PAGE.137「サイクロンズ・ジェミニガール(その2)」
「随分と頑張ってるみたいだけど、それで失敗したら見るも惨めですわよねぇ~、お兄~ちゃん?」
……少女がいる。
年齢はおそらくコーテナと同じぐらいだが、背丈はあまり大きくない。
悪戯好きな小悪魔のような笑みを浮かべる少女がアクセルをみるなり侮辱する。
深めに被った帽子。そこから覗き込む瞳はとても愉快そうだ。
「私も姉さんに賛同です。兄さんのレベルでは、まだその技に挑戦するのは片腹痛いと思われます」
その横には、馬鹿にするように笑う少女と見た目がそっくりな少女がいる。
こちらは帽子を被っておらず、薄黄緑のロングヘアーの頭にゴーグルのみが飾られている。
口から出てくる言葉が揃いも揃って辛辣。
侮辱を平然と口にしながら、二人の少女がアクセルの元へ。
「エグジット!? それにリグレットまで!?」
アクセルは驚愕する。
「はぁ~い、なんでちゅかぁ? お兄ちゃん?」
子供を馬鹿にするような表情で少女が近づいて来る。
「……なんだ、このガキ共?」
「おっとラチェット! あんまり失礼のないように!」
ロアドが焦るようにラチェットの口元を塞ぐ。
「ん? 見慣れない顔ね? もしかして、お兄ちゃんの新しいお友達?」
「だとしたら結構な事です。私たちの駄目兄が本当にお世話になっています」
二人の少女は揃いも揃って新顔に対して興味津々だった。意地の悪そうな少女はラチェットを見るなり、ほくそ笑むように口元を歪ませ、おとなしそうな少女は深々と頭を下げて挨拶を交わす。
「おい! そこまで言うことないだろ!? というか、なんでここにいるんだよ!?」
淡々と会話を続ける二人を他所にアクセルはパニックのまま。
……一体この二人は誰なのか。
ロアドの対応を見る限り、ただの子供ではないのは分かる。アクセルの事を兄と言っているようだが、その正体は一体。
「なぁ」
「この人たちは一体?」
ラチェットとコーテナはこっそりロアドとコヨイに聞いてみる。
「うんうん」
「どなたですか?」
ついでに気になっていたクロとルノアも耳を近づける。
「意地が悪そうな女の子の方はエグジット、そして大人しい方がリグレット。二人ともアクセルの“妹”だよ」
前にアクセルは言っていた。妹がいる的な事を。
そしてその妹に馬鹿にされたみたいなことを言っていたが……。
「そして、この二人は何とね……魔法研究賛美会【アルカドア】の最年少幹部! 王都で初めて十四歳という若さで所属した天才少女なのだ!」
この二人。どうやら凄い人物であることをラチェットは理解する。駄目なイメージがあるアクセルと違って、この二人は本物の天才。
この学園を飛び級で卒業し、その実力を王都でも巨大な魔法研究組織に買われるという本物の天才少女たちなのだ。
「「アルカドアって何?」」
だが、その一方で聞いたことのない組織の名前にラチェットとコーテナは首をかしげていた。
「そこからかい!」
ロアドの鋭いチョップが二人の胸に直撃した。
「なんとなんとぉ? アルカドアをご存じではない?」
エグジットが面白そうにこちらを見て、声を上げる。
標的がこちらに変わった……とだけはラチェットは理解できた。
「アルカドアは学会に続いて有名な魔法研究機関。学会のようなマジックアイテムの開発と違って、こっちは魔法そのものの新しい繁栄を試みる最先端の魔法技術研究会! その名を知らない奴なんて、そういないわよ? 私たちの存在、世界の常識よ? 」
ちっちっちっ。とエグジットは人差し指を振る。
何故だか知らないが無性に腹が立つ。ひとまず、そのアルカドアという組織は学会に続いてかなり有名かつ、社会に貢献している組織であるということを理解し、同時に自分がコケにされていることもラチェットは理解した。
「そんなお前らが何で学園にいるんだよ」
アクセルが不貞腐れたように声を上げる。
「ちょっと仕事でここまでね。それで、ついでに駄目なお兄ちゃんがどんな涙ぐましい努力をしているのか見に来てあげたのよ。だ~け~ど~、来るタイミングが悪かったかしらね~?」
……ウザイ。ハッキリいってウザイ。
他人事ではあるが、見ていて凄くウザいし腹が立つ。ラチェットは心の中でそう思った。
「テメェ~……!」
人前で馬鹿にされたのが我慢ならなかったのか、妹相手だろうとアクセルはエグジットを上からで睨みつけている。
「ちょっとちょっと~。年下の女の子にヤケになるなんて、なさけなくな~い?」
「これでも前よりは安定するようになったんだぜ!? 今日はちょっと油断しただけだ!」
「油断が生じるくらいにまだ未熟モノってことでしょ~?」
「何をぉおお……」
両手の人差し指を躍らせるようにくるくる回し、怒り心頭なアクセルに対して、腰を揺らしたりなどコレでもかと挑発じみた行動をとり続ける。
正直、油断であることは事実。
そして妹さんのいう、その油断が未熟であることも事実。
自分で墓穴を掘っておいて、顔を真っ赤にするアクセルの姿が情けなく見えてきた。小さな女の子に馬鹿にされるその姿が。
「だったら、見せてみなさいよ。それで私を認めさせたら……少しは褒めてあげる」
「ああいいぜ! 乗った!」
「ただし……認められなかったら、おっそろしい罰ゲーム!」
恐ろしい罰ゲーム?
一体、この少女からどのような罰ゲームが飛び出すというのか……!
一同は息を呑む。どのようなものが待っているというのかを。
「私が満足できなかったら……」
緊迫とした空気の中、エグジットはその罰ゲームの内容を口にした。
「お兄ちゃんとその友人全員! 明日一日、メイドの格好で私の仕事場を手伝うこと! アーユーオーケィ?」
人差し指片手に宣告されたその内容に戦慄する。その場にいた全員の時間が止まったかのように空気が凍り付く。
最早、言葉すら浮かんでこない。そのあまりにも粗末な罰ゲーム内容にコーテナ以外の女性陣は揃ってだんまりを決め込んでいた。
「いいだろう! 売られた喧嘩絶対に買って、」
「「よくないに決まってるでしょうがッ!!」」
ところが、アクセルの言葉を遮るように、だんまりを決め込んでいた女性陣二人組の容赦のない制裁が彼に下る。
ロアドは背後から強烈な右ストレートで後頭部の右を。コヨイは鞘に収まった状態の刀で後頭部の左を思い切りフルスイング。
「ぐほぉお!?」
アクセルは激痛に耐え切れず、思わず地面に転がり込んだ。
「ふざけんじゃないわよ! なんで蚊帳の外の私まで巻き添え喰らってるのよ!?」
「死すべしですね。この脳天腐乱!」
追撃は終わらない。紛れもなく余計な巻き添えを食らったロアドとコヨイの恐るべき猛ラッシュはアクセルへと続いている。
「うわ~……」
思い切り足蹴りされているアクセルの姿を見て、ラチェットはご愁傷さまと両手で黙祷するしかなかった。
しかし、あそこまでヤケになる女二人の気持ちは分からなくはない。
大きな職場。そこにメイド服姿でうろつくとなると視線が集中するのは間違いない。その日一日は全員から笑いものにされるのは間違いないだろう。しかも、男のメイド服姿というオプションもつくから余計に。
……男のメイド服って誰得だよってラチェットは思った。
(ん、ちょっと待て)
そこでラチェットは嫌な予感に気付く。
(こいつ“友達全員”って言ったカ……?)
まさか、そんなはずは。
ラチェットはここからひっそりと立ち去るかどうかを視野に入れ始める。
「ああ、そうそう」
わざとらしく、何か思い出したような仕草。
ニヤリと歪む頬を見る限り、それは紛れもなく面白い事を思いついた片鱗。
「ちなみに普通の服じゃないからね? これ……“水着の上にメイド服”だから」
エグジットが指を鳴らすと、その横でリグレットがスケッチブックを取り出し即興でイラストを描く。その罰ゲーム内容をその場で堂々公開。
……黒いビキニの上にメイド服風のエプロンを軽く着用するだけという過激すぎる衣装。そんな爆弾発言を承諾後に投下する妹のえげつなさに一同は電流が走る。
とんでもない服装。ハッキリいって悪趣味にも程がある。
……しかもご丁寧に※マークで(男性も着)とまで書かれている始末。
ラチェットの表情には人生で最高レベルにも達する嫌悪感を露にする。
「放課後にお兄ちゃんの学舎の屋上で待ってるから……逃げずに来てね?」
エグジットは大笑いしながらその場を去る。あまりにも物騒なイラストだけを決闘状代わりにその場へ残して。
「……どうするつもりだァ! このボケェッ!」
「どう責任ってくれるんですかッ! コラァッ!!」
ロアドとコヨイの攻撃再開。コヨイに至っては普段の猫かぶりが消えかけている。この間のように本性が見え隠れし始めていた。
「どうしよう……あの格好でうろつくなんて破廉恥出来ない……」
ルノアは青ざめながらイラストを遠目で眺めている。
「うわぁ、趣味悪ぃ」
クロに至っては辛辣な言葉を吐く始末。そのイラストは完全にその辺のおっさんの妄想のそれであるためにラチェット同様の嫌悪感を浮かばせる。
「ボクは可愛いと思うけどなぁ?」
ところがコーテナは大賛同。
「マジか」
クロはその好奇心には最早感銘すらも覚えてしまいそう。
「ラチェット~……助けてくれぇ~」
唯一の男性であるラチェットにアクセルは助けを求める。
「……負けたらテメェは焼却炉行きだからナ」
「味方がいねぇ!!」
アクセルの明日は“勝利”と“燃えるゴミ”のどちらだ。
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