PAGE.114「デイズ・イン・ザ・ダークネス」
=魔法世界歴 1998. 8/31=
デスコンドルの出現から数日後。
学園の巨壁の真上にて、数名の騎士と学会のメンバーが数日前に起きた異常事態の事について調べている。
魔物の発生。
王都の中では問題ごとは多々あるものの……“魔物が出現”するという事例はここ数百年では一度もなかった異例の事態なのである。
王都学園の教師・カトルがその日の事を話している。
デスコンドルの手によって、この学園の生徒2名が襲撃されてしまった。そのうち一名は肩と背中に重傷を負うという怪我までしてしまっている。
騎士団の一員達に話せる限りの事は全て話している。発見された魔物の遺体からも、何故いきなり出現したのかなど情報の収集を急いでいた。
「……王都に魔物が出現するとは」
その現場には王都のお偉いさんもお忍びで姿を現している。
騎士団長ルードヴェキラだ。
しかし、その姿は騎士団長の衣装でも王都の姫君のドレスを身に纏わず外出着。全ての身分を隠した姿。ルゥとして、その場へ訪れている。
騎士団達から情報を収集し、事態解決を急ぐルードヴェキラ。
恐れていた事態。何かしらの形で起こるであろう不穏の出来事がついに起きてしまった。
次にもし、また魔物が発生するなんて事があれば……しかも今度はかなりの数の目撃者を生み出す結果となってしまったのなら。
聖域と呼ばれている王都。安全地帯だと信じていた住民たちはパニックになる事だろう。事が大きくなる前にと解決に回りたい。
……しかし、周辺の情報では魔物の出現に関するものは一切手に入らなかった。
回収された魔物の遺体からも特に情報はない。王都の外でごく普通に発見されるはぐれ魔物であり、これといって変わったことも何もない。
「どうやって、王都の中へ?」
ルードヴェキラは情報を聞き終えたところで壁の麓まで下りていく。
「騎士団長。彼女たちが到着いたしました」
従者の騎士・エーデルワイスが下でお出迎え。情報収集を終えた彼女を前にお辞儀をしている。
「エーデルワイス。この格好の時はその呼び方を謹んで下さい」
「……申し訳ありません」
そのウッカリさがいつか大変なところで響かない様にと厳重注意する。今、ここにいるのは事情を知る関係者数名であるから大丈夫とはいえ、そのミスを別の場所でしないようにと釘をさしておいた。
謝罪を終えた後、ルードヴェキラを出迎える二名の客人が現れる。
それはエージェントや騎士団以外に、彼女の事を知っている人物である。
「遅れて申し訳ありません。騎士団ちょ……いえ、ルゥ様」
王都学園のナンバーワン。
のちの騎士団所属候補筆頭とも言われている優秀なる生徒・フェイト。
「右に同じく謝罪を。ルゥ様」
そしてその横にはフェイトへ常に付き添っている学園のナンバーツーことコーネリウス。フェイトと同じく敬礼をした後に謝罪を兼ねる。
「いえ、私もお忍びで来たものですから」
謝罪をする必要はないと二人に声をかける。
魔物が出現した。その情報を王都住民や学園の生徒達にはまだ知らせていない。事件の調査は念密に進められていることを聞きつけた騎士団長自らが突如としてこの場にやってきた。
むしろ、この突然の来訪に対処をしてくれた二名に感謝する。
……そう、学園を束ねる存在はエーデルワイスだけではない。
フェイトとコーネリウス。学園トップの二人も精霊騎士団と繋がっていたのだ。
この学園の秩序を守るため、そして後の精霊騎士団の後釜の候補生としての教育を受ける為……学園のトップは特別な措置を受けている。
それに選ばれたのがこの二人という事だ。
学園の完全才嬢・フェイト。そしてその懐刀・コーネリウス。
「謝罪したいことは他にもあります……学園の不祥事、それに対処できず負傷者を出してしまった事。重ねて謝罪を致します」
常に生徒の上に立ち続けていたフェイト。その姿にはこの学園の生徒全員が頭を下げたくなるほどの威光を放っていた。
そんな彼女も騎士団長……もとい、王都の姫君の前では頭を下げる。
頭を下げるフェイトの姿は学園の生徒からすれば、あまりにもレアな光景だ。
「今回はあまりにもイレギュラーな事態。対処のしようがなくて当然です。貴方が気負う必要はありません」
「ですが、学園長が不在の間は私がこの学園の秩序を守る義務があります。私はそれを果たせませんでした……何なりと、罰をお与えください」
少女フェイトは頑固な人物であった。
完璧を求める少女。それ故に彼女は自身の不備を欠片も許さない。たった一つの微塵なる失敗であろうとも、それが自身の迂闊さや無防備であることを断言する。
“そんな不完全だった自分に罰を。”
少女フェイトはそれを望んでいた。
「……ルゥ様。彼女はこうなったら引きませんよ」
コーネリウスも友のワガママには、勘弁してほしいと呆れていた。
「分かりました」
ルゥも年相応の少女らしく溜息を吐いた。
彼女も年齢からすればフェイト達とほとんど変わらない。騎士団長と一般生徒という立場でなければ、普通の女友達にも近い間柄であった。
それ故に彼女の頑固さも熟知している。
だから与える。彼女に罰を。
「フェイト。あなたに命を与えます……学園の調査、今後魔物が発生したかどうかを、微塵も残さず私に報告してください。それでよろしいですか」
「ルゥ様が仰ることであれば」
フェイトはその罰……というよりは新たな指令を受け入れる。
ようやく謝罪が終わったと思うと、ルゥは少し重荷が解けたように気を抜いた。
「私は城へ戻ります。貴方達も授業に戻りなさい」
「お待ちください、ルゥ様」
フェイトが騎士団長を呼び止める。
「……魔物襲撃の件で一つ気になることが」
「何でしょう?」
足を止め、フェイトの方へ振り向く。
「その魔物に襲撃されたという生徒……貴方が仰っていた入学生“ラチェット”のことですが」
「話は聞きました。酷い怪我を覆ったと……そうですね、ここまで来たのですから、お見舞いだけでもしていきましょう。それに今回の一件は彼の活躍もあってのことと聞きましたから」
襲われた生徒二名が魔物を追い払った。それどころか撃退した。その報せはしっかりとカトル先生から耳を通している。
「彼は何処に?」
「それが……」
フェイトは不思議そうな顔で告げる。
「彼が受けた傷は大きかった。医者からも動けるようになるまでは数日は安静にした方がいいとおっしゃっていたようです」
淡々と事情を伝え、そして例の“あり得ない現象”を口にする。
「ですが、彼の怪我は“数時間”で治ったのです。そして二日も立てば傷口一つ残らずに完治」
「……!」
驚異的な回復力。
ラチェット曰く、幼い頃から体はそれなりに丈夫だったし、環境の割には風邪や病気に見舞われることもなかった。怪我をしても治りは早い方だったとは医者に話していたらしい。
だが、その割にはあまりにも早すぎる。
常人とはかけ離れた回復力に医者もフェイトも驚きを見せていた。
「彼は今回欠席のようです。用事があるとのことで」
「そうですか」
ルードヴェキラは背を向ける。
「引き続き、彼を監視してください」
「かしこまりました」
フェイトとルードヴェキラ。
学園のトップと王都のトップの対談は五分という短い時間で幕を閉じた。
(ラチェット君、君は一体……)
騎士団長の表情はすごく複雑で険しいものだった。
敵意なのか、それとも一時の友人としての悲哀なのか……何とも言えない表情を浮かべていた。
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