PAGE.123「ハニー・ファイト(前編)」


 まさかまさかのラチェットVSコーネリウス。

 結果は誰もが予想していた通り、ラチェットがどれだけ銃撃をかまそうと、学園のナンバーツーは魔法一つ使わずに素手で圧倒。


 文字通りの大惨敗。学園トップレベルの実力を改めて知ったラチェットであった。


 ……とまあ、それで授業が終わりなのかと思ったらそんなことはない。

 模擬演習。二戦目にはこれまた面白い組み合わせが成立していた。


「いやー、まさか私達で戦う事になるとはねー」

 ロアドは髪を掻き回しながら大笑いしている。

「全くです。私はただ見るためだけに参加してたんですがね」

 コヨイは先生が聞いたらブチギレそうな発言をしてしまっていた。


 皆で訪れたこの授業はあくまで“魔法系統の実技演習”であり、“戦闘練習”を行う場所ではない。つまり、魔法も魔衝も何一つ使えないというコヨイが足を踏み入れるのは冷やかしにも程がある場違いなのである。


 その立場を考えずに、ただ観戦しに来ましたという冷やかし宣言。コヨイはクスっと笑っているが、それに対しロアドは不安そうに教師の方を見る。


 ……鋭い教師達の視線。


「ボチボチ始めようか!」

 焦りに焦って、ロアドは無理やり戦闘態勢に入らせることにした。


「わかってるね? 先生が実施した実技演習は勝者に成績をプレゼントしてくれるらしいからね! 悪いけど勝たせてはあげないよ! 全力で成績を取りに行く!」


「ロアドこそ、そう簡単に勝たせると思わないでくださいよ? 筆記勉強の試験も壊滅的な私ですので、こればかりは取りに行きます……私の成績の犠牲となってもらいますよ」


 二人の闘志が込みあがっていく。

 話している内容は少しばかり、闘志が削がれるような会話だった気がするが。


 ロアドとコヨイは全力で勝負を仕掛けようとしている。互いに譲れないものがあると、その力をぶつけ合うことをここに宣言していた。譲れないものの内容はかなりしょうもないものであるけれども。



「まさか、あの二人になるとはなぁ」

 アクセルも何の因果なのだかと笑っている。


「……そういや、二人の戦いを見るのは初めてだナ」

 ラチェットは興味良さげに二人を見る。


 ロアドの魔衝は動物とのテレパシー会話関係だと口にしていた。つまり、戦闘にはそれほど関与していない。

 戦闘の際には魔導書を使用するのだろうか。そこが気になるばかり。


 一方コヨイは先程も言った通り、魔衝の発動は勿論、魔導書による魔法の発動すらも絶望的にできない最強レベルの魔法不器用。

 どう戦うのか考えるとしたら、間違いなくあの手に持っている刀だろう。


 ラチェットは勿論、コーテナとルノアにクロの三人もじっと勝負に視線を向ける。

 

「……強化」

 ロアドはスカートのポケットの中から紙切れを取り出す。

 強化、という言葉を口にしたかと思うと、紙切れは次第に消滅していく。


 ……気のせいだろうか。ロアドの拳が少しばかり膨張していく。

 耳を澄ましてみると、膨張する拳に対し、つけている皮の手袋が引き延ばされていく音が聞こえてくる。


「今のは?」

「自分の体を強化するタイプの魔導書だね。消耗型の魔導書で、一定時間だけ肉体の能力を底上げするんだ」

 所謂一種のドーピングだとルノアがコーテナに解説する。


 どうやら、彼女が唯一解読出来た消耗式の魔道書らしい。家系での都合もあるらしく、死に物狂いで解読したようだ。


 彼女のポケットの中には破いた魔道書のページが大量に入っているらしい。


 ドーピングが終わると、ロアドは軽くシャドーボクシングの如く素振りをしている。足踏みも何度か繰り返し、ちょっとしたフットワークで柔軟運動代わりのスキップもしている。


「よいしょっと」

 それに対し、コヨイは刀を持ったまま動かない。

 ロアドの行動を見つめながら、ちょっとずつ笑みを浮かべているだけ。


 睨めっこが続く。緊迫とした空気が一分近く長引いていた。


「中々始まらねぇな」

 クロが短期に声を上げる。


 だが実際にその通りだ。

 二人はにらみ合いこそしてるが中々動かない。無意味に時間が過ぎているような気がしてならない。


「……あの二人は互いの戦い方を熟知してる。だから迂闊に動かないんだろうな」

 アクセルはあの二人との付き合いは長い。

「まあ二人の性格を考えるとすれば……先に動くのは間違いなく“ロアド”だろ」

 その言葉を口にした直後だった。


「レッツラゴーッ!!」

 

 ビックリするくらいアクセルの予想通り。

 さっきまでそこにいたはずのロアドが一瞬でクラウチングスタートしたかと思いきや、バッタのように地面を蹴り飛ばし、瞬時にコヨイへ距離を詰めた。


 誰もが想像しやすい通り、ロアドの戦い方は魔法によりドーピングした後の肉体での肉弾戦。ぶっつけ本番の時間勝負で仕掛けるタイプだ。

 それ故に最高のタイミングで飛び込むのだ。確実に仕留められると考えたタイミングで。


 コヨイは一瞬だが、流れた冷や汗を片手で拭った仕草を取ったようだ。

 その瞬間を見逃さなかったロアドは並外れたスピードで距離を詰めた。



「……ふふっ」

 ところがコヨイは焦りを見せない。

 それどころか、余裕の表情で刀を引っこ抜き、鞘を捨てる。


「甘いですよ。ロアド」

 

 ロアドの拳とコヨイの剣。

 互いに火花を飛び散らした。

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