PAGE.99「青春懸命なボーイズアンドガールズ」
=魔法世界歴 1998. 8/26=
魔力とは魔法世界クロヌスの住民全てが体内に宿らせている特異のエネルギー。
アドレナリンやドーパミンのそれとは違い、体全体を血液のように駆け巡っている。人によって魔力の発達強度や伝達能力などが違い、その身を鍛錬している者はそれ相応のエネルギーが駆け巡っている。
中には生まれながらに膨大な魔力を込めた者もいる。
人体を駆け巡るエネルギー、それが魔力。魔力は“魔法”を使うために必要なエネルギー源であり、消費する量によって魔法の威力やスケールも格段に違ってくる。
体内の魔力を練り上げる。魔力の組み込み方を交わす。魔力の流れを変える。
工夫次第で多種多様の魔法を使うことも可能。その器用さを見せたものが魔衝とは別に、魔導書による魔術を発動させることが可能となるのである。
以上、魔導書を使うための第2のステップである。
「なるほど、わからんナ!」
ガイドブックを力強く閉じたラチェットははっきりと口にした。
「まぁ、実際魔導書の魔法を3つほど掛け持ち出来る地点で相当と言われるレベルだからな。まず1個の地点でも難しいし」
魔衝を使える者にとっては、魔導書の使い方を覚える事の方が難しいのかもしれない。
魔衝は“魔導書で覚えた魔法”と一緒で組み込み方や流れなどの変更を行うため、すでに魔衝で馴染んでいた流れを別の流れに変えることはかなり器用な事となるのだ。
その逆もまた存在する。自身の魔衝の発動のさせ方が分からない人は、魔導書による魔法の使い方を覚えるのが一瞬で出来たりする。
アクロケミス以外を使えるかどうかラチェットは考察してみたが……成功する可能性はゼロに等しそうでお先は真っ暗であった。
「無理に覚える必要もないと思うよ。変に体をいじって、元々覚えていた魔法すら使えなくなるなんてシャレにならないからね」
「挑戦することは大事ですが、しっかり自身の器量も見極めないといけませんからね」
学園のセミナー。ラチェットが現在受けているのは魔法の実演習である。授業にてこずっているラチェットに快い先輩たちがアドバイスをくれていた。
愉快そうな雰囲気に、女運がなさそうなお調子者の男子生徒・アクセル。
右に同じく愉快で、こちらは少し距離を詰めすぎているような気がする女子生徒・ロアド。
見た目は凄く大人しめ。しかし手に持っている刀が物騒でたまらない女子生徒・コヨイ。
ゴーレムの一件以来、ラチェットの事を見直した3人組はこうして関わってくれている。初めてやってきた学園の右左を快く教えてくれているのだ。
「……それ!」
コーテナも自身の魔衝の練習を続けている。
指先から発射されるファイアボールは用意されたターゲットの人形を見事粉砕する。威力は相変わらず上々のようだ。
「うーん……やっぱダメだなぁ。どれだけ魔力を練り込んでも、あの騎士さんみたいな火の玉が撃てないや」
しかし、コーテナは自身の魔法に火力不足を悩ませていた。
精霊騎士団の1人サイネリアが見せた、超濃厚圧縮かつ超破壊力がこれでもかと組み込まれたファイアボール。
圧倒的だった。
空中で爆散したサイネリアのファイアボールは爆風だけでも辺りに悪天候レベルの旋風を巻き起こしたのである。
「それでも充分だと思うけどな~」
ロアドは充分な火力を持つコーテナのファイアボールを褒めている。
アクセルたち3人組はその後、コーテナともすっかり仲良くなっていた。人懐っこい性格なだけあって、仲良くなるスピードも想像以上に早かった。
「ううん、もっと凄い火の玉を作ってみせるよ! あの騎士みたいに」
「えっと、その騎士ってどんな人?」
ロアドが聞いてくる。
「ちょっと行儀が悪くて、口使いも悪くて……」
「ああ、サイネリアさんか」
速攻で察した。
「なんとハードルが高い相手を……」
コヨイも彼女が目標としている人物のハードルの高さに困る表情を浮かべていた。
「あれは流石に別格だぜ~? 元々魔法の実力も高いのに、そこに炎の精霊サマの力も宿ってる。あれを超える魔法を作るのは相当困難だぜ~?」
精霊騎士団の騎士。それは、魔法の原祖とも呼ばれている精霊の力を授かった最強の魔法使いの集団。
その力は次の世代へと引き継がれ続け、この千年という長い歴史で消えることなく今も残されている。その力はかつて戦争を終わらせた力ということだけあり、並ならぬ莫大なものだと言われていた。
「出来る限りはやってみるよ!」
しかし、コーテナは変わらず魔法を撃ち続ける。
「見事なチャレンジ精神! ファイトです!」
コヨイは両手をぐっとして、コーテナの応援をしていた。
「お前の魔法、やっぱり魔衝じゃなくて、アクロケミスの魔導書によるものなのか?」
ガイドブック片手に立ち読みを続けているラチェットにアクセルからの質問が来る。
「だと思う。俺が魔法を発動させるときは決まって本が光ってるからナ。間違いないだろうナ」
断言こそ出来ないが、この本が魔法を発動させているのは間違いない。
だが、魔導書を使って発動させているという実感こそ湧いてはこない。自身が魔導書を扱っているという感覚は一切ないが故に、決めつけることも迂闊には出来ない。
「アクロケミスを使えるってことは、結構頭の回転はいいし、魔力も籠ってると思うんだけどなぁ~」
頭の回転は良い。それは肯定も否定も出来ない。
頭が悪いかどうかと言われたらそれは間違いない。高校は勿論、中学校や小学校すら通わなかった為に一般常識の知識は微塵も身についていない。
自身の頭の良さ。
機能は良くても容量は悪いタイプなのか……謎は深まるばかりである。
「ねぇ! 3人も魔法使えるの!?」
興味良さげにコーテナが聞いてくる。
「よっしゃ、俺の魔衝を見せてやるよ」
アクセルは魔導書を一切使えないらしく、自身の固有能力である魔衝のみを使っているとのことだ。
コーテナとラチェットが注目する中、アクセルは一度深呼吸をする。意識も整ったところで目を見開くと、その場で力強く踏ん張った。
「いけっ!」
瞬間、アクセルの体が宙に浮き始める。
飛んでいる。
翼もジェットブースターもないというのに、アクセルの体が空を飛んでいるのだ。
どんな仕掛けで浮いているんだとラチェットは驚き、コーテナはその能力のカッコよさに目を輝かせている。
「アクセルの魔衝は、風を自身の体に集めるというものです。彼の体は、一転に集めた風によって“押されてる状況”なんです」
「ということはつまり……足元で“宙を浮くレベルの突風”が吹いてるってこと?」
「ビンゴです」
コーテナ見事に大正解。コヨイは指を鳴らして正解を賞賛する。
彼が空を飛んでいるのは風のジェットブースターともまた違う。自身の体から吹いている風で飛んでいるのではなく、周りの風を自身の体に吸い寄せているのである。
「へぇ~、カッコいいなぁ」
「ただ、一つ難点が」
ロアドは真上を見る。
「あっ、ちょ、やば……」
さっきまで姿勢を整えていたアクセルの顔が急に青ざめる。
直後、整っていた姿勢はあっという間に崩れ去り、彼の体は右往左往の方向へと吹き飛ばされていく。空気の抜けた風船のように宙で暴れまわるアクセルは大声を上げながら助けを求めている。
「ぐふっ!?」
そのまま、吸い寄せられた風の勢いのまま地面に顔面衝突。
ぶつかった直後も吸い寄せている風で地面に押し付けられている。数十倍の重力に襲われているような感覚が容赦なくアクセルを襲った。
「あんな風に姿勢が安定しないのよ。そりゃあ、洒落にならない強さの突風をあんな不安定な状況に体一つで踏ん張らないといけないんだからね」
調整は面倒くさいレベルで難しいとのこと。
アクセルは地面で倒れたまま、ピタリと止まってしまった。
「ロアドは?」
次に彼女の魔衝を聞く。
「いやぁ~、私は大したことなくってさぁ。特定の動物と話せる程度なんだ。魔導書を使った魔術も、自分の体をドーピングする程度のものだけ。無理やり肉弾戦に活かそうとしてるくらい」
本人曰く、あまり魔法には恵まれていないとのことだそうだ。
「コヨイは?」
次の質問に入る。
「いえ、私は魔衝も魔導書も何一つできません。才能がないみたいですからね……だから、これ一本で」
自身の愛刀を自慢げに見せてくる。
これ一本。彼女は剣術のみで戦う騎士志願者なのだという。
「え、じゃあ何で、魔法の演習のセミナーに?」
「あれですよ。剣術で魔法を弾く練習とかを」
バッティングセンターにやってきてキャッチャーの練習をしてる奴を見てるような気分。便利に使ってくれているが、ベクトルが間違いなく違う方向に向いているようなアレ。
随分と個性的な3人組と仲良くなったものである。
ラチェットは少し可笑し気にガイドブックを閉じた。
「あっ」
コヨイは上を見上げると、ある人物に気が付く。
「序列1位さん、今日は見学みたいですね」
セミナー会場の上。
そこには、セミナーの様子。生徒たちの魔法の演習を眺めるための観客席的なスペースが用意されているようだ。
そこにポツンと二人の生徒が座っている。
あの二人だ。
入学初日にラチェットが天才と呼ばれている魔法使いにボコボコにされた際、手を差し伸べてきた生徒達である。
遠目で見ても、その波動は伝わってくる。
何処か遠くを見据えている深なる瞳。身震い一つ起こすことなく、その華奢な体でこちらを見下ろしている。
飲み込まれそうになる。
ブラックホールを思わせる波動にその身がかじかんでしまいそうだ。
「なぁ、アイツは一体誰なんダ?」
あの人物は何者なのかをラチェットが問う。
「フェイト。この学園の現在のナンバーワンの生徒です」
学園のトップ。
つまり、この王都学園に所属する生徒の中で頂点に君臨する生徒ということだ。
「魔衝、魔導書による魔法の扱いも完璧。運動神経も超人並みで頭脳明晰、魔法の実技演習・筆記授業もすべて、文句なしの満点を記録しています……そんな彼女につけられた異名、それは『完全才嬢』……そう、“パーフェクト・レディ”です」
この学園における頂点。
それは、完全という言葉を体で表した人物。完全そのものの具現化。
「異名だけじゃない。彼女自身も、自分が完全となることを目指しているそうです。彼女の目指す道、『完全証明』。全てにおいて完璧を目指す彼女は、たくさんの生徒から慕われている人物なのです」
解説しているコヨイも、あのフェイトという人物には尊敬を覚えているようだ。
周りから文句なしの完全と呼ばれてもなお、真なる完璧を目指すために奔走を続ける気高き女子生徒。
それこそが、学園序列一位・フェイトの実態である。
「そして、あの隣にいらっしゃるのが学園のナンバーツー。“コーネリウス”です」
フェイトの隣で笑みを浮かべて授業を眺めている生徒の紹介も始める。
「フェイトさんには及びませんが、その成績は彼女と一二を争う実力。剣技と魔法の実技演習で彼女の右に出る者はフェイトさんくらいしかいないと言われています」
あの女性も実力が本物の猛者。
並みならぬ強豪は、凡人が訪れることが出来ぬ高みから学園の生徒達を眺め続けているようだ。
「ちなみにですが、物腰がかなりよくて、凄く優しいと評判で……何処か母性のある彼女は男子からは人気の的なんですよ? 彼女に告白して、今年で100人近くフラれているようですけどね」
随分と悲惨な現実を聞かされた気分である。
あのコーネリウスという人物は確かに別嬪だ。とはいえ、流石はナンバーツーの高嶺の花。そう易々と踏み込ませてはくれないようだ。
「あれ、フェイトさんは男性に人気はないの?」
コーテナが聞く。
「いえ、男子女子共に凄い人気ですよ。ただ……近づけないというか」
分かる。凄い分かる。
こんな遠目からでも迫力が伝わってくる。間近にいた時はその瞳に飲み込まれそうだったとラチェットは断言できる。
迂闊に近づけば、その波動だけで体がバラバラに壊れてしまいそうだ。
高嶺の戦士達。
その恐ろしさを改めて、ラチェットは思い知ることとなった。
「ん?」
ラチェットはふと気づく。
完全才嬢。学園のナンバーワンがこちらを見つめている。
ブラックホールを思わせる深淵が重くラチェットの体にのしかかる。
(なんだ……今、どうしてコッチを?)
数秒後、向こうはこちらの目線に気が付いたのか、軽く一礼した後に何処か別の生徒の方へと視線を戻していた。
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