PAGE.133「ドラゴンライダーは大忙し(前編)」


=魔法世界歴 1998. 9/11=


 さすがは魔法世界クロヌス最大の都市である。

 大規模レベルの学園や王城、そして結構な数の魔法研究組織があるだけに飽き足らず、自然を楽しむためのエリアまで存在する。


 この王都の敷地は想像以上に広く、南門エリアは都市から離れた場所に存在する裏山そのものも敷地内として補完されているのである。


 そこには当然野生動物や昆虫に水中生物など、王都の外の自然環境と何も変わらない生態系をしているが、街の方に被害が及ばぬよう精霊騎士団や関係者によってある程度の生態系操作が行われている。


「ふぁあ……」

 ラチェットは今、参考書を片手に南裏山の草原地帯の岩場にて猛勉強中だ。


 この世界の文字の勉強もだいぶ捗った。

 コーテナやスカル達のおかげでそれなりに読めるようにはなった。勉強の成果をこの世界の文書片手に試していたりもする。


 早いところ、この世界の文字を読めるようになっておかないと……文字すらも読めない馬鹿とまで言われるのは流石に心が痛い。


 というか既にアクセルとロアドにコヨイ、そしてクロとルノアにはバレている。

 アクセル達は勿論驚いていたし、クロに至っては今までにないレベルの挑発を仕掛けてきた。


 別の世界から来た。ということは黙っている。

 あまり大人数に話し過ぎると、また嫌に注目を集めることになりそうだからだ。変に噂にならないように嘘は用意している。


「ふむふむ、ああ、えっと……」


 ___実は小さい頃、親共々追われる身になってて、勉強できる環境じゃなかった。

 ___だから、こうやって文字を勉強出来ることに感謝している……。


 とまあ、こんな感じでスカルが用意してくれたドラマを適当に口にしておいて、黙っておくことにした。


 アクセル達は涙ながらに勉強を手伝ってくれると口にし、ルノアに至っては自分の事のように大号泣。クロも馬鹿にしてごめんと謝る始末。


 ……人を騙すことって、こんなに罪深いものなんだなぁ。


「また、このわかものたち、がぁ……いえを、やきはらい~?」

 一文字ずつ読み上げていく。

 多分正解だ。物語として成立してるような気がする。


 彼は世界に来て最初のころの青空を思い出す。

 人工物が何一つもない自然の世界は心が透き通る。邪魔者がいないからこそ、それでいて勉強にも集中できるものだ。


 何処かスッキリとした空気の中でラチェットは本を朗読していた。


「……ん?」

 そんな大自然の中。


 透き通る風。ほのかに香る草の匂い。

 そして……空から降ってくるドロドロの液体。

 

 購入した練習用の読書本が謎の液体でベッタベタだ。溶かしたスライムのような液体はあっという間に本を亡き者に。


 ラチェットはそっと顔を上げる。


『キュルル~……』

 ドラゴンがいる。

 真っ黒な鱗のドラゴン。ちなみに最初に出会ったあの魔物リザードなんかと違って、彼目の前にいるのはモノホンのドラゴンである。


「なっ……」

『キュエエエエ~』

 黒いドラゴンが口を開けてこちらに近づいて来る。


「おい、ちょっと待てヨ!」


 ドラゴンは自身の頬をラチェットに近づけている。

 甘えている。顔を撫でてほしいのか、子犬のようにラチェットのお腹に顔を突っ込んでいる。


「待て! 今、勉強中……オイッ!」

 お前の事情など知ったことかと黒いドラゴンがずっとラチェットに甘えている。勉強何てしてないで遊べとしつこく顔を突っ込んでくる。


「クッソ……どうして、こんなことにヨ……」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 何故、彼がドラゴンと遊んでいるのかは数時間前にさかのぼる。

 いつも通り学園にいたラチェット達に一つの報告が入る。


 ロアドが家族の都合により欠席していたのだ。そのため、ラチェット達に今日配布分の授業内容をメモしたノート類を届けてほしいと教師に頼まれたのだ。


 それといって用事のないラチェットにコーテナ、そしてルノアがそれを引き受けることに。残りは用事があるため来られないようだ。


 というわけで、メモのある場所にまで向かったのだが。


「いやぁー、ありがとね! わざわざ、“こんなところ”にまで!」


 ___本当だよ。本当にそうだよ。

 なんでこんなところに住んでいるんだよとラチェットは思ったことだろう。


 ……なんとロアドの家は、南門近くに存在する裏山のど真ん中にあったのだ。


 彼女の実家は牧場らしく、この大自然の真ん中で過ごしているらしい。

休んだ理由は、家族の一人が病気になってしまったらしく、面倒を見られない動物たちが多数存在したためにその分の仕事をロアドが担当することになったからだそうだ。


「お母さんは大丈夫なんですか?」

 登山に疲れながらもルノアが聞いてくる。

「大丈夫だってさ。軽い熱程度だったし、明日になったら元通りだよ」

 それほど重傷というわけでもないようだ。

 ロアドは今日の授業分のノートを受け取ると、改めて感謝の礼を送る。


「じゃあ私いくね? まだ仕事があるから」

 とても大忙しのようだ。

 ここで会話を続ける時間はないようで、慌てているようである。


「ねぇロアド、私達も何か手伝おうかー? せっかくここまで来たんだし」

「わ、私も何か手伝いますよ!」


 すると女性陣二人が手伝うなんて言い出したじゃないか。

 

「ラチェットも手伝うよね?」

「……まぁ、別にいいけどヨ」

 面倒ではあるが、ロアドの慌てぶりを見るにかなり大変そうだ。少しくらい手助けをしてやった方が良さそうだと、ラチェットも気の利く言葉を返しておいた。


「え!? いいの!? ありがとう助かる!」


 ロアドは三人にそれぞれ両手で握手。精一杯の感謝を。


「それじゃあ、動物の面倒を少しの間見てほしいんだけど、頼めるかな?」

「いいよ! どんな動物!?」

 コーテナは目をキラキラさせながら、どのような動物と戯れるのかを楽しみにしている。

 この子、遊びと勘違いしていないだろうか。



「ドラゴンなんだけど」


「「「え?」」」

 三人は一斉に固まった。

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