PAGE.101「ハンティング・タイム(前編)」
=魔法世界歴 1998. 8/27=
王都クロヌスの西門を抜けてから数時間近く。
そこにはサイアムシティから王都へ道を繋ぐ裏山がある。その裏山の手前には広大な森林地帯が待っていた。
ラチェット達が所属するクラス。今日の“強制参加授業”は課外の授業だった。
「というわけで、今日はハンティングを行う」
ハンティング。つまりは狩りということだ。
この森の生態系は他の地域と比べて格段と成長レベルの高い区域。弱肉強食でいう強者まみれの危険地帯なのだ。
商人達はここを通る際には動物避けのマジックアイテムを使用しなければならない。そうしなければ、運悪く巨大生物と遭遇した時にあっという間にエサにされてしまうわけだ。
人間が相手するには危険な生物が多いこの森。
しかし、逆に考える。人間からすれば“資材や食材”の宝庫とも思える。商人にとってはビジネス面で考えると……夢が広がる。
とはいえ、今日行うのは乱猟というわけではなく。
今日はこの森にて資材集めのボランティアだ。
人間に襲い掛かる巨大な野生動物。それを狩って運搬するアウトドア実習というわけである。
「単独での行動は危険のため、二人一組で行動してもらう」
一人で活動するのは危険すぎる。
相手は巨大な野生動物。中には四匹五匹ほどの集団で行動する奴もいる。囲まれでもしたらあっという間に餌にされてしまうだろう。
お互いカバーができるよう、最低の保険として必ず二人以上での行動が教師から制限された。
「じゃあ、そういうわけだから、よろしくね! ラチェット!」
「まぁ、そういうことになるよナ」
ラチェットとコーテナは二人でハイタッチをかます。
どうせ組むなら慣れているコンビの方がいいだろう。それにコーテナ自身も狩りの経験は豊富だし、苦戦することもなさそうだ。
二人は安心して、授業への準備を完了させた。
あとはスタート開始の合図まで待つことに……。
「なお、今回は男性なら男性、女性なら女性と……同性同士のペアを条件とする!」
……しかし、その矢先に待っていたのは想定外の言葉。
((何故に……ッ!?))
ラチェットとコーテナの脳裏に真っ白なイナズマが走る。
何という事だ。早速出鼻をくじかれてしまった。何の条件をもって同性同士なのか分からないが、二人のペアは早速解散しないといけない窮地に立たされてしまった。
「どうしようラチェット!?」
コーテナはパニックになりながらラチェットの方を向いた。
「アクセル、よろしく頼むナ」
「OK任せろ」
ラチェットとアクセルは気兼ねなくハイタッチをかました。
「あっさり解決された!?」
ラチェットの方は意外と楽に解決してしまっていた。
元より、アクセルの方もコンビを組もうとしたら、いつもの女性陣が既に組む約束をしてしまっていたが故にぼっちだったという。突然のルール変更に凄く助かったような表情を浮かべていた。
「う~……何ということに……」
コーテナは困ったように頭を抱えていた。
誰と組めばよいのか。非常に困ったような表情を浮かべている。
……同性同士のコンビで組む。
何名かの女性がコーテナの方へと視線を向けているのは確認できる。
「よかったナ、人気者だぞ、お前」
相方に困る必要はなさそうじゃないかとラチェットはフォローを送る。実際、人当たりの良いコーテナと組んでみたい人たちは後を絶えない。
「だけど、見知らぬ人と二人きりって緊張するなぁ~」
焦りに焦る表情をコーテナは浮かべる。
確かにそうかもしれない。何の交流もない人といきなりペアを組むというのは中々にハードルの高い事。
誰と組むことになるのか。コーテナは深く考えていた。
「……ん?」
コーテナの視線がピタリと止まる。
一人の生徒の方へと視線を向けている。
「えっと、えっと……」
少女だ。
コーテナと同い年くらいの女子生徒が困ったようにアタフタとしている。
首元でゆらりと揺れる二つに結った髪。青みの混じった黒い長髪には可愛らしいリボンが飾られている。そんな少女は挙動不審に周りへ視線を泳がせていた。
背中には大きな剣。あれは彼女の武器なのだろうか。
コーテナと違って引っ込み思案な少女が助けを求めるように怯えている。
人懐っこい小型犬みたいなコーテナと違い、あの少女は縮こまって主人に助けを求める小型犬のような印象を浮かべる。
「……よし、決めた!」
その少女を見つけた途端、コーテナは何か思うところがあったのか。満面な笑顔を浮かべると、その少女の元へとコーテナは疾走する。
「ねぇ! 良かったら、ボクと組まない?」
笑顔で黒髪ツーサイドの少女へと手を伸ばす。
「ええぇっ!?」
少女は驚いたようにコーテナに反応を示した。
いきなり声をかけられたのがそんなに驚いたのか。その驚きようは体から人魂が飛び出しそうなくらいオーバーなリアクションだった。
「え、でも私……ご迷惑をかけるかもしれないし……」
「大丈夫! だから、一緒に組もうよ!」
返事を聞く前に少女の手を握りしめた。
その途端。
「~~!!」
少女の顔がひまわりのように晴れていく。涙目を浮かべながら、感謝感激の念を精一杯込めた笑顔に変わっていく。
「ありがとうございます! 私! 精一杯頑張ります!!」
コーテナの手を何度も振り回す。
組んでほしいと言われたことが相当嬉しかったようだ。
少女の笑顔につられ、コーテナの笑顔もより満面なものへと変わっていく。
「ボクはコーテナ! よろしく!」
「私、ルノアと申します! よろしくです!」
ルノアと名乗る少女は何度も何度もありがとうと言いながらはしゃいでいる。
……何だろう。
ケージの中で戯れる子犬のコンビを見ているような気分であった。
「では、これより実習を始める! 身の危険を感じたら、この狼煙筒を上げろ。すぐに駆け付ける」
教師はそれぞれのペアに緊急用の狼煙を二つずつ配る。
何せ相手は凶暴な野生動物だ。それに予想もできない事態が襲いかかる危険性も充分にある。しっかりと保険を仕掛けた後にハンティングを開始とした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
森の中をそれぞれのペアが慎重に進んでいる。
ラチェットとアクセルのペアも出過ぎないように動いていた。
「ちなみにラチェット。狩りの経験は」
「あるにはある」
ただし、成功したとは一言もいっていない。
当時は拳銃の扱いに全く慣れていないこともあって、誰もが呆れるようなノーコントロールぶりを披露してしまったものだ。
「そうか、なら俺も経験はあるし、事実上では楽勝だろうな」
この勝負は貰った的な顔で安堵している。何の勝負かは知らないけれど。
……以前のようなノーコントロールは多少改善できたと信じることにしよう。
「ところでヨ。ここにはどんな動物がいるんだ?」
「ああ、それは……おっと、丁度いいところに」
どのような野生動物が潜んでいるか。
そこから先の解説をしようとした矢先にアクセルは言葉を止める。
「おい、早く隠れろ」
どうやら、その肝心な獲物の方からやってきてくれたようだ。見つかると面倒な事になるので急いで隠れるように促している。
大きな木陰の裏に隠れ、例の野生動物に見つからないようコッソリと標的を覗き込んでみる。
「……!?」
戦慄した。
ラチェットは思わず、念のため握っておいたハンドガンを手放しそうになった。
……でかい。
とにかく、“デカい”。
彼自身が知っている“猪”のそれとは全く違う。
何と言うか……とにかくデカい。
___なんだ、あの“平均男性の身長の4倍近く”の大きさはある猪は。
あの巨体は何だ。まるで山の守り神ですと言いたげなくらいに大型サイズの猪が鼻息を荒くしながら森の小道を歩いている。
「あれがこの森の獲物さ。どうだ、凄い迫力だろ?」
……ラチェット、唖然。
(こりゃあ、修羅だナ)
このハンティング、想像以上に苦戦しそうだと溜息を吐いた。
(……あいつ、大丈夫なのカ?)
狩りに慣れているというコーテナ。そんな彼女の心配を思わずするほどに、この森は結構な舞台であることを予感していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラチェットのコンビが行った方向とは少しズレた先にコーテナとルノアのコンビは木陰の中で息を潜めていた。
そう、彼女たちもエンカウントしたのである。
その姿はまさしく森の主そのもの。想像を遥かに絶するサイズの猪がマジマジと空を眺めているのである。
「うわー、おおきいー……!」
見たこともない大型サイズの猪を見て、コーテナは心を躍らせている。
一体どんなものを食べればアレだけの大きさになれるのだろうか。一瞬魔物かと見間違えそうになったが、そこまで獰猛そうじゃない雰囲気を見る限りでは野生動物であることに間違いはない。
狩りをそれなりに経験していたコーテナは跳ね上がるような好奇心で思わず前のめりになってしまっている。
「あわわわ……」
一方、ルノアの方は獲物を前に怯えあがっている。
想像以上だ。大きい怪物を前に震えが止まらないようである。
「よし、ルノア! 気合入れていこうか!」
「う、うん……!」
興奮する者と怯える者。
二人は何とか息を揃えて、飛び出す準備を開始していた。
しかし、その矢先。
「おっと?」
コーテナの体は勢いよく何かに小突かれた。
「もー、いきなり押さないでよ~」
ルノアがテンパってしまって体を押してしまったのか。それとも誤ってぶつかってしまったのか。
そのどちらかかと思ったコーテナは困ったように笑いながら後ろを振り向く。
「え?」
ところがルノアは何もしていない。
それどころか身動き一つ取っていない。
「……!?」
コーテナの表情が凍り付く。
「ん……?」
その表情を見たルノアもゆっくりと後ろを向く。
「「あ」」
目の前にいたのは、なんということでしょう。
“クマ”さんだ。
凶暴そうな見た目、先程の猪と同じくらい大きいサイズ。
二人の少女は、森の中でクマさんと出会ってしまいましたとさ。
「きゃあああぁっ!?」
ルノアはクマを前に思わず叫びながら逃走。
獲物を見つけたと同時、必死に逃げるルノアをクマは追いかけ始めた。
「ああ、ちょっと待って!」
逃がすまいとコーテナもルノアに並んで走り出した。
……クマの全力疾走は人間なんかが振り切れる速度じゃない。スタートダッシュでどれだけ差を開こうとも距離を縮めてしまう。
「ルノア、こっち!」
しかし、コーテナの逃げ足はクマなんかには負けはしない。
半魔族の生態の特徴からか、普通の人間と比べ脚はかなり早い。大抵の動物と同じくらいの速度で走ることが出来るのだ。
「うわわわ!?」
コーテナに手を握られたルノアは声を上げながらも引っ張られていく。
……森のクマさんとの追いかけっこ。
それは有名な童話のように可愛らしく微笑ましいものなんかじゃなく、必死に逃げ回る獲物を追いかける獣の絵面と、かなり殺伐としたものであった。
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