PAGE.132「帝の戯言」

 学生には人気のあのお店は学園の下校時間になると非常に騒がしくなる。客によっては耳栓の一つでも用意しないと頭が痛くなるメンツもいる事だろう。


 カツサンドと比べ味は薄いモノの、サンドイッチに挟まれたハムやドレッシングの匂いと紅茶の香りが微かに香る。


「……ふぅ」


 フェイトは耳障りな場所は苦手であるために、一人、学園の教室へと戻ってくる。


 彼女の所属する教室にはもう誰もいない。この時間にもなれば、教室はもうじき閉鎖されるし、生徒達は勉強に疲れて自宅に戻るか、次の実験や魔法の連中を行うために外に出ている。


 静かな空間の中で、フェイトは天井を見上げる。


「あの反応」

 一人、誰もいないその教室で佇むフェイトの姿はまるで覇王のよう。

 誰の干渉も受けることなく、一人、先程までの会話を思い出している。

「やはり、コーネリウスの言う通りなのだろうか」

 ラチェットとの食事。放課後のティータイムでの何気ない会話。

 彼女の調査は……ラチェットの監視を行う事。そして、場合によってはその正体を暴き、処理を実行するものとしていた。


 彼がボロを見せないかどうか、不意な質問で様子をうかがった。

 しかし、彼が見せたのは唖然とした表情。特にその会話に何かリアクションを見せている様子はなく、単に可笑しい奴だと、瞳を覗き込むだけ。


 コーネリウスがラチェット共に行った演習。そこでも、彼の正体を暴くべく、可能な限り追い込みをかけてはみたものの、特に変わったリアクションを見せることもないし、むしろ彼の間抜けな一面が露出しただけ。


 今回の一件も、それと全く同じ展開で幕を閉じようとしていた。


「調査は、続行か」

 騎士団長ルードヴェキラと精霊騎士団より受けた命令は解除されるまでは続行とする。ラチェットの正体を探る監視は継続とした。


 ……数日前、再び王都に魔物が現れた。

 しかも今度は小型が二匹程度では済まない。小型の狼の魔物が数匹に、それの親玉と思われる超大型の狼。この魔物達が表通路ではなく、路地裏にはびこっていたために目撃者も少なく、パニックを迎えることもなかった。


 とはいえ、異常事態であることは確か。

 そう簡単に、彼への疑いを解除するわけには行かないのだ。ラチェットへ無関心なフェイトは勿論、この街の平和を願う精霊騎士団達も……ラチェットからは目を離さないように警戒態勢を高める事となる。


「フェイト」

 一人静かな教室の中、ふと後方から声が聞こえる。

「何をしてるんだ。もうすぐ教室をしめるぞ」

 エドワード。学園の秀才と呼ばれ、序列も十位以内に入る魔導書使いのスペシャリスト。誰もが認める天才の一人である。

 貴族らしく整えられた前髪。少し崩れた七三分けの髪を片手でセットし直し、何は考え込んでいたフェイトへと声をかけてくる。


「ああ、すまない」

 落ち着く時間が欲しかったフェイトであるが、自己的な都合で周りに迷惑をかけるわけにはいかぬと、その場から動き出す。

 

「……また、あの男の元へ行っていたのか」

 エドワードは口にする。彼女への問答を。

「君が彼の事を探っているのは、騎士団を通じた話があったからなのだろう……」

 精霊騎士団と直接的な上司部下関係であるのはナンバーワンとナンバーツーであるフェイトとコーネリウスだけだ。その以下の生徒達は彼女の活動内容を詳しく知らず、彼女らが実行する仕事とは何かとやらも知らされることはない。


 すなわち、学園の天才と呼ばれたエドワードでさえも今、彼女が何をしているのかと詳しく知っているわけではない。


 ……何をしているのか教えてもらえない。

 故に、エドワードは気になっていた。


「しかし、教えてほしい。理由はなんだ。彼に付きまとう理由は」

 この徹底とした追跡。彼女がここまで現れるのを待ってはびこんでいた。かつてラチェットに見せた苦悶の表情と違い、それは多少苦くありながらも優しい温度が体に籠っている。


「……エドワード。貴様に伝えることは何もない」

 任務の内容は当然口外禁止。ラチェットの正体への考察についてもまだ仮情報であるために、確定でもない噂がこの街全体に広がるのなら非常にまずい。

 ラチェットの立場もそうであるが、魔族界戦争が再び起こるかもしれないという不穏を前に住民たちは一種の暴徒と化すだろう。


 彼女は断固として口にしないことを彼に宣言した。

 ……たとえ、エドワードという人物がどれだけ、彼女に対して心配そうな感情を浮かべていたのだとしても。


 ”無関心”でしかない彼女に、彼への気遣いは一切ない。


「あまり首を突っ込むな」


 フェイトは一人教室を出ていく。ずっと彼女の到着を待っていたであろうエドワードへ特に意識を見せることもなく、静かにその場から去って行った。



「……やはり、彼に赴くのは任務だったか。理由は分からぬが、内容次第では」

 普通の人と比べて度の大きな眼鏡をはずす。




「妬ましいぞ……”仮面の男”め……!」


 外した眼鏡を片手で握りつぶしてしまいそうな勢い。

 フェイトの意識を奪っている存在。この学園に不意なタイミングで現れた”ラチェット”に対して”殺意混じり”の怒号と嫉妬を、小声で口にしていた。

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