PAGE.108「迷子の子猫ちゃん(その1)」

=魔法世界歴 1998. 8/29=


 学園に入学してから一週間近くが経過した。

 今もラチェットは、コーテナに作ってもらった“クロヌスの文字の勉強本”片手に文字の勉強をしている。


 ___この学園に入学している以上、いい加減文字を読めるようになっていないとまずい。

___現代日本にて平仮名も読めない高校生なんて考えたくもないだろう。


 笑いものとして注目されるのは御免。元より、注目されること自体避けたいラチェットは死に物狂いで勉強していた。


「んでさぁ。昨日もまた、妹に馬鹿にされたわけよ。勉強の容量が悪いのは、頭の出来が悪い証拠だってさ」


「うわー、辛辣だけどその通りだわー」

 アクセルの文句にロアドは正直な意見を口にしている。


「お前も妹の仲間かよ!」

「流石はアクセルの妹さんですね。的確に心臓をついてきます」


 コヨイもロアドと同意見のようだ。

 お前も敵かとアクセルは女友達二人に反抗している。


「まったく二人して……なぁ、ラチェット! 俺にも良いところはあるよな!?」

「……そうだナ、どの場所でも無神経に叫べる肝の深さは評価できるゾ」

 勉強本片手にラチェットは辛辣な言葉を追い打ちでかけてやった。


「みんな敵かよ、チクショォッ!!」

 だが、実際。出会って数日近くたって交流を深める度に、このアクセルという男の事をラチェットは理解した。

 ラチェット自身も勉強が出来るわけではない。頭もよい方か悪い方かと言われたら悪い方にはカテゴリーされる。それを自覚しているうえでも彼はハッキリ言える。


 ___こいつはアホである。

 アクセルは根本的なバカだ。何事に対しても対策考えずに突っ込むし、気が付いたら体が先に動いているタイプ。おかげで行き当たりばったりで酷い目に合うを繰り返している。


 会ったことはないがアクセルの妹とやらの言葉は的確なものである。


(というかコイツ妹いたのカ)

 こんなバカな兄を持つと妹も大変だなと他人事で勉強本に手を戻す。



(……騒がシイ)

 勉強本に視線を向けながらも、何度か三人を覗き見している。

(でも、悪くないナ。こういうノ)

 ……ラチェットには、コーテナ以外の友達も出来た。


 アホのアクセル、そしてそんなアホのストッパーであるロアドとコヨイ。


 女性陣二人はとてもフレンドリーで、いつも突っ走るアクセルのブレーキ係。ロアドは自身の意見は正直に言うタイプで、コヨイは相手の言葉を尊重しつつも正直に言うタイプ。つまり、二人とも真正面から敵の心臓をナイフで刺すタイプ。


 辛辣な女性陣であるが、これくらいの方がアクセルには丁度いいのかもしれない。



(……おっと、そろそろカ)


 そして、コーテナの方にも新しい友達が出来た。


「おはよう! コーテナちゃん!」

 太陽のような眩しい笑み。しかし体がガッチガチに震えている少女。

 ……眩しい笑顔で友達に挨拶。という行為に慣れていないのであろう。


 そんな彼女の名前はルノア。

 かなり引っ込み思案で引きこもり体質。このクラスでは臆病者と言われていた落ちこぼれの一人であった。


「おっはよー! ルノア!」

 コーテナはルノアの挨拶に対してハイタッチをかます。


 授業での一件以来、ルノアとコーテナは友達となった。ルノアも初めて友達が出来たと涙を流しながら大喜びしていた。それに対し、再びコーテナが焦ったのは言うまでもない。


 いつの間にか広がった友達の輪。

 ラチェットは騒がしい日常にふと笑みを浮かべていた。


「……ん?」

 そんな中、微かに視線を感じる。


「!」

 遠くにいた何者かがそそくさとその場から逃げていく。


 覗いてた。

 明らかに誰かがこちらを覗いていた。教室の扉の外から。


「……また、アイツか」

 学園生活にもある程度慣れ始めてきた今日この頃。

 自身が何故この世界に来たのかを探ること以外にも、彼には頭を悩ませる一件があった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 クラスのホームルームが始まるまでまだ結構な時間がある。とはいえ、生徒一同は次の授業に備えて準備を始めている頃合いだ。

 そんな時間帯ということもあり、昼食や放課後にはいっぱい生徒が屯っている屋上も凄く静かである。風の音がダイレクトに聞こえてくるくらい。


 そんな中、屋上にたった一人生徒が横に寝そべっている。


「……何だよ、楽しそうにしやがって」

 その生徒の名前はクロ。

 学園ではかなりの年少。12歳という年齢でこの学園に滞在する女子生徒である。

「……いいさ。どうせ、俺の事なんかどうでもいいって思ってるみたいだし」

 クロは自分にそう言い聞かせて不貞寝している。



 ……その様子はいじけているようにも見えた。

 友達と一緒にワイワイやってるラチェットの姿を見て、不貞腐れている様に。


「こんな時間にここで何やってるんだヨ」

「うわぁっ!?」

 突然声を掛けられたクロは驚いて飛び跳ねてしまう。ベッド代わりに寝転がっていたベンチからその勢いのままに落ちてしまった。


「いてて……いきなり、声かけるんじゃねーよ!」

 八つ当たり気味に発破をかけてきた。

 確かにいきなり声をかけて驚かせたのは悪かったかもしれない。といっても、どのタイミングで声をかけても結果は一緒だったような気もしてならない。


 ラチェットは呆れ気味に少女を見下ろしている。


「いいからとっとと立てヨ。スカート思いっきりめくれてるゾ」

「うるさいっ!」

 クロはすぐに立ち上がり、スカートを思い切り抑えている。

 スカートの中を見たであろうラチェットに対し、さっきまで以上の敵意を向ける。


「てか、俺のスカートの中を見たんだな!? 変態が!」

「はっ。ガキの下着に反応するほど堕ちてねーヨ」

 実際、ラチェットは何の反応も見せていない。

 幼稚園児か小学生のスカートの中を見たところで興奮する奴なんてそれこそ特殊な性癖の人間だけだろう。彼にはそこまで特殊な趣味は一切ない。


「俺はガキじゃねぇ!」

「いや、ガキだろ」

 そこまでムキになって、ギャーギャー騒いでる子供って地点でガキ以外に何があるんだと真正面から正論で殴りつけていくスタイル。


 これにはクロも反論できない。

 それを理解できるくらいには思考は少し大人のようだ。本当に微かで微塵くらい少しだけど。


「何の用だよ……」

 ベンチに座る。スカートを押さえつけたまま。

「こっちのセリフだヨ。お前が俺を見てたんだろーヨ。まぁ、用事は何かなんて大体察しが付くが一応聞きにきた、それだけダ」

 この少女に用事があるとしたら一つしかない。


 あのアクロケミスの発動の仕方の伝授。その講師になってくれと言いたいのだろう。彼女は諦めが悪く何度も何度もアタックを仕掛けてくる様子。


 ラチェットはいい加減諦めたらどうだと言い返すためにやってきたのだ。


「俺は」

「ああ、いたいた!」

 クロが口にしようとしたその矢先。声が聞こえてくる。


「おいおい~。探したぞー、クロ~」

 ……獣の耳が生えた大人の男性だ。おそらく、コーテナと同じ半魔族。

 教員簿らしきもので肩を叩きながら、愉快気にこっちに近づいて来る。クロを警戒させないように少しずつゆっくりと。


「……何の用だよ」


「コラコラ~。先生に向かって、その言葉遣いはないだろ~」

 やはり教師であった。教員簿を持っているという地点でそれ以外に選択肢はラチェットの中にはなかったのだが。


「もうすぐホームルームだっていうのに、お前全然来ないから」

「俺の自由だろ! かまうな!」

 クロは先生と思われる人物に怒鳴りつけるとこれまた野良猫の如く、物凄い逃げ足で屋上から逃げ去ってしまった。


「おいクロ……ったく、手のかかる奴だ」

 先生は困ったように頭を掻いていた。


「えっと……クロの先公っスカ?」

 ラチェットは試しに声をかけてみる。


「ん? ああ、クロの教師をやらせてもらってる“カトル”っつーんだけど、君は……って、ああ、例の入校正かぁ!」

 “例の”というこの言葉が引っ掛かる。

 まさか、この数日のアレコレで教員の間でも有名人になってしまったのだろうか。


 ……目立つのが嫌いなラチェットは勘弁してほしいと頭を悩ませる。


「何か用かい?」

 カトルは大笑いしながら聞いてくる。


「……アイツのことなんすケド」

 クロのことだ。教員だというのなら何か知っているはずである。


「ん? 入校生君、クロの知り合いか何か?」

「いや、知り合いっていうわけじゃねーっス。一方的に絡まれてるだけで……ただ、一つ気になる事を口にしてたから、そのことデ」


 クロのことを迷惑には思っている。

 だが、気にならないというわけではない。


 『アクロケミスの魔導書を使いこなして、皆に認められるヒーローになりたい。』

 『頼める相手がお前しかいない。』


 この言葉。

 深く胸に刺さったこの言葉の真意を確かめたかったのだ。


「クロが自分から他人に?」

 カトルは驚いた顔でラチェットを見つめている。


「なぁ、昼休み少し時間あるか? 昼飯食べながらでいいから話がしたい。飯は俺が奢ってやるからさ……ああ、奢るのは他の皆には内緒な? 教員が生徒に奢るって話になると、偉い人達がうるさいからさ」


 片手で平謝りしながら頼み込まれる。

 ……この男、教員として歴が浅いのだろうか。想像以上に生徒に対してなれなれしい態度であった。


 とはいえ、収穫はありそうだ。


 あのクロという少女のこと。

 本人の口から聞き出すことは出来なさそうであったが……これで謎は解けそうだ。

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