PAGE.106「モンスターズ・アイズ(前編)」


 王都に来てから数日。

 初めての学園生活に心を躍らせるコーテナに、学園生活に浸りながらも自身のことを調べ続けることを怠らないラチェット。


 学園生活を満喫している二人組。

 しかし、このスクールライフを楽しんでいるのは……“二人”だけではない。



 これは、ある日の事の授業の事である。



 魔衝を持つ魔法使い限定のセミナーが開催されていた。そこで自身の魔衝を披露し、その力を存分に見せつけるというもの。



 数十メートル先に並べられた人型のターゲット。

 そこに魔衝を叩き込む。頑丈に作られたターゲットを破壊できるかどうか。熟練者たちの戦いが繰り広げられている。


 そんなセミナーの参加者に見慣れた人物がいた。


「……ふっ」

 次の順番。所定の位置に立った瞬間に瞳を閉じていた少女。深呼吸を終えたところで、少女は力強く目を見開いた。

 真っ赤な瞳。広げた両手、そして紅に染まった眼球は三つほど並べられた人型ターゲットに向けられる。


 ……数秒も立たなかった。


 彼女が目を見開いた途端に……人型ターゲットが存在した地点はあっという間に焼け野原。人型ターゲットは粉微塵に吹き飛び、直後溶岩のように溶けてしまった。


 あたり一面を焼き払う灼熱の炎。それを呼び起こすのは炎のように赤い瞳だ(ちなみに広げた両手は何の能力か悟られないためのブラフだそうだ)。

 その瞳の名は、灼却の瞳。瞳から放たれた不思議な力であることを周りには明かしていない白い髪の幼げな少女。


 アタリスだ。彼女は自身の能力である瞳の力を存分に発揮。全員がクリアを断念していた超頑丈な人型ターゲットを見事に破壊し、余裕そうな笑みを浮かべている。


「すげー……」

「一体何をしたんだ……?」

「あんなに小さいのによくやるよ」


 あんなに小さい。

 やはり、そこに訪れた少年少女のすべてが気が付いていないことだろう。先程ターゲットを全滅させた幼女の実年齢は軽く百年を超えていることを。


「そういえば、アイツも最近の入校生なんだよな」

「小さくてかわいいけど、何というか近寄りづらいよなぁ……」


 幼げでありながらも、全てを見通したような大人の目つき。可愛らしい狂おしい外見をしていながらも、その表情は悪だくみをする大人のように妖艶としている。

 生徒達の噂を面白そうに聞き流しながら、アタリスは近くにベンチに腰掛け天を見上げていた。


「ふふっ」

 アタリスは笑いながら少年少女達を見つめる。

「きゃはっ! お兄ちゃんお姉ちゃんも頑張ってね~♪」

 ぶりっ子。面白そうなリアクションが見れそうなので年相応の幼女を演じてみせたりする。


 熱狂。応援された事、同時小馬鹿にされたことに対して妙に悶絶する者。

 生徒たち全員は幼女の可愛らしい仕草に頬を赤らめる者がほとんどだった。


「ふっ……」

 全員の視線の死角。アタリスはそっぽを向いた。

 それぞれ面白おかし気なリアクションを見せてくれた子供達を見て、愉快そうに下種な笑顔を見せた。こうしてみると本当に悪党らしさが似合ってしまうのは、伝説の悪党と言われたヴラッドの娘だからこそだろうか。


 ……実に酔狂なものである。

 特に何の変哲もない授業に参加するのは初めてだ。しかし、数百年という長い年月を過ごしてきた彼女には退屈しのぎ程度にもならないだろう。


 今回は多少は楽しめたがやっぱり退屈であることに変わりはない。また暇があればコーテナ達の授業でも覗きに行ってみようかとアクビをかましていた。



「おお……!」

 ……そんな彼女の元に、一瞬の視線を向ける男子生徒らしき人物の姿があった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 必要な授業を終えたアタリスは学園の外で散歩をしている。

 次の授業も控えているのだが、必ず参加しないといけない授業ではない。今日の授業は全て、自由参加型のセミナーである。


 先程のセミナーは気が向いたので参加しただけ。特にこれと言って面白い事のなかったアタリスはつまらなそうにまたもアクビをかましている。


 ……セミナーは多数存在する。

 どのセミナーに参加するかは各個人の自由。そのため、日程や時間さえ合わせれば、ラチェットやコーテナ達と同じ授業に参加することも可能なのである。


 しかし、アタリスはコーテナ達の元には行かない。

 暇を持て余すために向かいたいが……その授業に参加することは“ない”。



「……今日はいないようだな、連中は」

 彼女の人生に彩りを与え始めたのは、退屈を愉快で塗りつぶしてくれるのは友人であるあの二人や何でも屋を営む青年。この三人こそ彼女の人生の彩りそのものであり、退屈を消してくれる仲間だ。


 ……だが、その仲間以外にも……面白そうな事。それが学園の外で起きている。

 いや、正確には学園の外限定で起きている事象ではない。稀に学園内部でも起きている事なのだが……基本的には学園外が多いよう。


「ふむ、私の存在を悟られたか?」

 今日はその“事象”とやらは起きていないみたいだが。


「……まあいい。“私の眼が赤いうち”は逃しはしない」

 彼女は少し美味い事言ったつもりで決め顔のまま、乾いた唇を濡れた舌で染める。

 自身の能力とコトワザを掛けてみた。その場に一人くらい洒落の効く同行者が欲しかったところ。爺やがいれば即座に相打ちを入れてくれたことだろう。


「……」

 ___あの老人は今、屋敷で何をしているのだろうか。

 まだ屋敷に戻るつもりは更々ないが、付き合いも長かったことであり、少しばかり気になっていた。生まれてから父の代わりにずっと面倒を見てくれた保護者だったのだから。


「さて、何もないのであれば、小僧たちの元へ向かうか」

 体をほぐし、三回目のアクビをする。今までと比べて最も大きなアクビだ。

 特にそれといった暇つぶしもない様子。ラチェットやコーテナの座学か実技演習を遠くで授業参観でもしようかと計画し始めていた。



「待つがよい」

「……?」

 ピタリと足を止める。


 呼び止められたからだ。

 後ろから聞こえた少年らしき人物の声。アタリスは静かに振り向く。


 ……両手を組み、傲慢そうな態度を浮かべる少年。

 ショートヘアーの少年。長い髪の毛をシニヨンで編み込み、まるで干し草のように特徴的な跳ねた毛が多い。


 特徴的な目をしている。

 片方は紫で、もう片方は金色。


 オッドアイというものを聞いたことがある。人間は極稀に片方の目の組織に人体へ影響のない“異常”が発生し、本来とは違う眼球の色をする個体がいると言われている。本来と比べてうっすらと薄い色の眼球を持つ者が。


 しかし、この少年はそのオッドアイという割には人間離れしすぎている。

カラーコンタクトとやらを使っているレベルの変色ぶりである。



「……まさか、この学園で同類に出会えるとは。余も嬉しい」

 両手を広げ、少年は少女アタリスへと近寄ってくる。


「君も、私と同じ“魔眼”の持ち主という事か」


 魔眼。

 人間とは違う特殊な目。特殊な力が埋め込まれた瞳。


 この雰囲気、少年が大人のフリをしている割には少しばかり貫禄がある。


「ほほう……?」

 アタリスの直感が告げていた。

 この少年の正体、その匂いを嗅ぎつけた。


「貴様も“半魔族”か?」

 目の前にいる人物は紛れもなく“半魔族”だ。

 この少年は紛れもなく半魔族。アタリスほど高齢かどうかは分からないが……それなりに長い人生を生きているとは思われる。


「半魔族の小僧が、私に何の用だ?」

 笑みを浮かべ、少年へと声をかける。


「余の名は“コピオズム”。神に選ばれし魔眼の持ち主なり」

 コピオズムと名乗った少年は自身の目に触れ、軽くポーズを取りながら自己紹介をする。現実世界の日本人がその光景を見たら、百人が口を揃えて同じ感想を述べそうな少年だ。


 独特な己惚れ趣味をお持ちのようである。


「貴様に声をかけたのは他でもない……同じ、魔眼の持ち主同志、お近づきになりたいと思ってな」

「ほほう、俗に言う“ナンパ”というやつか」

 執事であったあの老人から聞いたことがある。

 世俗にまみれた男性女性が出会いを求めて手を出す行為。どこの誰かも分からない馬の骨に平気で話しかけ、あわよくば情欲の赴くままに異性を貪る行為。


 欲望の多い人間が思いつきそうな行為である。その野獣ぶりは魔物のそれと全く変わらない俗物の極みである。


「声を掛けられるのは女性としては嬉しい限りだ」

「では……」

「だが、残念だが私はそんなに安い女ではなくてね……特に」


 少女も自身の瞳に触れ、怪しいオッドアイを見つめる。


「人の庭に土足で足を踏み入れる礼儀知らずに身を許すほど容易くはないよ」

 アタリスはコピオズムに対してそう告げる。


 その瞳はゴミを見るような蔑む表情でもなければ、何一つとして面白くない無感情の表情でもない。


 興味自体は浮かべている。

むしろ、その俗物ぶりを愛おしく面白がっているようにも見えた。


 アタリスは笑う。

 その迂闊さ、呆れを通り越して逆に面白い。



「私をモノにしたければ……力づくで心を奪ってみせよ」


「……よかろう」

 コピオズムは呟く。










『では、お望み通り、その心、奪ってみせよう』

 歪んだ声が聞こえる。


「!?」

『では、まずは一突き』


 


 鮮血が路上を染め上げる。

 アタリスの胸元に、一本の“刃物”が突き立てられていた。

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