PAGE.95「新たな舞台」


 人生において初の入学、そして登校。

 授業にホームルームに放課後など様々……慣れないこともあって、二人はそれぞれ違う空気を感じながら帰宅する。


「楽しかった~! 明日も楽しみだよ!」


 初めての同年代との会話。そして、授業においての魔法研究。叶わないと思っていた夢が充実していた。

 コーテナは笑みを浮かべながら、放課後の帰宅路を爛漫に歩いている。


「ああ、そうだナ……」

 しかし、明らかにデビュー戦を失敗したラチェットはそれとは逆にドンよりとしていた。


 失敗した。まず、自己紹介から何まで失敗した。

 さらにそこから変に注目される目線が気になって授業に集中しづらく、変な失態を何度も犯したような気がする。


 気が狂った。調子もいつもように気楽になりづらかったラチェットはいつも以上に疲れていた。


「想像以上だナ……学校というのハ」

 ___これが学校というものか。

 ここまで難しいものとは……漫画やドラマ、学園という世界は想像以上に難しい。ラチェットは思い知らされた現実を前に肩を落とす。



「明日も魔法の実習があるみたいだね」

「……ああ、そうなのカァ」

 少し精神的にきつい。表情から彼の気持ちを読み取れるようだった。


「……大丈夫だよ!」

 コーテナは両手をぐっとラチェットに向ける。


「今日は負けちゃったけど、次は大丈夫! ボクも応援するから!」

 彼女からのエールであった。

 

「それに勉強も付き合うよ! この世界の言葉も全部教えてあげるから! 学んだ数だけ強くなるんだから! だから一緒に頑張ろう! そして今度は、アイツを見返してやるんだ!」

 コーテナは拳をシャドーボクシングのように振りまくる。

「ポジティブなもんだナ……」

 その有り余るエネルギーとポジティブに物事を進められる精神を分けてもらいたいくらい。疲れ果てたラチェットは呆れ気味に溜息を吐いてしまう。


「……ラチェットのおかげだよ」

 コーテナはラチェットの顔を覗き込む。

「こうやって、夢に対して、諦めないようになれたのはね」

 元気そうに笑みを浮かべ、彼女は自身の肩をラチェットの肩に強くぶつけてくる。

 ハイタッチ代わりのスキンシップという事だろうか。


「おかげ……」

 “諦めない様になれたのは自分のおかげ”。

 ラチェットはその言葉に立ち止まっていた。

「諦めないように、か」

 諦めてほしくない。まだ未来はあるかもしれない。


 ___チャンスも何もなかった。諦めるしかなかった。

 ___君にまだ、チャンスがあるのなら……自分のようにならないでほしい。


 心の中で無意識にラチェットが願っていたことだった。

 

「……へっ」

 ラチェットは自然と口が緩む。何故か知らないが、何か報われたような気がして。

 無意識に笑みを浮かべかけていた。


「そういえば、授業が全部終わったら、ここに向かうように言われたけど……何かあるのかな?」

 メモ帳片手にコーテナは頭を小指でつつく。


 スカルから貰ったメモには、『終わり次第この場所に向かってほしい』と伝言を寄越していた。


 何かあるのだろうか。王都での何でも屋初仕事の手伝いをしてほしいとか。

 今日はいろいろ疲れたから宿屋のベッドで一休みしたいもの……と思っていただけにラチェットは肩をガックリと落とす。


「えっと、こっちか」

 コーテナはメモ通りに進んでいく。


 まず、学園からの帰宅路から離れたこの場所。商店街の坂道を登っていく途中で表通りを抜けた裏路地に入る。裏路地に入ると階段があるのでそれを下に降りていく。

 メモの命令通り、太陽の日差しが見えてはいるものの、影のせいで薄暗い裏路地の階段を怪しみながらも下っていく。


 ……変な薬の調達の仕事とか受けているんじゃなかろうかと不安を覚えながら。

 その不安で……身構えていた体。そのおかげで体は少し敏感になっていたのか。



「「……?」」


 音が聞こえる。

 二人の耳に……耳が破裂するような轟音が通り過ぎる。


「「!?」」

 その音は下の方から聞こえてきた。嫌な予感がしたラチェットとコーテナは早足で不規則な段差の階段を下っていく。


「なんだ!?」

 階段を下り終えると、その爆音の正体が判明する



「ぎゃぁああ!! 俺のバギーの頭がァアアッ!?」

 階段を下りた先には一つの民家があった。


 三階建て。一階には商店街の表通りにつながる車庫がある。

 二人が下った道では一階の車庫には向かえない。階段は途中で終わっていて、その終着地点のすぐ真横には“二階から民家へ入るための入り口”がある。


 途中で終わっている階段。柵で塞がっている高台から下の車庫を二人は見下ろす。


 

「なんてこったぁ……」

 その古ぼけた車庫には、収納に失敗したバギーが豪快に壁に突っ込んでいる。


 叫んだスカルの言う車の頭とは恐らくボンネットのことだろう。修理されたはずのバギーのボンネットが見事に凹んでいた。


「せっかく治してもらったのに……ぐぐぐ」

 この修理は流石に自己責任のために自費での支払いになる。

 また早速、余計な出費で資金がごっそり持っていかれるなと肩を落としていた。


「おーい、スカル~」

 上の柵から身を乗り出すようにコーテナが手を振る。


「おお、帰ってきたか!」

 二人の帰宅にスカルも下から手を振ってくれる。


「ねぇ~、ここは何~?」

 二人が着いた先は“使用されていない民家”である。

 ドアを開けてみると、中には家具も何も一切ない、すっからかんの部屋。


「おお、王都で仕事をしたいって騎士団と話したろ? そしたら、使われていない場所があるからそこを仕事場にしていいって言われてな!」

 ……何という事だろうか。随分と大盤振る舞いだ。


「今日からここが何でも屋スカルの事務所ってことさ!」


 まさか仕事場から寝床まで貰えるとは……

 学園への入学の簡易許可、そして仕事場までの提供。


 

 ……ラチェットは怪しむ。

 気を遣うにしても、何から何まで環境を与え過ぎじゃないかと考え始めていた。


「ラチェット! 入ってみようよ!」

 しかし、その不安を考える間もなく、ラチェットはコーテナに手を引かれる形で何でも屋スカル新事務所へと引きずり込まれてしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 家に入ってみると、それなりに広い部屋ではあった。

 しかし、長い間使われていないせいか古ぼけた個所が何個かある。蜘蛛の巣とか壁の穴など、人が住むには最悪な箇所はさすがに処理されているようではある。


 だが設備はしっかりと整っている。

 スカルが自費で購入したソファーにコーテナは深く背もたれている。


「幸せ~……」

 本当に幸せそうな顔だ。

 その間抜け面、こちらも気が抜けそうだとラチェットは呆れていた。


 ベッドは騎士団側から人数分用意してくれたようである。寝床があるのなら今日は横になっておこうかと考えていた。


「……」

 しかし、その前にラチェットは思い出す。

「ちょっと出かけてクル」

 コーテナに伝言を残す。


「ん?」

 しかし、彼女から返事が返ってこない。

「……寝てやがル」 

 ソファーに腰かけてそのまま眠ってしまったようだ。制服を着替える間もなく、さっきまでの間抜け面のままで。


 ラチェットは軽くコーテナのおでこを人差し指でつつく。

 間抜け面にちょっかいを出してから、ラチェットはある場所へと向かっていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 学園近く。そこには美味しいパン屋があるという。

 昼食の時間になれば、そこの焼きたてのパンをめぐって大戦争が起きると評判。放課後のこの時間も、美味しいパンを食べたいがために下校中の生徒が立ち寄ることが多い。


 そんなパン屋の前で、一人小さな少女がずっと誰かを待っている。


 クロだ。あの生意気な少女がまだかまだかと待っている。


「……ちっ」

 数時間以上待っていたのか、小さな舌打ちをする。

 深いため息も吐く。その顔は非常に残念そうな顔であった。



「やっぱ、来ねぇよな……」

 クロはその場から去ろうとした。



「おい」

 声がした。

 クロはかけられた声に反応し、慌てて振り返る。


「約束を一方的にしておいて、お前は何処に行く気ダ」


 ……ラチェットだ。

 不愛想な少年が口を歪ませながら、残念そうな表情を浮かべる少女の顔を呆れ眺めていた。

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