PAGE.138「サイクロンズ・ジェミニガール(その3)」
数時間後、放課後の時間にエグジットに指定された場所へ到着する。
エグジットとアクセルの二人は屋上の柵の上に乗り、その前方をずっと眺めている。二人とも距離や風速の計算や予測をしている真っ最中だ。
試験内容は“勝負”であった。
二人同時にここから飛び降りて飛行。ゴール地点である学園の巨壁の堤防台まで飛行するレースとルールは至ってシンプル。
妨害は反則、途中で着地しても失格。
正々堂々としたレース対決。泣いても笑っても一本勝負である。
「勝てよ~……絶対ィイイ……」
「勝たなかったら、パズルのようにバラバラにしてあげますから……」
彼のプライドのせいでいらない犠牲者になった一同は殺気と一緒にアクセルにプレッシャーとエールを同時に送っていく。ロアドとコヨイに至っては殺害宣告まで口に漏れていた。
ここまで胸が苦しくなるエールが今までにあっただろうか。
他人事ではあるが、ラチェットはこの空気の重さに心臓を締め付けられる。
「準備はいい? 何なら、もっと時間あげてもいいけど~?」
「うるせぇ!」
妹からのいらないお世話も兄の意地として当然否定する。
もうすぐスタートの合図。
審判であるリグレットはアクビをしながら片手を上げる。
「それじゃあ行きますよ~、はい、よーい、スタート」
あまりにも元気のない合図。しかし、どうであれスタートの合図だ。
「いきますかっ!」
「いくぜっ!」
アクセルとエグジットは二人同時に屋上から飛び出し、風を自身の体に集中。二人同時にゴール地点に向かってジェット機のように突っ込んでいく。
「先頭もらいっ!」
先行したのはエグジットだ。
彼女の魔衝も兄であるアクセルと同じものだ。血筋が通っている者は魔衝も遺伝することが多いらしく、アクセルたち兄妹もその一例の一つ。
最年少の天才幹部と言われてるだけありエグジットの姿勢の固定はかなり安定している。綺麗なフォームでアクセルを差し置いてゴールまで一直線。
一方アクセルも姿勢こそ安定しているがスピードが出せないでいる。これ以上スピードを出せば姿勢が崩れ去る危険性があるために迂闊に加速できない。
姿勢を崩したその瞬間、再び地面にダイブすることになる。
コーテナ以外の一同は『絶対に勝て』とエールを送る。
最早、怨念にすら近いプレッシャーもセットという呪いのエールを。
(楽勝ね)
エグジットは舌なめずりをしながら、遅れてくるアクセルを見る。
(確かに姿勢は安定してるけど、それじゃ凡人並み。勉強の成果はあるけれど……私には勝てないわよ、駄目駄目なお兄ちゃん?)
苦しそうな表情をしながらも少しずつ速度を上げようとするアクセル。しかし、そのスピードをもってしてもエグジットに追いつくことはあり得ない。
……最早勝負は決まったようなもの。
とんだ出来レースを眺めているような気分になりそうだった。
(それじゃあ、皆には恥ずかしい目に……)
一瞬で勝負を終わらせるため、エグジットは前方へ視線を戻す。
「……!!」
その、途端だった。
「お兄ちゃん! 下がって!」
エグジットはその場で急ブレーキ。宙に浮いたまま、接近してくるアクセルに停止するよう声を上げる。
「まだだっ……まだっ!!」
だが、止まらない。
彼女に勝つことに必死で何も聞こえていないようだ。
「……ああ、もう! 本当に馬鹿! 駄目兄ッ!!」
エグジットはその場で壁になる。
「!?」
アクセルはエグジットと正面衝突。
「うくっ……」
そのまま、二人そろって地面に墜落する結果となった。
「な、なんダ!?」
レースの変化には当然一同も気づいている。
妨害した。勝ちも同然だったはずのエグジットが、いきなりアクセルの前に立ちはだかり妨害しているように見えた。
「……緊急事態ですね」
双眼鏡片手にリグレットが呟く。
「姉さん、兄さん。今、しばらくお待ちを」
幽霊のようにフラっと動いたかと思いきや、そのまま屋上から飛び降りる。
……エグジットと同様、空を飛んで壁の堤防台へと向かっていく。
「あっ!」
コーテナはリグレットが置いていった双眼鏡を手に、彼女が向かった場所を見る。
「あれ!」
壁を指さして叫ぶコーテナ。
それに対し、ラチェットは双眼鏡を奪い取り、壁の上の様子を確認する。
「……アイツラはッ」
___見覚えがある。
見覚えのある“化け物たち”が壁の上にいる。
“デスコンドル”だ。
しかも二匹とかの問題じゃない。十匹近い数が壁の上で獲物が来るのを待ち構えているように見える。
壁の上。誰もが知らないうちに異常事態が起きていたのだ。
「いてて……何すんだよ!」
「馬鹿兄はここにいて!」
エグジットはそれだけ言い残すと、リグレットと一緒に壁の上へと向かっていく。
……突然現れた魔物の大群。
それを仕留めるために、エグジットとリグレットは二人並び立つ。
「姉さん、準備はいいですか?」
「当然よ。こういうのは“エージェント”として放ってはダメでしょ?」
エグジットの腕には……“腕章”がある。
精霊騎士団に認められた証。この王都を守るヒーローの一人、エージェントの魔法使いとしての証が光っていた。
「面白い勝負の邪魔をして……許してたまるもんですかってね!」
エグジットの顔はイラついているように見える。
せっかく面白いことになりそうだったのに。これから面白いものが見れるかもしれなかったのに。
その怒りの表情と共に、彼女の右手に大量の風が集まってくる。自身の体は押し飛ばされないように別の風で体を固定させる。
「同感です」
妹であるリグレットも同様に風をかき集める。ただし、エグジットと違って彼女は左手に大量の風を収縮させる。
二人に気が付いたデスコンドル達の群れ。
数十匹近くはいる魔物たちが一斉に群れを成して襲撃を試みる。
「吹き飛びなさい……」
「この御邪魔虫どもめーーっ!!」
二人の両手からとてつもない“カマイタチ”が発生する。
ただ、集めた風を発射したわけではない。その風には彼女たちにしかできない独特な仕掛けが施されている。
風そのものが“捻じれて”いる。
標的を吹っ飛ばすだけではなく、その身も粉々にしかねない歪んだ風としてデスコンドル達に吹きかける。
デスコンドル達の体が一瞬にして捻じれて崩壊していく。
スクラップにも近い状態になったデスコンドル達は一斉にゴミクズとなって空を舞う。一匹残らず大天空へと塵として消えて行った。
「二度と戻ってくれるな、バーカっ!」
魔物たちに対し、エグジットは舌を出して追放の言葉を送った。
「そういう、ことか」
状況を理解し、アクセルはドっと息を吐く。
「……やっぱ、相変わらずすげーや。悔しいけど」
様子をずっと下で眺めていたアクセルの体から力が抜け、大の字に倒れる。
「俺の妹たちは……」
敵わない。
負けを認めたような声で、アクセルは妹たちの勇士を見上げていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日の夜。学園が終わったラチェット達は何でも屋事務所へと帰ってきていた。
「はっはっは! それで水着にメイドなんて、とんでもない格好は避けたワケだ!」
スカルは大笑いしながらラチェットにその日の出来事を聞いている。
「笑いごとじゃねーヨ。俺の人生の危機でもあったんだゾ」
スカルに入れてもらったコーヒーを啜る。
「んで、結局アクセルの勝ちになったってわけか」
「そうだナ。妹たちとやらは不貞腐れながら帰っていったヨ」
妨害は負けである。
そのルールにしっかりと乗っかった。言いたいことは色々とありそうだったがエグジットは地団駄を踏みながら……リグレットも少々不満げに頬を膨らませながら姉である彼女と共に去ったようである。
「しかし、見てみたかったものだ。お前たちの可憐な姿とやら」
「アイツはともかく、俺のメイド姿とか誰得なんだヨ」
「私が愉快になる」
笑いのエサにするのだけは勘弁してくれ。
ラチェットは再び、スカルの淹れたコーヒーを口にした。
「ラチェット~! みんな~!」
リビングにコーテナの元気な声が響く。
一体何事だとラチェットはコーヒーカップに口をつけながら振り向いた。
「見てみて! これ可愛い!?」
その瞬間。
「ぶふっ!?」
ラチェットは思わず、啜っていたコーヒーを全て口から発射してしまった。
そこにいたのは……あのイラスト通りの衣装を身に纏ったコーテナの姿。
黒い水着にメイドのエプロン。コーテナはピースサインでポーズを取りながら、堂々とラチェットに問いかける。
「お前、その服……げふっ、ごほっ」
「可愛いって思ったから、着させてくれないか頼んでみたら……プレゼントしてくれたんだ!」
何という事だ。
彼の知らない間にそこまで話が進んでいたとは。
「おー、いいねぇ! ブチまけた話、最高にキュートじゃねぇか」
「可憐だぞ、コーテナ」
スカルとアタリスも高評価。
少しイヤらしい衣装ではあるのだが……そういった気分にさせない爛漫な彼女だからこそ、その服装には色気よりも可愛らしさが目立っている。
「お前らナァ……!」
「良かったじゃないか。ラチェットも喜んでおるぞ」
「誰がッ!」
顔を真っ赤にしたラチェットの叫びが部屋中に響く。それに対するように、コーテナの喜ぶ声も響き渡る。
___何というか本当に。
___嵐のような火種だけを残していったハタ迷惑な姉妹であった。
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