PAGE.96「クールダウンなアイツ(その1)」


 特徴的なローブは脱いで、この周辺では何も珍しくない制服姿。ただし、あまりにも奇怪な仮面をつけた男子生徒がパン屋の前で呆れている。


 ラチェットだ。

 彼は一人寂しく帰ろうとしていた小さな女子生徒・クロを流し目で見つめている。


「おせぇよ! 何してたんだよ!」

 “放課後にパン屋に来てくれ。”

 一方的に約束を押し付けて帰っていった少女はこれまた理不尽にラチェットを怒鳴りつける。


「どうだっていいダロ。いろいろあったんだヨ」

 コーテナと共に新たな住み家に帰るまでの時間は数十分くらいしか立っていない。

 ……だというのに、何故クロは数時間近く待たされる結果になってしまったのか。


 理由は簡単だ。ラチェットがここに来るまでの間で迷子になったのである。


 これだけ馬鹿広い王都だ。その上、学園近くのパン屋としか聞いていなくて場所までは聞いていない。

 そのためパン屋を見つけ出すには苦戦を強いられたものだ。学園近くというキーワードを第一に学園周りを必死にウロチョロして、ついに発見したのだ。



「……来てくれたってことは、教えてくれるのか?」

 クロはカバンの中からアクロケミスの魔導書を取り出す。

 願いを聞いてくれたのか。恐る恐る、ラチェットに上目遣いで訪ねる。


「ちげぇヨ、断りに来たんだ、バカ」

「はぁ!?」

 予想外の返答にクロは驚愕する。


「待てよ! じゃあ、なんでここに来たんだよ!?」

「一方的に約束ぶっつけといて断る暇も与えなかったのはお前だろうガ!」


 有無を言わさずその場から消え去ったのが悪い。

 ずっと待たせておくのもアレだったし、それに魔法の使い方とか、それといって感覚も知識も皆無なのだから教えようがない。


 直接言って断りに行くのは当然。

 いきなり怒鳴りつけてきた少女相手にラチェットも声を上げ始める。


「なんで教えてくれないんだよ! 減るものじゃないだろ!」

「減る以前に、その減る物すら持ってないって言ってるんだヨ、このバカが!」


 小さな子供相手にラチェットもムキになってしまっている。二人の論争はヒートアップを続ける。


「バカって言う方がバカなんだよ、バーカ!」

「そういうお前はバカって三回言ったナ! 大バカ通り越して超バカだナ!」


 何処かでやったことにあるやり取りを子供相手にも。


 なんとレベルの低い喧嘩だろうか。それにラチェットの方はもうすぐ成人を迎えるというのに大人気ないというか、子供っぽいというか。


「あのー、出来れば他所の方で……」


 公共の場で声を大にしての論争。

 営業妨害以外の何物でもない。それなりの人気店なのだから、周りの都合を考えずに団栗の背比べをしている二人ともバカなのではなかろうかと店員は二人に言わせていただきたい気分だった。


「「ごめんなさい……」」

 二人ともすぐさま謝罪した。


 冷静になれば、マナーはしっかり弁える若者二人。二人とも同じタイミングで一字一句ズレることなく頭を下げた直後、ダッシュでその場から去っていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・


 二人は一度近くの噴水広場に移動することになった。

 パン屋の店員さんから冷静な忠告を受けたことで二人の論争も一時的にヒートダウン。落ち着いた状態で広場のベンチに移動する。


「……なんで教えてくれないんだよ」

 ベンチに座ったクロが聞いてくる。


「だからヨ、教える以前に実感がないって言ってるダロ」

 座っているクロに改めて、ラチェットは後ろから説明する。


「確かに俺はコイツを発動できる。でも、発動のさせ方とか全く分からないんだヨ」

「じゃあ、なんで発動できるんだ」

「だから、その……あー、なんて説明したらいいんだヨ、クソ」


 ここまで説明に困ることはない。

 ラチェット自身、勉学に関しても能力値は高い方じゃない為に自身の頭は良くないと思っている。


 だからこそ、表現の方法が見つからないことに頭を痛めている。 

 確かにアクロケミスを発動させることが出来る。でも、魔導書の仕組みとか発動の条件とかは一切分からずに使っていた為に、いざ使い方を聞かれると説明に困る。


「とにかくダ。俺はコイツの事をよく理解していネェ。レクチャーしてほしいなら先公にやってもらえばいいダロ」


 第一、生徒に聞くよりも魔導書や文明諸々に詳しいであろう先生に聞く方が一番手っ取り早いだろう。何故、よりにもよって自分に聞いてくるのかとラチェットは疑問を浮かべる。


「……くれないから」


 クロはポツリとつぶやく。


「先生は教えてくれないから……自分の実力に見合った魔導書を使えって……俺、頭は良い方じゃないから」


 アクロケミスの魔導書。

 天才でさえも解読困難と言われた最難関の魔導書を抱きしめる。


「……アクロケミスにこだわる理由があるのカ?」

 先生に駄目だと否定されてもなお、彼女はアクロケミスの発動を諦めない。先生が教えないのなら、アクロケミスの使用者に聞く。


 何故なのか。

 何故、そこまでアクロケミスにのみこだわるのだろうか。



「……これを使えるようになれば、ヒーローになる」

 魔導書を抱きしめる力が強くなる。


「ヒーローになれば……皆、俺の話を聞いてくれるはず」

 注目を集めたい。そして、話を聞いてほしい。

 彼女の目指すヒーロー像はあまりにも形がなく掴めない。少女の願い自信も目的がアヤフヤ過ぎてよくわからない。


「……ヒーロー、ねぇ」

 ラチェットは空を見上げる。


 何故だろうか。

 ラチェットはやはり……この少女の言葉には首を縦に振ることは出来そうにない。


 “教えるのが面倒。”やら“この子が気に入らない。”とかそういう理由ではない。


 ___この胸に込み上げるものは何なのか。

 

「頼む! 俺は……ヒーローにならないといけないんだ……!」


 今までの生意気な少女はいない。ただ、自身の夢を叶えるために懸命に頼む子供の姿。今までの力ない声から一変し、喉が枯れるほどに大きな声で伝授を求める。


 ラチェットはただ、その少女の頭を見下ろすだけ。

 その言葉を……彼は、イエスと言うことを何故か許せなかった。


 無言な時間。彼女は何度も少年に懇願する。


「頼む! じゃないと、俺の親父、」


 だが、彼女の言葉は……”不意な出来事”で潰されることとなる。


「!!」


 轟音。噴水広場の片隅で、大きな騒音と喚き声が聞こえる。


「……!?」

 謎の轟音に二人は視線を向ける。





 ……ラチェットは目を疑った。




 “巨人”だ。


 濁った黄土色の巨人が噴水広場の片隅で暴れている。


 あの姿は紛れもなく……ゴーレムだ。


 以前、ステラという学者が作っていた物を思い出す。しかし、彼女が作った物とは違って、目の前で暴れているのは人の形をした土の塊。誰もが想像するゴーレムそのものの姿である。


 ここは異世界だ。あんなものを作り上げる奴が多くて当然かもしれないし、召喚する者もいるかもしれない。特に珍しい風景でもないのだろう。


 ……だが、出てきた場所が問題だ。

 何故、ゴーレムなんて物騒なものが王都のど真ん中で大暴れしているのだ。ゴーレムの操縦主も近くにいる気配がない。



「何が起きたんだ!?」

「学園の生徒の作品が暴走したらしい! 調整をしくじったって!!」


 逃げていく。

 噴水広場にいた王都の住人達。魔法を使えない一般市民や、あれだけ大型のゴーレムを止めることに自身のない魔法使い達は一斉に離れていく。


 近くに騎士がいない。アレを止める輩が近くにいないからこそ、逃走する。


「おい、逃げるゾ」

 ラチェットはベンチに座るクロをつれて、遠くの木陰へと身を隠す。


 ……大暴れするゴーレムの様子を伺う。


 これだけの騒ぎだ。あの巨人は数分足らずで駆け付けるであろう騎士団やら特立エージェントやらがぶっ倒してくれるはずだ。

 

 この街の平和は今日も守られた。王都の戦士たちの手によって……なんて軽いノリでしめてくれるであろう強さを持つ奴らだ。容易であるはず。


 ……ここは街の平和を守る集団に任せるとしよう。

 隙を見て、クロと一緒に噴水広場から離れる手筋をラチェットは立てておく。



「おい、待てよ」

 大暴れするゴーレムがいる噴水広場。


 クロはそこから視界を外そうとしない。


「子供がいる……!」


 噴水広場の真ん中。

 大泣きする小さな男の子が座ったまま立ち上がろうとしない光景が。


 ……逃げ遅れたのか。

 両親とはぐれたのか、もしくは逃げる途中に転んで怪我をしてしまったのか。


 ゴーレムがそこまで迫っているというのに……必死に泣き喚くことだけで逃げ出そうとしない。


「おい、助けなくていいのか……!?」


 そんな少年の事を……遠目から眺める生徒や大人達。

 誰一人として、あの少年を助けに行こうとしない。


「駄目だ……あいつ、死んじまうぞ!?」


 クロは叫ぶ。


 ゴーレムは大泣きする子供に反応する。意識が暴走しているゴーレムにとって、その泣き声は耳障りな獣の喚き声にしか聞こえない。

 

 不協和音に反応を示したゴーレム。

 子供一人押しつぶすには充分すぎる剛腕をハンマーの如く振り下ろした。




 ……クロは思わず目を閉じる。


 見たくない。

 子供がミンチになるところなんて見たくない。

 

 

 そんな彼女の願いなど聞き届けることもなく、再び耳障りな轟音が噴水広場に響き渡った。




 ……クロはそっと目を開ける。

 



 倒れている。




 “巨大なゴーレムが倒れ、近くにあったベンチを叩き潰している”。



 子供は潰されていない。

 今もまだ、必死に泣き喚き続けている。


「えっ……!?」

 何が起きたのか。

 ゴーレムが暴走のあまり自身の制御すら出来ずにズッコケたというのだろうか。


 ただ、その割には……ゴーレムの体に大きな傷がついている。

 腹部が大きく抉れている。それにコケた割にはゴーレムは不規則な動きをしながら苦しんでいるように見える。まるで誰かから奇襲を受けたかのように。



「!!」

 クロは気が付いた。



「……全く、馬鹿なことしたゾ」

 子供の前に、しゃがみ込む人影がある。


「二つ言わせロ。まず一つ。子供相手になんてことをしようとしてんダカ……それともう一つ」

 二本指を立て、その人物は無機質な人形へ告げる。


「子供になんてもの見せようとしてるんだかナ……!!」


 ラチェットだ。

 アクロケミスの書。そして、エドワード相手に使った、謎のアイテムを手に、彼は立ち上がった。

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