PAGE.97「クールダウンなアイツ(その2)」


 あの意味不明なオモチャ。エドワード相手に不発に終わったアイテム。

 煙の上がったロケットランチャーを投げ捨て、ラチェットは肩を幾度か鳴らす。


「……おいガキ! いい加減逃げろヨ! 死にてぇのカ!?」」

 泣き続ける子供に怒鳴りつける。


 ……そこでようやく子供は泣くのをやめる。

 周りには誰もいない。そして、目の前には怒鳴りつけてくる少年に、もがき苦しみ続ける黄土色の巨人。


 状況を把握した子供は立ち上がる。


 逃げ出した。

 状況を把握したのか、子供は泣くことすら忘れるくらいにパニックになった。人間としての生き残る本能が少年の体を無意識に動かしたのだ。



「……全くヨォ。本当に馬鹿なことをやってるヨナァ……俺」

 仮面の内側で汗が流れ続ける。この場で仮面を取りたくないがために汗を無視、とんでもないくらいに鬱陶しい湿っぽさが顔に滴る。


「……まぁイイ。出てきてしまったものは仕方ネェ。最後までやってヤル!!」


 半ばヤケクソ気味にアクロケミスのページを開いた。


 さて、どうしたものかと困り果てている。

 不意打ちでゴーレムを止めることが出来たが、結構なスピードを持つゴーレム相手にどう火力をぶち込んでやろうか。


 ロケットランチャーを撃ち込んでひとまずのダメージ。体を抉ることには成功したが、依然見たゴーレムよりも頑丈で今も尚、動き続けている。



 立ち上がる。

 ゴーレムは標的を抹消するために立ち上がる。


「さて、生きるか死ぬカ……どっちカナ」


 アクロケミスの魔導書を再び発動。


「とにかく撃ちまクレ!!」


 出せる限りの手榴弾を出し、起き上がろうとするゴーレムに爆弾の雨を降らせてやる。絶対に立ち上がらせてやるつもりはない。


 ピックの外された手榴弾が次々とゴーレムへと投げられていく。一発、また一発。ゴーレムの体に触れては大爆発。その数は軽く数えて二十を超えている。


 ___立ち上がらせるな。

 出来る限り。あわよくば倒してしまえと手榴弾を投げまくる。



「……ちっ!」

 だが、そう易々とヒーローになれれば苦労はしない。


いくら異世界であろうとも、漫画やドラマ通りに都合よく行くのなら生き残るのに苦労はしない。


 ……もうガス欠だ。

 この一瞬でアクロケミスを使った反撃は終了だ。ラチェットの中に何故かあるという魔力がすぐに底を尽きてしまったようだ。


 破壊することが出来なかったゴーレムは立ち上がり、ラチェットに狙いを定める。


「間に合うか……?」

 逃げるのが間に合うのだろうか。ラチェットは強く足を踏ん張った。




「伏せろ! 仮面のガキ!」

 後ろから聞こえた声。

 ラチェットはそれに反応し、すぐさまその場に伏せた。



 

 頭上に騎士甲冑の鉄が擦れる音が響く。


 騎士だというのに人の頭上を気にすることなく飛び越えただけに飽き足らず、その粗暴の悪い口癖。

 騎士らしさの欠片もない騎士の正体が誰なのか……ラチェットが理解するのには時間がかからなかった。


「壊れちまいな、泥人形が!」

 ラチェットの頭上を飛び越えた女性騎士は、自身の剣を一振り。

 

 大剣には“炎”が纏われていた。

 剣から放たれた炎はゴーレムへと纏わりつき、巨大な火柱となって包み込む。


 削れていく。次第にゴーレムの体は炭となり、灰となって塵になっていく。


 その一振は頑丈なゴーレムをいとも容易く崩壊させる。

 灰となったゴーレムは大空に舞う事もなく、そのまま炎と共に消えて行った。



 あっという間。ほんの一瞬。

 圧倒的魔力とその実力を見せつけた騎士はラチェットへと振り向く。



「おい、大丈夫か。仮面野郎」


 精霊騎士団の一人、サイネリア。

 よりにもよって彼は一番気に入らない騎士に助けられてしまった。


「時間稼ぎありがとな。おかげで怪我人はゼロだ」

 騒ぎを聞きつけたサイネリアは被害者が出る前にと噴水広場に直行。怪我人はゼロという結果を出すことが出来た。


「……あのゴーレムを動かした馬鹿を叱っておけヨ。おかげで死にかけタ」

「やだよ。それは学園の先公の仕事だろうが。私の管轄外だっつの」


 ……やっぱり気に入らない。

 先生に説教されるよりも、王都のトップに近い精霊騎士団から直々に説教を受ければ二度と同じようなミスを受けないくらいにはダメージを与えられると思うのに。


 サイネリアはゴーレムだけ処理をすると、その場から立ち去っていく。


「……」

 ラチェットも周りを見る。


 注目をされている。

 一同は子供を救ったヒーローを眺めている。


「……帰るカ」

 歓声なんて受けるガラじゃない。

 ラチェットはアクロケミスの魔導書片手に全力疾走。後始末すらされていない悲惨な噴水広場を後に、ラチェットはその場から嵐のように去っていった。


「あいつ」

 クロは木陰から姿を現す。

「……すごい奴、か」

 消えていくラチェットの背中をじっと眺め続けていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 誰一人として後始末をせずに、その後どうなったかなんて知ったことではなくなったゴーレムの大暴走事件から数分が経過した。

 ラチェットは死に物狂いでその現場から逃げ出し、何でも屋スカルの新しい事務所もとい、新しい住処にまで逃げ帰ってきた。


 今度ばかりは道に迷わなかった。一度通った道を覚えられぬほど、方向音痴ではないとラチェットは自身の事を信じている。


 裏路地の階段を下りた先、新たな住み家に足を踏み入れる。


「……ふぅ」

 入ってみると、そこはさっきと変わらず殺風景のモデルルーム状態。家具などは後に増やしていく感じになるのだろうか。


 この世界には電極などの技術はほとんど存在せず、魔導書という便利なアイテムですべて賄っている。魔導書は使い方次第では電池やコンピューターの代わりにもなる優れもの。

 何という便利な代物だろうか。安値で量産される理由も分かる気がする。何とエコロジーで生活費に優しいものだ。


 そう思いながら、ラチェットはリビングへと足を進めていく。


「おい小僧。帰ってきたら、ただいまの挨拶くらいはしたらどうだ」

 アタリスだ。ソファーとテーブルしかないリビングの窓際でコーヒーを口にする。


 普段の服装が何処かのお嬢様学校の制服みたいな服装だった為に分かりづらかったが、彼女は今、王都学園の制服を身に纏っている。

 普通に着こなしているその姿は相変わらず可憐でありながら、高貴である。


「お前、今日ちゃんと学園に行ってたのカ?」

「行ってたとも。必要な授業にはちゃんと出席したさ」

 その言い方、興味のない授業は出席しなかったみたいな言い方だ。


「……邪魔が入らなければ、しっぺの一つはしてやりたかったがな」

「何の話ダ」

「気にするな」


 その言葉。ラチェットは不安を覚える。

 この少女はちゃんと騎士団との約束を守っているのか。ラチェットはそればかりが不安で仕方なかった。


「そういう貴様は仮面を外したらどうだ? 学園でその姿、間違いなく浮くぞ?」

「余計なお世話ダ」


 意味こそ違うが図星を突かれた気分だ。

 心配しなくても既に浮いている。ものの見事に学園デビューは大失敗で終わってしまった。


 それを悟られる前にラチェットは上の階へと向かって行った。


「やれやれ、先が思いやられる」

 アタリスは逃げたラチェットを見て、可笑しく笑っていた。

 図星を突かれた人間がやりそうな行動100点満点のムーブを見せたラチェットの可愛らしさに腹をよじらせていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 三階には部屋が二つほどあった。

 階段の先はそのまま部屋になっていて、その先にまた別の部屋がある。


 ラチェットはどうしても奥の部屋を何とか勝ち取りたい。そう感じながら、奥の部屋へと足を踏み入れ木製のベッドに寝転がった。


 勿論、制服姿のままで。

 着替えることすら面倒臭い。仮面は近くのシェルフの上に適当に置いておいた。


「……疲れタ」

 初めての学園。そして放課後の出来事。初日から体力を使い尽くした。


 晩飯の時間まで……ラチェットは深く眠りにつくことにした。


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