PAGE.98「クールダウンなアイツ(その3)」

=魔法世界歴 1998. 8/25=


 後日、二回目の登校日。

 コーテナがラチェットの準備が終わるまで待っている。


 アタリスも二人の準備が終わるまで……お近くの民家の屋根上で、窓から見える部屋の中の風景を愉快に見下ろしている。


 仮面をつけ、制服も着替えたところでラチェットは事務所から飛び出した。


 当然ローブは羽織りっぱなし。学生服の上にコート感覚で羽織るローブは彼を生徒としてではなくカルト教団っぽく映してしまう。

 いい加減ローブを脱いだらどうだとコーテナに迫られるが、ラチェットはそれを頑なに拒否する。

 

 その反論は数分近く続き、制限時間により諦めたコーテナは彼と共に外へ出た。

 ラチェットとコーテナは学園まで走る。アタリスはその二人を追うように屋根上を乗り継ぎ、猫のように移動する。


 王都学園。そして、ここ王都ファルザローブ。

 ……自身の事を何か分かるかもしれない。自身の知らないことをもっと知れるかもしれない。ラチェットは学園に足を踏み入れるたびに想いを募らせる。


 この世界の事も含めて……また一度、期待を込めて教室へと足を踏み入れる。



(ウゲッ……)



 しかし、入るや否や、またも注目を集めることになる。



(……ったく、慣れねぇナ。ヤッパ)

 仮面に触れ、フードを深くかぶり、ラチェットは自身の席へ向かう。

 デビュー戦に失敗し、勉強もできない不器用で不愛想、そして不気味な仮面をつけた気持ちの悪い生徒という第一印象を浮かべられたのだから、そんな目で見られても当然だろうと思うのが彼本人の見解である。


 ……うまくやっていけるだろうか。

 この世界の事。自分の事。それを調べる前にこの重圧に押しつぶされないかどうかが不安材料であった。






「……なぁ、お前」

 椅子に座った直後。誰かから声を掛けられる。



 前を向くと、三人組がこちらを見下ろしていた。



 一人は緑色のソフトモヒカンの髪型の男子学生。天然パーマか分からないが愉快に跳ねた髪。顔つきと制服の着崩れ加減で、素行の悪そうな不良学生のような印象を受ける。


 もう一人は金色の長髪、豪快に跳ねた髪が目に映える女子生徒。

 スタイルの良さが目立ち、暑苦しいのか制服は上着のジャケットを脱ぎ捨てYシャツだけ……横の男子学生とは違った活発そうな印象を受ける。


 最後の一人は見た目のイメージが悪い二人と違って大人しい少女。

 綺麗に整えられた黒い長髪。髪飾りのカンザシが風鈴のように揺れ、制服の上には”着物のような和服の上着”をジャケットの代わりに羽織っている。

 だが、その大人しめの印象を、ぬいぐるみ感覚で握っている“日本刀”らしきものが台無しにする少女。下手すれば、前者の二人よりも物騒な印象がある。


(オイオイオイ……嘘だろォ……?)


 ___こんな三人組が何の用だろうか。

 まさか、これがパシりやイビリというものなのか。

 デビュー戦を失敗し、孤立した生徒に訪れるイベントと言う奴ではなかろうか。


 ラチェットは素顔を隠すローブの中で冷や汗を流し、舌打ちをする。 

 仮面の内側で怯える目が小刻みに震え続けていた。






「昨日の件見てたぜ……お前、中々根性あるじゃねぇか!」

「……え?」

 机の上にポツンと置いてあったラチェットの右手を緑髪の男子生徒が握っては激しく降り始める。


「本当! 自分のことを顧みずに飛び出して男の子を守るなんて! カッコイイことするじゃないの!」

 金髪の女子生徒の方も空いた左手を握って激しく降り始める。


 両手を封じられ激しく振られ続けている。

 これが学園でいう不良のいじめというものなのか。思ったのと少し違うような気がするラチェットは一人置いて行かれている。



「本当です。私、感動しましたとも」

 カンザシの少女は小さく手を叩いている。



 ……いじめにしては賞賛されているような気がする。

 皮肉、嘘八百にしては演技のようには見えない。


 何が起きているのか分からない。周りからの目つきも不気味なものを見る目つきにしては何名か祝福するように輝いた目つきをしている。


 ___何事なのだ。

 これはどういうイベントなのだとラチェットは唖然としている。



「おい待テ、これは一体……」

「だから昨日のこと! 内気で陰気な駄目男だと思ったけど、やるときはやってみせたじゃない!」


 昨日の事。ラチェットは金髪の女子生徒が言った事を思い出す。


「昨日の件、噂になってるぜ? 自分の身を挺してでも少年を守り、嵐のように去っていったヒーローの学生が現れた、ってな」


 ……そこでラチェットはようやく思い出す。


 そうだ、昨日の事だ。

 大暴れしたゴーレム。そして襲われそうになった子供を庇ったあの時の事。


 ラチェットは周りの目つきの正体にも感づいた。

 嫌に集まる視線。注目を集めることが苦手なラチェットは次第に焦り始めていく。




 恥ずかしさのあまりに。



「いや、アレは誰も行かなかったら、仕方なくダナ……」

「そうであったとしても、易々と出来る事ではありませんよ。そういうの」


 黒髪の少女が手を叩きながら呟く。


「お前の事、誤解してたよ。お前の連れの言う通り、良い奴だな!」


 緑髪の男子生徒が近くの席のコーテナの方を見る。


「!」

 少年を救ったヒーロー。その噂をたった今知ったコーテナ。

「だから言ったじゃん! ラチェットは頼りになる人なのだ!」


 ___なんで、我が物顔で自慢しているんだ。お前はお母さんか。


 ラチェットはコーテナの張る胸と堂々としたドヤ顔を呆れた目で眺めている。

ここ最近感じていたハードルの正体は実はコイツなのではないかと察し始めていた。



「俺はアクセル。よろしくな」

 緑髪の男子生徒は自身を名乗り、振っていた手を小刻みに振る。


「私はロアド。同級生だから、気軽に呼び捨てでね」

 金髪の女子生徒も自身の名を語ると、握っていた手を優しく振って手放す。


「コヨイと申します。お見知りおきを」

 ガラ空きになった腕を握り、黒髪の少女もラチェットの手を両手で握っていた。


 自己紹介がてらの握手。

 三人はヒーローを前に笑顔で対応している。



「ボクはコーテナ! ラチェットの友達だよ!」

 その波に乗ってコーテナも自己紹介をする。

 三人もラチェットの友達であるコーテナへも軽く自己紹介をし始めた。



「この学園で困ってることがあったら俺たちに頼ってくれよな!」


 笑顔でラチェットの善行を祝福する三人。



「……まァ、気が向いたらナ」

 ラチェットは慌てて立ち上がると、逃げるように教室から出ていった。小声でトイレに行くと連呼していたが、その慌てぶりから嘘ではないかと周りは思っている。


「ああ、なるほど。そういう人なのね」

 何処か素直じゃない不器用さ、その上で実は若干の照れ屋。

 ラチェットがどういう人物なのかを三人は理解したようである。ひとまずは、悪い人ではないということは深く心に刻んでいた。


「シャイな奴じゃねぇの」

 アクセルも思ってたよりは可愛げのあるラチェットを可笑しく笑っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 学園の廊下。ホームルームまではまだ時間がある数分間の間、この気を紛らわせるために早歩きで散歩を続けている。


 ……やっぱりガラじゃない。

 ああいう視線は凄く苦手なようだ。何処かくすぐったくて。


「おい」


 ___あと少しだけ散歩を繰り返そうか。

 ラチェットは次第に早歩きの速度が上がっていく。彼の中での実は照れ屋な一面が加熱を続けている。


「おいって言ってるだろ!」

「!?」


 そんな矢先、後ろから誰かがラチェットの背中にしがみついてくる。

 突然の背中の重みにラチェットは姿勢を思い切り低くした。


「お前ナァ……いきなり人に飛びつく馬鹿があるカ!」


 誰が飛びついてきたか。

 こんなことを平気でしそうな奴で身に覚えのある人物。そして、二度と忘れはしないであろう生意気な喋り方に甲高い声。


 クロだ。それ以外に思いつく節が見当たらない。


「何の用ダ。何度も言うが、お前の言うことは、」

「俺は絶対に諦めないからな!?」

 

 逃がしてたまるか。

 クロは両手で首を絞め、両足は心臓を締め付けるように力を強めていく。工事現場で使われるアームのようにラチェットの体を締め上げていく


「絶対にお前に教えてもらう! 観念して私に付き合えよ、この野郎……!」

「コイッツ……勘弁しやがれ、このクソガキ!」


 クロにしがみつかれたラチェットは何としてでも振り払おうと大暴れしながら廊下の全力疾走を始めた。その姿は人間を必死に剥がそうとするロデオのバッファローの如く、必死な大暴れだったそうだ。




 何はともあれ、始まった学園生活。

 振り回されながらも、ラチェットはその一歩を踏み出した。

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