第8部 爆発波乱のアフタースクール(<後>暗雲の章)
《SS⑨ ~緊急任務、発令続行中~ 》
「ふぅ、やっぱりココのカレーは最高っすねぇ~」
王都の西都区域にて経営されている小さなカレーハウス。独特の風味と辛さ、甘口な人にはミルクを交えたクリーミーなモノまで。
精霊騎士団の一人、プラテナスは口元を綺麗にはしているものの、その口周りからはカレー特有のスパイスの匂いが香ってくる。空腹時のこの時間、カレーの香りは胃腸を刺激するには暴力的なモノであろう。
頭を働かせたいとき、仕事前の時はこのお店で腹八分目と決めているプラタナスは美味しくも舌が爆発しそうな辛さのカレーに満足しながら外に出る。
「飽きない」
プラタナスに続いて、ディジーの巨大な体がお店の中からひょっこりと姿を出す。その身長からか、このように背を低くなどしなければ入店も出来やしない。
プラタナス同様にここのカレーハウスの常連であるディジーはプラタナスと同じ腹八分目に”ミルクと蜂蜜たっぷりの超甘口カレー”を収めてから店を出た。
プラタナスとディジー。王都の門番および監視を任されている二人組。
王都の門、そしてロードブリッジには数名の見張り兵と監査兵が存在する。その数名の兵団を束ねているのがこのペアなのだ。
地上はディジーが制圧し、その手慣れた戦闘能力で敵を圧倒。いくらその場から逃げ出そうとも、砦から放つプラタナスの弓矢がそれを捕らえる。
そんなペアがこのカレーハウスへ訪れたということ……それは、”これから大掛かりな仕事が始まろうとしている”合図。騎士団長に精霊騎士団のメンツから仕事を頼まれたというサインなのである。
「……王都内に魔物が発生。原因は不明。監査兵の視察結果によれば、空から魔物が王都内に侵入した形跡はなし。魔物が王都に接近できないよう仕組まれた結界魔術も問題なく発動していた……ここまで万全だというのに、王都へ魔物が現れた」
数日前。王都内に”魔物”が現れた。
魔物は勿論、魔族は一人であろうと通すことはない聖域に。数百年という歴史の中で起きるはずのなかった異常事態がその数日前に発生したのである。
「自分たちの仕事はそれの調査っす。何故、魔物が現れたのか原因を探るってことっすが……探すも何も、手掛かり一つありゃしないし。暗中模索もほどがあると思わないっすか? ディジー先輩?」
頭を掻きまわしながらプラタナスはソバカスの目立つ頬を掻く。
「プラタナスの気持ち分かる。でも、探し出さないといけない……王都に魔物が現れたということは、僕達の警備が甘かったという証拠。責任は取らないと」
「分かってるっすけど、気が遠くなりそうっすよ~……」
調査書を片手にプラタナスは弱音を吐いた。
精霊騎士団の中ではまだ一番歴が浅いというプラテナス。実力を認められた秀才とはいえ、闇雲の中に両手を突っ込むような仕事を前にすると、やはり理不尽というものは感じてしまうのだ。
精霊騎士団たるもの。それくらいの仕事はこなさなくてはいけない。
そんなプレッシャーがのしかかり、複雑に彼女の頭は痛くなっていく。
「……それともう一つ」
ディジーはプラタナスの調査書を覗き込み、小声でつぶやく。
「数日前に王都に訪れた”ラチェットとその一味の監視”。これは続行……特に、対象ラチェットへの警戒態勢はより一層強いものとする。だって」
「……あの子の事っすよね」
ラチェット。旅の連れ達のような愉快な印象は全くない。とてもドライで現実主義者、全体的に萎え切っているというか、やる気のない感覚を見ていると、その人物まで気力が抜けてしまいそうな少年。
「魔物出現の現場に彼がいた……例の事といい、確かに偶然とは思えないっすよね」
例の話。騎士団長と学会の研究員ステラにより言い渡された情報。
王都の住民にはもちろん、一部エージェントや同じ騎士団の間でも密告は禁止されている極秘事項となったその情報を頭に浮かべ、首をかしげる。
「だけどぉ、そんな大層なものにも見えないんすよねぇ」
「人はみかけで判断してはいけない。自身の想像は迂闊に確定事項にしてはいけないって」
「分かってるっすよ」
二人は城へ向かう。
これから、この調査書について詳しく話を聞くところである。
「……信じたくもないっすけどね」
彼女が口にするのはどちらかと言えば疑念というものではなく。
「絵本や小説、その他学会の考察書で描かれていた、あの阿鼻叫喚の悪夢のような戦争の景色とやらが、実現するかもしれないだなんて、ね」
ただ、そうであってほしくはないという不穏であった。
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