PAGE.124「ハニー・ファイト(後編)」

「甘いですよ。ロアド」

 余裕の笑みでロアドの攻撃を弾く。


 その華奢な体からは想像も出来ないパワー。一瞬で間合いもつめ、パワーも準備万端だったはずのロアドの姿勢が崩れる。


「へっ、やっぱり罠か」

 アクセルはカッカと笑っている。


「相変わらず腹黒いな。育ちの良いお嬢様的なネコ被ってるアイツらしい」


 汗を拭う仕草。それは彼女が仕掛けたトラップ。

 ロアドを射的距離に近づけるための一芝居だったのである。


「まずは一発!」

 両手で振り下ろされる刀はロアドの脳天目掛けて振り下ろされていく。峰打ちによる一撃を加えるつもりだが、真面に食らえば脳震盪は免れない。


「……そうだと思ったよ!」

 ところがこれまたどっこい。ロアドも待ってましたと腕を頭上に構える。



 アクセルが口にしていたはずである。

 互いの戦い方を熟知している。それはつまり、互いの性格は丸わかりだという事。


 ロアドの皮手袋は特別な硬度と素材で出来ている。刀などの重い刃物程度なら握っても何の問題もないオーダーメイドの手袋だ。

 さらにドーピングによって強化された腕も重なって刀程度の攻撃なら受け止めることが出来る。


 汗を拭う仕草は芝居だと読んでいたのだ。

 ロアドは振り落とされた刀に触れ、自身のいる場所とは違う方向に刀を受け流す。


「おっとっと」

 標的を見失った刀。その刀の反動に耐え切れず、コヨイの体は釣られるように前方へとよろけていく。振り下ろされる刀に数十センチ差をつけて、追いかけるように彼女の頭が地面に近づいていく。


「もらった!」

 急いで姿勢を変え、ロアドは自慢の右ストレートをコヨイにかます。

 これだけ無防備な状態。大ダメージを与えるチャンスは今しかないと全力で振りかぶった。


「……危ないですね」


 だが、コヨイはそれに対しても反応を見せる。

 

「戦いの秘訣は相手がどのような策をよみ続けること……こんなに頭を使う作業。頭の悪い私には、付き合いの長い腐れ縁を相手じゃないと出来ませんよ。ホント」


 コヨイは刀の持ち方を高速で変更する。

 右手のみで持つ形。刀を振る動作自体は停止させようとしない。それどころか、刀を振る先を地面に変えている。


 結果、刀は地面に思い切り刺さる。

 それを杖代わりに支えとして体を受け止める。


 ……その後、飛んでくる拳に対しコヨイがとった行動。


「よいしょっと」

 ”片手”で彼女の右ストレートを受け止める事だった。


「ちょっとー、嘘でしょー……こっちはドーピングしてまで火力上げてるんだぜー? それをそんな不安定な姿勢で、しかも素手で受け止めるとか鍛え過ぎじゃないですかねー?」

 呆れた声でロアドは腕を引っ込めようとする。

 しかし、それを中々許さない。コヨイは笑みを浮かべたまま、ロアドの拳を握りしめている。


「私は魔法を使えないですからね。唯一の取柄である剣術と体術だけでは負けたくないんですよ。鍛錬は怠っていませんとも」

 コヨイはロアドの拳を握る力を徐々に強めていく。

「私、“割と戦闘狂ですので”」

 ロアドの拳を手放す。

 ただ手放したのではない。そのまま勢いよく彼女の体を後方へと吹っ飛ばす。


「おおっと……!?」

 宙を舞うロアドは地面で倒れないよう空中で姿勢を整える。

 両足が地面に着いたと同時に体を前方に反らし、両手も地面につけて急ブレーキをかける。

 

 場外に飛ばされるのだけは回避する。模擬演習では戦闘フィールドから数メートル以上離れるのも敗北となるのだ。それを回避するために必死の急ブレーキ。


「……よし!」

 何とか停止。戦闘フィールドギリギリのラインでロアドの体はピタリと止まった。

「……でもまずいなー、コレ」

 だというのにロアドの体は冷や汗まみれ。

 アクセルも口にしていたはずだ。付き合いはかなり長いために互いの戦い方を熟知しているということを。


 彼女の焦り。それは彼女自身、現状の”不利”を悟ったのだ。


 ……コヨイは三人の中で礼儀正しい印象を受けるが、その内側では少し腹黒い一面があるとのこと。それゆえに悪知恵もかなり働く。


 悪知恵が働く速さ。

 コヨイは三馬鹿の中でも、頭の回転が速い。


「あー、これロアドの負けだな。さっき決まらなかったのが痛すぎるな」

 アクセルもこの勝負の結末を察していた。





「……いざ」


 戦闘フィールドの真ん中ではコヨイが剣を構えている。

 足腰もガッシリと地面に固定し、いつでも飛び出せる準備を始めている。


 発進。


 数メートルを2秒。歩幅がさほど広くない駆け足で一気に距離を詰める。



「アイツは魔法の成績も筆記勉強の試験も壊滅的……だが剣術と体術に関しては、実は学園トップじゃねーかって言いたくなる強さなんだよ」


 コヨイは目を見開き、両手で再び刀を振り下ろす。


「くっ、回避は間に合わない、よねぇ……」

 それに対しロアドはまだ急ブレーキが終わってからの体の維持硬直が続いている。まだ、姿勢を安定させる状況ではなかった。

「だけど、そうだとしても!」

 だがガードは出来る。

 まだ姿勢に難があるが、ハンマーのように振り下ろされる刀に構えようとする。


「アイツの剣を振る速度はヤバいぜ……一度目はまだしも、“二度目”はマジで追いつけない」


 勝負をつける一撃。

 コヨイは刀を振り下ろす攻撃を”三発”用意してから距離を詰める。


「うぐっ!?」

 一発目。ギリギリ攻撃を防げたロアド。

「……っ」

 攻撃が防がれたのを確認したコヨイは、再び刀を掴まれる前に引っ込ませる。



 二発目。今度は違う角度へ攻撃を叩きこむ。


 その速度。その合間の瞬間。

 時間に計測して、僅か0.2秒。


 防ぐのであれば……見てからじゃ間に合わない。“予測”するしかない。


「ぐっ!?」

 右肩狙いの斜め斬り。

 

 間一髪、読みがあたったロアドであるが、姿勢が不安定な状態で二度も重い一撃を食らい、意識的にも限界が訪れる。


「終わりです!」 


 三発目。


 真上からではなく、バットのように刀で横腹を殴る。


「ぐっふ……!?」

 刀はロアドの腹をとらえ、見事に場外ホームラン。

 ロアドの体は盛大に戦闘フィールドから吹っ飛ばされていった。


「ぶい。私の勝ちです」

 勝負あり。剣士のピースサインが眩しく光る。

 この勝負、コヨイの勝ちで幕を閉じた。


「よっとっと……大丈夫ですか?」

 場外に吹っ飛ばされたロアドに駆けつけ、コヨイは優しく手を伸ばす。

「相変わらず手加減しないねー、お前」

 ロアドは悔しそうに唸りながらも友人の手を握って立ち上がる。潔く負けを認め、コヨイと共に教師の下へと向かっていく。


「肉体強化してる上に、耐衝撃の制服も身に着けてるんです。それに……どうせ仕込んでるのでしょう? 制服の内側に“金属板”。普通だったら、貴方の骨盤粉々のはずですからね」


「くっはぁ~、そこまで分かってるとはいえ、全力とは容赦ねー!」


 肉弾戦を仕掛ける際、やはり何かしら恐怖はあるのか制服の下に対打撃用として金属板を仕込むというズルをしていたようだ。コヨイはそこまで用意していたのをお見通しだったようである。


 白熱の戦い。しかし二人は談笑を楽しんでいた。





「いやー、体術だけよくやるよ、ホント」

 アクセルは両手を上げて背伸びをしていた。

 長い試合に肩がくたびれた。体をほぐすために軽いストレッチを行う。


「しかしロアドのやつ残念だったなー。魔法やズルを使っておいて、魔法を使わない体術だけの相手に負けたとなると、こりゃあかなりの減点貰ってるだろうなー」


「え?」

 ラチェットがアクセルの独り言に固まる。





 “魔導書を散々使っておいて、素手相手に負けた無様な男がいるらしい。”

 




 あれは魔衝か何かを使ってたのか否か。そうじゃなかったとしたら、とんでもないマイナス点を貰ってるのではないかと震え始める。


 ロアド対コヨイ。それはコヨイの勝利で終わる。

 その一方でラチェットは底知れぬ減点への恐怖に打ちのめされていた。

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