尻を笑っていた。

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