PAGE.109「迷子の子猫ちゃん(その2)」
今から五年前。
精霊騎士団に認められた魔法使いの集団・特立エージェントの中に一人、異彩を放つ魔法使いが一人いた。
その名は“レイヴン”。
影がらみの魔衝を使用した魔法使いである。
自由に空をふらつくカラスの如く、その掴みどころのない男は街の緊急事態に駆けつけては颯爽と現れては事件を解決し、姿を消す。
王都の外でも、大量の魔物が発生した地域に突如姿を現しては、いつの間にか消えている。
正体を掴めない謎の男。
エージェントの中でも指折りの魔法使いと呼ばれる存在であった。
……そんな彼にたった一人、娘がいた。
その娘も、彼と一緒で変わった性格をした少女だったという。
その名はクロ。
クロが2歳の誕生日を迎えた際、レイヴンは妻を病気で亡くしている。彼はエージェントという立場でありながら、男手一つで娘を育てていた。
当時5歳であった少女・クロはそんな父親の事を好んでいた。
何処かフラっとしたミステリアスな男。その素顔はダンディな男であると噂され、実力も数多くの魔法使いからも信用を掴んでいた。
誰にも胸を誇れる父親の存在。尊敬していた。
いつか、自分も父親みたいなエージェントになりたいとクロは心から願っていた。
……だが、クロは魔衝を使うための才能が当時からなかった。
それだけではなく、魔法使い唯一の保険とも言われている魔導書の扱いの才能も皆無と言われていた。
学園に通う前から、数多くの魔法使いに『魔法使いになるのは諦めた方がいい』と何度も釘を刺されたものである。
父親からも、無理して戦士になる必要はないと言われていた。
無理をせず普通の女の子でいてほしい。レイヴンはエージェントという立場上、その仕事の過酷さ、辛さのことも身をもって知っている。一人の娘の父親として、魔法使いの才能がないのであれば、無理に戦いの世界へ来てほしくないというのが望みであった。
クロはそんなレイヴンの願いを聞き届けつつも、影で努力を続けていた。
きっと努力でどうにかなる。今はどうしようもできないかもしれないが、いつか魔法が使えるようになるかもしれない。そう信じて、父親と共に長い時を過ごした。
……数年後。事件は起きた。
彼女が8歳になったころの話である。
レイヴン率いる魔法使いの部隊が……”全滅”したとの報告が入ったのだ。
王都から数キロメートル離れた地点に“デスマウンテン”と呼ばれる山岳地帯がある。現在も活動を続けている活火山地帯で、魔法世界クロヌスにて世界最大であり最長と呼ばれている。
そこで魔物の大量発生が起きたとされ、レイヴンとその他部隊が派遣されたのだ。
……ところが、精霊騎士団の耳に入った報告は“部隊の全滅”。数日たっても現場から帰還しないという理由で決定づけられた。
当時から精霊騎士団のメンバーであったサイネリアとホウセンがデスマウンテンに調査へ向かったという。誰一人として帰ってこない現場へと直行した。
到着後、大量発生したとされる魔物の数は目に見えるほど減ってはいたものの、魔物死体と共に転がっていたのは部隊の魔法使い達。部隊のメンバーのほとんどが死滅していた。
……そんな中、ただ一人。
”レイヴンの遺体”だけが発見されなかったのである。
その部隊の噂はあっという間に王都に広まった。突如として姿を消したレイヴン……気が付けば、『大量の部下を見捨て、フラっと何処かへ逃げやがった』という根も葉もない噂が立ち始めた。
彼が逃げた証拠はない。しかし、その場に遺体がなかった以上、本当に部下を置いて逃げ出した可能性だってある。
レイヴンはあっという間に裏切り者という腐れた異名が定着。
その飛び火は……娘であるクロにさえも、着火した。
裏切り者の娘。恥さらしの仲間。
同年代の子供たちから、クロはずっと虐められていた。
……少女クロはずっと叫んでいたという。
___お父さんは逃げていない。
___お父さんはそんな人じゃない。
___お父さんは、王都を守るヒーローなんだ。
子供の言うことには耳も貸さず長い間、勝手な風評被害が少女に畳みかけてきたものである。同じ子供相手に虐められるのならまだしも、魔法使いの大人の一部にも後ろ指をさされる始末であった。
……少女は何度も口にした。
___父親は死んでいない。きっと生きている。
___自分の父親は仲間を見捨てるような恥知らずなんかじゃない。
その声は、大人達の罵詈雑言の中で消えて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
学園の中庭。広場の隅っこのベンチに座り、たった一人でクロは抱きしめているアクロケミスの本を見つめている。
この本を解読できたものはもれなく天才と呼ばれる。腕のある魔法使いだと認められる。魔法使いの才能がある人物だと証明することが出来るのだ。
11歳。親が亡くなって数年後の春。
アクロケミスの本を手に、学園の門をくぐった少女・クロ。
「親父……」
その本。そして、彼女が目指すという証明。
少女の瞳には、幼い頃から誓った“夢”が炎のように宿っていた。
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