PAGE.105「歴史に呑まれたアイテム」
=魔法世界歴 1998. 8/28=
学園は必ず受ける授業と受けなくていい授業が存在する。基本的に、王都の学園の授業は参加制だ。
……今日の分。必ず参加しないといけない授業は全て出席した。
残りの授業を欠席とし、ラチェットはある場所へと訪れている。
“王都魔法学会”。
王都のエージェントであるステラが在籍する魔法研究団体の施設である。ラチェットがここへやってきたのはスカルから伝言を受け取った為。
『話したいことがあるから、この時間に学会へ顔を出してほしい』
いつもは王都を出て、サイアムシティの裏山に隠れ潜んでいる壁画の遺跡を調査しているエージェント・ステラ。今日は学会に顔を出しているため、会うならこの時間しかないと事前に話も聞いている。
制服は着替えていない。本来なら門前払いを食らうところだが、ステラの名前と目的を言えば通してもらえるようにはなっている。ステラに言われた通りの指示に従い、ラチェットは学会の施設の奥へと向かって行く。
「あ、いたナっと」
魔導書の保管庫。その奥にステラの仕事場がある。
相変わらず研究熱心な事だ。ステラは椅子に腰かけ、テーブルに積み重ねている“発見したての魔導書”の解析を行っていた。
学会の魔法使い、及び商人達へ売り渡された魔導書がこの施設に次々と送り込まれる。一週間で数十冊以上の魔導書が招かれ、こうして保管されていくとのことだ。
「おい、言われた通り来たゾ」
「あら、いらっしゃい……時間通りね」
眼鏡をくいっと揺らし、指を鳴らす。
最初こそ癖のある仕草だと思ったが慣れ親しんできた。彼女が気持ちを入れ替えたところでさっさと本題に入るため、客人用のソファーへとラチェットは腰掛ける。
「聞きたいことが山ほどあるって聞いたガ……何を聞きたいんだヨ」
「……そうね、まず一つは」
ステラも対面のソファーに腰掛ける。
「伝言通り、アクロケミスの魔導書は持ってきてくれた?」
「ああ、言われた通りナ」
何故か持ってくるように頼まれたアクロケミスの魔導書。
一度この本を返してもらう前、ステラが目にクマを作るほど睨めっこをしていたのを覚えている。それにこの本が『本当にアクロケミスかどうか』なんて意味深な質問まで返してきたことも。
妙にこの本に興味を持っているように思えた。
首をかしげながらも、ラチェットはアクロケミスの魔導書を取り出した。
「……拳銃、を取り出してくれるかしら」
「ああ、わかっタ」
ステラの指示に従い、アクロケミスの魔導書を発動させる。
……具現。普通のハンドガン。
この世界では玩具も当然のアイテム。鉛玉を飛ばすだけの装置をテーブルの上へ。
「ふむ」
ステラは取り出されたハンドガンを手に取り、まじまじと眺めている。
「……間違いないわ。古来の拳銃ね」
「古来の拳銃?」
ラチェットはまたも首を傾げた。
「拳銃って言うのは、魔法を繰り出すための補助装置みたいなもので、結局は二度手間だから必要ないって事になった不憫な道具じゃねーノカ?」
「ええ、拳銃は魔法を特殊な形で撃ちだす為の装置。ハッキリ言って“媒体”の存在。マジックアイテムの中でも不憫なものよ」
魔法を撃ち出すだけなら素手でいい。
拳銃自体には魔法の威力を高めるための特殊な機能なんかも存在するようだが、それ自体も魔力をどうこうする次第でアイテム必要なしに出来る事。
魔法の能力をアイテムに付与する存在ならまだしも、媒体という存在でしかないこのアイテムは必要ないと魔物退治の前線から追いやられてしまった不憫な存在であった。
「……そんな二度手間ともいえる余計なアイテム。それをわざわざ作る必要はあると思う?」
「ないナ。普通に考えテ」
そんな無駄なものを作る時間。文字通り無駄でしかない。
「じゃあ、なんで作ったんだヨ」
「……作った、ってわけじゃないのよ」
拳銃をラチェットの返し、ステラはポツポツと話を進めていく。
「“再利用”しようとしたのよ、学会の方針としてね」
「再利用?」
その言葉の意味とは何なのか。
首をかしげてばかりのラチェットを他所に、ステラは仕事場として使っているテーブルの引き出しから、片手で持ち上げられる程度の小さな木箱を取り出した。
ロックがかけられている。鍵やパスワードではなく、専用の魔法でないと開かないよう頑丈に閉ざされた木箱。
ステラはロックを解除すると、木箱の中からあるものを取り出す。
……中から出てきたのはガラクタだった。
錆のせいで見た目はかなり目に悪い。鉄臭いにおいもプンプンする。
しかし、その錆まみれのガラクタの形状。それは、つい先ほど“突き返されたもの”と全く同じ見た目をしたもの。
「これっテ」
「拳銃よ。魔法学会が出来るよりも前……“魔族界戦争の初期”の時代から遺された拳銃とのことだそうよ」
拳銃。しかもそれはラチェットが持つハンドガンと全く形状のもの。ステラの話では”弾を仕込んで発砲する”と使い方も全く同じ。
動かすことは不可能だが、マガジンや引き金など見慣れた部位がちょくちょくと目に入る。
「戦争の終期では全く役に立たなくて、何か利用できないかとヤケクソ気味に出来たのが今のマジックアイテムの拳銃ってことよ。使ってる人はほとんどいないけど」
ラチェットが取り出していたのは骨董品。
不憫なマジックアイテムのルーツとなった悲しいアイテムであったことが判明した瞬間であった。
「まさか知らなかったの?」
「……あァ、これが古来のものだって事は知らなかっタ」
コーテナから教えてもらった“マジックアイテムの拳銃”とは全然違う代物だった。
自分のいた世界と全く同じものがこの世界にも存在したことにラチェットは驚愕している。
「それは紛れもなく、古来の拳銃……アクロケミスはこの世に存在する数多くの武器を具現化させるというトンデモないスペックを秘めた魔導書。だけどね」
眼鏡を正位置に。静かに指を鳴らす。
「……かなり古来の兵器は取り出せない。取り出せるとしても魔族界戦争終期の武器までがほとんど……初めて見たわ。ここまでの骨董品を取り出せてしまうアクロケミスだなんて」
彼女の質問の意図がようやく分かる。これが本当にアクロケミスかどうかという分かり切った説明を学者がしてきた理由を。
このハンドガン。この世界に存在こそしていたため取り出すことは出来る。
だが、アクロケミスでは“そこまで大昔の武器”を取り出すことは不可能とのこと。本来出来るはずのないことを出来てしまったからこその“興味”だったのだ。
「そのアクロケミス。是非とも調べさせてほしいものだけど」
「……だめダ。これがないと俺は戦えナイ」
「そう言うと思ったわ」
ステラは残念そうに息を吐いた。
「貴方が戦う手段はそれしかないって話は聞いてるもの。唯一の武器を取り上げるつもりはないわ……今日はいろいろと残念な日ね」
不貞腐れているようにも見えるステラの顔。
最後の言葉は聞こえないよう掠れた声で喋ったものだからラチェットには聞こえていない。やはり彼は首をかしげていた。
「今日の話はそこまでよ。その魔導書に用事があっただけ」
「……ああ、そうカ」
お預けにされた研究の続きを取り返したかっただけのようだ。
ここへ来れば何か分かるかもしれない。微かに感じていた不安に裏切られたラチェットは肩を落としながらアクロケミス片手にその場を離れていく。
「あなた、何かと調べ物をしているみたいね」
帰り際、ステラが声をかける。
「知りたいことがあったら私がいる時だけここへ来なさい。教えられることがあったら、幾らでも教えてあげるわよ」
学会でも名高い存在であるステラ。そんな彼女が自ら協力をしてあげるとウインクを仕掛けてくる。
大人の振る舞い。ちょっと色気のある仕草。
ラチェットはそっと振り向き、ステラの瞳を覗き込む。
「そうやって恩を売って、コイツを調べる機会を得ようとしてるつもりカ?」
「あら、分かる?」
「なんとなくナ」
ドッと疲れの溜まったラチェットは、口から出すだけでも過呼吸になりかねないくらいの大きな溜息を外へ吐き出した。
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