PAGE.104「不信の刻」
ファルザローブ王城。円卓の間。
その席に騎士団長ルードヴェキラがただ一人、並べられた書物に一枚ずつ目を通している。
「ルードヴェキラ様。ご報告です」
従者騎士のエーデルワイスが会釈。
「……現在、彼等には特に変わった動きはないとのことです」
「そうですか」
“彼等”。それは誰の事を指しているのかは言わなくても分かるはずだ。
仮面の男ラチェット。そしてその取り巻きの三人組。
監視対象である彼等の動きを耳にすると、流すように再び書物へと視線を戻す。
「……例の遺跡のこと、本当に彼等と関係はあるのでしょうか?」
遺跡。そしてラチェット一同。
聞き慣れぬ単語をエーデルワイスは淡々と並べている。
「確証はありません。ですが、調べる必要はありそうです」
騎士団長ルードヴェキラはエーデルワイスの方へ視線を向ける。
いつものお茶目でお転婆な少女の姿はそこにはない。
エーデルワイスの目に映るのは、この王都を守る責務を背負った“騎士団長”としての瞳を向ける一国の姫の覚悟であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラチェット達……何でも屋スカル一同が王都に到着する前の事だった。
そう、彼らが王都へやってくる数日前のことである。
サイアムシティと王都ファルザローブを繋ぐ巨大鉱山。そしてその山道にて発見された古代壁画の遺跡地帯。
「ありがとうございます。わざわざ」
壁画の研究者。エージェント・ステラ。
ステラは壁画の遺跡に訪れた客人に対し、深々と頭を下げている。
「例の壁画の事。その変化というのは」
その客人とは……観光マニア・ルゥ。
騎士団長ルードヴェキラとしての素性を隠すための隠れ蓑。観光マニアであるルゥとしての衣服と化粧、ウィッグなどで着飾った彼女が壁画の遺跡に訪れていた。
「昨日、仮面をつけた少年と半魔族の少女、その他二名がこの遺跡に訪れたことは報告いたしましたよね?」
ステラは確認のため、一度確認を入れる。
「ええ。その人たちがここへ訪れてから壁画に文字が現れたと……それが何か?」
「……新たに文字が浮かび上がったんです。しかも今度は一部分だけではなく、ほとんどハッキリと」
壁画へと視線を送るよう騎士団長ルードヴェキラを促す。
……文字だ。
精霊たちと魔族界の幹部たち。一同が取り囲むのはそれぞれのリーダーである精霊皇と魔族界の魔王。
魔族界戦争の最終決戦を描いた壁画に……文字が浮かび上がっていたのだ。
古代戦争の壁画。
戦争をバックにした文字は、こう記されていた。
《この世界に再び、脅威が訪れるであろう。》
《世界のすべてを暗黒に包み込む悪の権化。》
《戦争が終わりし刻より千年……この世に再び、[魔王]は現れる。》
《魔王を呼び戻す器が、この世へ生み落とされることだろう。》
「!?」
ルードヴェキラは驚愕する。
かつて、人類を破滅寸前にまで追いつめた“災厄”そのもの。魔族界の頂点である魔王が再びこの世界に君臨するという衝撃のメッセージ。
誰かの悪戯にしては手が込み過ぎている。
数百年以上も封印され続けた壁画。綺麗に残された壁画に記されたこのメッセージ……古代の世界より、現在を生きる人間達への遺言。
ルードヴェキラは息を呑む。
魔族界戦争が終わってから現在は千年手前の時が過ぎたとされている……この壁画に記される“魔王復活の刻”とは、これから二年後も待たない時間とそう遠い未来の話ではない。
あまりにも突然すぎる。
騎士団長ルードヴェキラの額に不安の汗が流れる。
……メッセージはまだ終わっていない。
ルードヴェキラは再び壁画へと視線を戻す。
《しかし、案ずるな。》
《暗黒が生まれるのなら、極白もまた蘇る。》
《世界が滅びに直面したその時。我、[精霊皇]も再びこの世へ降り立つであろう。》
「精霊皇だと!?」
重なる驚愕。
精霊皇。魔王の名前が出たと思ったら今度は人類にとって大英雄の名前すら現れたではないか。しかも、このメッセージはその“精霊皇”本人が残したもの。
精霊皇は魔族界戦争に終止符を打ち、魔王を打ち払った精霊一族の長だ。精霊の長は戦争が終わった後、その身を隠すように姿を消したと言われている……。
千年前の戦世より送られた、数年越しのメッセージ。
姿を消したはずの最後の英雄からの言葉に、戸惑いを隠せないでいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
蘇る魔王、そして精霊皇。
仮に偽りであったとしても……動かないわけにはいかない。
この世界を脅かす闇が生まれる可能性が1パーセントでもあるのなら、最善の手を打つ。まずはあのメッセージが真実がどうかを見極める必要がある。
ルードヴェキラは戻り次第、調査を開始していた
「あの壁画の文字は仮面の少年……ラチェットが近づいた時に浮かび合ったとのことです。壁画を動かすカギとなったのが、“彼”だった可能性がある」
円卓の間より、ルードヴェキラは外の様子を眺める。
その視線は何処か遠くを眺めている。その目は一点を見つめているようだった。
「そして、魔王を呼び起こす器……この単語も気になりませんか」
「まさか」
「確証はありません。ですが……彼には不可解な事が沢山あります」
ラチェットと出会ったとき、不思議な感覚がいくつもあった。
不思議な仮面、この世界の住民とは思えない独特の雰囲気。
そして、彼が手にする……魔導書。
その存在はこの世界にとっては妙に特異な存在であった。ルードヴェキラは宿泊列車で初めて会った時より、その独特な気配に感づいていたのだ。
「引き続き、監視をお願いします」
「かしこまりました」
監視をするための準備、そして環境は既に整えた。
学園に所属したラチェットとコーテナ。そして怪物ヴラッドの娘であるアタリス。
一獲千金を夢見るスカルへと与えたチャンス。王都という大きな舞台に留まれる権利。これより長期間は彼等がこの街を出ることはない。
時間は二年しかない。
この刻をもって……“少年”の正体を見極めることとなった。
「それと一つ……我々を監視する者がいるようですが」
「察しはつきます。泳がせておいてください」
「はっ」
エーデルワイスは指令を聞き届け、円卓の間から去っていく。
「世界を黒に染める魔……かつての地獄が蘇るというのか」
円卓の間に飾られた、初代精霊騎士団の絵画へと目を向ける。
「この時代、この平和な
その瞳は焦りで曇っている。
誰もいないその場で見せた騎士団長の姿は、年齢相応の少女の姿であった。
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