PAGE.103「度重なるニュース」


「うーむ、他に足りないものがあるだろうか」

 何でも屋スカルの記念すべき事務所第一号。

 オープン前の一作業として、バギーが収納された巨大車庫もといガレージにて、必要最低限の魔動機材や家具を用意しておく。


 それ以外にも、生活するうえでの日用品も揃えておかなくてはならない。

 最初から用意されていたベッドやソファーにテーブル。それとは別に必要なものを何個か揃えておく。


 コーヒーメーカーに冷蔵庫など、必要な魔動機材をしっかりと。

 ……流石はクロヌスの中心都市。最先端の魔動が大量でただひたすら楽しいショッピングを満喫したものである。


 何でも屋スカルのオープンまであとわずか。

 一攫千金のビジネスを前に、スカルは心を躍らせている。資金で購入した新品のコーヒーメーカーで淹れたてのコーヒーを一口優雅に。


「あいつらも楽しんでるみたいだしな。こっちも頑張るか」

 学園生活を満喫しているラチェットとコーテナ。

 スカルはコーヒーを飲み終えると愛車に飛び乗る。ソファー代わりに愛車の座椅子に腰掛けながら、聖都住民全てに配られているニュースペーパーへと目を通す。


「そういや、アイツラは課外授業って言ってたな。課外授業ってどんな事をするんだろうな?」

 いろいろと課外でやる授業の内容を想像してみる。

 やはり、この聖都の外と考えると無難に魔物退治だろうか。もしくは資源回収のために森林の方で伐採作業のボランティアか、野生動物のハンティングか。


 川辺で釣りをしてバーベキューをしているのも想像できる。どうであれ、学園でのアウトドア授業は楽しみが多そうで羨ましい限りだとスカルは新聞に目を通す。



「ん? この記事って……」

 ニュースペーパーに記されているのは一連の事件である。

 聖都内で起きたという強盗事件や魔法による事故……その他諸々を隅っこに追いやり、トップを飾るビッグニュースにスカルは目を通す。




“またも発生、山岳爆破。近隣の村の資源問題に大きく影響”


「あぁ、これ、俺達が疑われた例の事件か」

 山岳爆破。スカル達が“犯人と疑われた”事件の事である。

 ここ最近、聖都の外で度重なる事件。次々と地図にも乗っている有名な山岳地帯で大掛かりな大爆発が発生しているという。大規模な爆発により山岳は大きなクレーターが出来上がるほどに抉れ、周辺に岩雪崩や地震などの自然被害。更には資源の大量消失による枯渇問題まで発生している。


 精霊騎士団も犯人が見つからず手を焼いている事件らしく今も解決の見込みはない。現にトップニュースを飾る余裕すら見せていた。


「ブチまけた話、迷惑なこった。おかげで俺達が酷い目にあったしな」

 犯人の顔を見たならば、一発ぶん殴りたいところだとスカルは意気込む。当然、体を鋼鉄化したフルパワーで。相手の顔面が粉々に砕けようと知った事ではない。

 この事件のおかげで何でも屋スカル一行は“精霊騎士団全員の手によって追われる身になる”という大掛かりな公開処刑を食らう羽目になった。殺されかけたあの日を思い出すだけでも身震いが止まらない。


 犯人捕まるべし、慈悲はない。

 ニュースペーパーを握る腕の力が若干強まった気がした。


「ほう、住み心地は良くなったな」

「おわっ、ビックリした」

 

 ビクっと揺れる体にスカルは鳥肌を立たせる。

 アタリスの声だ。ニュースペーパーから目を離すと、そこには学園の制服を身に纏うアタリスが何食わぬ顔でコーヒーメーカーと向き合っている。


「お前、学校はどうしたんだよ」

「必要最低限の授業は受けてきたよ」

 その言い分だと、それ以外の授業には興味がないと言わんばかりであった。

 スカルは心配になる。この少女は学園の方ではうまくやっているのだろうかと。話によれば、ラチェット達とは違うクラスに配属されたらしく、本人は今のところ“興味が湧きそうな異変”は特に起きないため暇であると口にする。最近はずっと、遠くからラチェット達の授業を眺めているとも口にしていた。


「学園生活楽しんでやれよ。コーテナがあんなに頼み込んでたのによ」

「ああ、楽しんでるよ。学園とやらは実に面白い」

「じゃあ、なんで授業サポってるんだよ」

「……さぁ、なんでだろうな?」


 意味ありげな表情。その顔は何か目論んでいる様に見える。

 スカルは首をかしげながらニュースペーパーを畳む。本人が学園を楽しんでいるという言葉に嘘はないとは思えるが……妙な不安が浮き上がって仕方がなかった。


 変な事を考えていませんようにと、お天道様にお祈りの一つでもしておこうかと考えておくことにした。



「いるか?」

 またも声が聞こえる。

 ガレージの入り口から。まだ何でも屋はオープンしていないというのに客人がやってきたようだ。


「おっ、オタクらは」

 見知ったお客さんを前にスカルは歓迎の声。



 ……小柄な少年少女。ただし、その言葉は本人の前ではNGワード。

 聖都が誇るエージェントの二人。シアルとミシェルヴァリーの姿であった。


 いつも通りローブ姿。まるで太陽の下を堂々と歩く“てるてる坊主”のような二人組である。


「何の用で?」

「せっかくだからご挨拶。開店祝いに……って、シアルが」

 ミシェルヴァリーは大きな酒の瓶をスカルに手渡した。

 中身はワイン。しかも見た感じでは年期モノの高級品である。


「おい、だから余計な事を……」

「おおっ! こいつぁ、ありがたい!」

 困るシアルを他所に、スカルはそのワインをありがたく受け取った。


 今日の二人は休暇とのこと。わざわざ、休暇に夫婦そろって挨拶に来てくれるとは嬉しいものだとスカルはワインに頬ずりをしながら笑みを浮かべる。


「……挨拶、だけか?」

 アタリスはコーヒーを口にし、そっと視線を向ける。


「「……」」

 二人の目つきが変わる。

 軽い敵意……のようにも見えた。


 アタリスの存在は精霊騎士団にとっては一種の脅威である。本人が何もしない限りは手出ししないつもりでいるが、あのヴラッドの娘という事もあり警戒は強めている。その話はエージェントの二人にも行きわたっているのだろう。


 しばらくは、このギスギスから逃れることは出来なさそうである。



「そう、ラチェットに伝言を一つ任せたい」

 アタリスから目を離すと、先程までの気だるげな雰囲気へと戻ったシアルはもう一つの要件を口にした。

「伝言?」

 ワインの瓶を持ったまま、シアルから耳打ちで伝言を受け取る。

 どうやら、精霊騎士団の事情が関わっているため、あまり公に話せる事ではないようだ。


「ふむふむ、なるほどね。よし、任せておけ」

「頼む」


 エージェントの二人は軽くお辞儀をした後、事務所を去って行った。


「あの二人は何と?」

「なんか、今度学会に来てほしいだってさ。ラチェットの用事があるみたいだが」

「ほほう……」

 アタリスはコーヒーカップを近くのテーブルに置くと、アクビをしながら上の階へと上がっていく。


「しばらく眠りにつく」

「あ、ああ……?」


 一瞬、アタリスの表情が変わったような気がした。

 ラチェットへの伝言。アタリスの仕草。それに対してスカルは首をかしげるばかりである。






「……やはり、しばらくは目を離してはいられないな」

 アタリスは影で笑みを浮かべ、ひっそりとリビングへ姿を消した。

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