PAGE.92「魔法使いたちの学び舎」
ロケットランチャー発射。
手加減なし。人間一人吹っ飛ばす砲弾がエドワードへと飛んでいく。
「……くだらんなッ!」
届かない。ロケットランチャーの砲弾は彼の目の前で静止する。
結界だ。透明なバリアだ。
エドワードは即座に魔導書を持ち替えて、防御結界を発生させていた。ロケットランチャーは彼に触れる前に不発……。
「これで全力とは、蛆にも及ばんなッ!!」
……かと思いきや、よりにもよって“反射”。
ロケットランチャーの弾がラチェットの足元向かって突っ込んでいく。
「……っ!!」
巨大な火柱が巻き起こる。
その場にいた生徒たち。想像桁違いの爆風に姿勢を崩す者が多数であった。
再び煙が引いていく。
「……がくっ」
屍のように倒れているラチェットの風景パートⅡ。ものの見事に数秒ぶり。あっという間にデジャヴ。
さっきと場所が一ミリもズレていない位置で全く同じポーズでうつ伏せに倒れている。ダイイングメッセージには“野郎”の文字が追加されていた。
……やっぱりダメか。
大どんでん返しがあるのではと思った生徒たちはこれまたガックリと肩を落としてしまった。
「奇怪な武器を使うものだが、大した脅威にもならなかったな」
魔法使いとしての実力を思い知らせた事を悟るとエドワードは魔導書を閉じる。
彼はそれに満足したのか分からない。戦った相手であるラチェットに手を差し伸べることもなくその場を去っていく。
……随分と勝手な理不尽だ。
ラチェットは倒されてはいるものの意識はある。しかし、現在立ち上がる事は、理性が吹っ飛んでいたあの状態であっても不可能であろう。
ガス欠&ダメージ損傷甚大。戦闘続行不可能とはこの事。
疲れ切った体を叩き起こす事さえも面倒になってしまった。
「ラチェット! 大丈夫!?」
コーテナは倒れているラチェットの元へ駆け寄ろうとした。
「大丈夫か」
しかし、それよりも先に。
天才との決闘に正面から挑んだ勇気ある(?)生徒へと手を伸ばす人影が一つ。
「ん……?」
ラチェットは静かに顔を上げる。
「怪我、はしてるな。多少」
そこにいたのは……不思議な雰囲気を見せる少女。
あのエドワードとも全く違う、並みならぬオーラを放つ女子生徒がそこにいた。
太陽を背に手を伸ばすその姿、ラチェットの瞳の奥を覗き込もうとしているのは、底の見えぬ深淵に溢れた瞳。無機質でありながらも存在感を醸し出すは黒みを帯びた深紅の長髪。
星空をそのまま閉じ込めたような瞳にラチェットは吸い込まれそうになる。
それは天使というよりは可憐な雰囲気は一切なく、愛らしさすらも感じない。
まるで女神だ。その姿には包容力こそないが神々しさを感じる。
戦場に舞い降りた神。慈愛の神とかそういうものではなく、まるで”戦場を駆け抜ける戦処女”を思わせる戦神のような少女がそこにいた。
「あ、ああ……」
ラチェットはその手を握らずに静かに体を起こす。
不思議だ。さっきまで動くことすら困難なはずだったのに……この女子生徒の瞳を見た途端に体が昂った。体に何かスイッチが入ったような感覚があった。
「そうか」
女神はラチェットから目を離す。
(!?)
体に迸った熱意と緊張感が一気に引っ込んだ。
彼女に背を向けられた途端に、ラチェットの体は再び悲鳴を上げ始めていた。倒れるほどではないが、その痛みを正直に口に出してしまいたくなるほどに。
「いやぁ、よかったよかった。大きな怪我がなくて何よりだよ」
トンと何者かに背中を叩かれる。
「!?」
ただでさえ痛みを帯びてる体。不意打ちで体を叩かれたことにラチェットは鳥肌を立てる。あまりの痛さと驚愕に。
「おっと、すまない。怪我をしてるんだったね」
彼の背中を小突いたのは、空のように真っ青な髪を靡かせる女子生徒。
あの戦処女のような生徒とは真逆の雰囲気。その妙な包容力にほっとラチェットの体へ安らぎが芽生える。
「……エドワード。新入りに対して、その仕打ちはあまりにも無礼じゃない?」
青髪の女子生徒はエドワードへと軽快でありながら辛辣な言葉をぶつける。
「コーネリウスに一理あるぞ。エドワード」
女神の少女も背を向けたまま謝罪一つ向けようとしないエドワードに苦言する。
オーラ。二人から漂う何か。背中から感じるこの波動にラチェットは圧倒される。
___何なのだ。この体の震えは何なのだ。
その感覚は、ラチェットの体に恐怖とは違う身震いを起こさせた。
「……コーネリウス」
その名が、この青髪の女子生徒の名前。
魔法使いエドワードはその名をポツリと口から漏らす。
「俺はこの学園の本質を叩きこんだまでだ。蛆のように集るだけしか出来ない能無しは来るべきではないと叩きこんだまで……俺は証明しただけだ」
コーネリウスの隣。女神の少女へとエドワードは視線を向ける。
敵意。女神の少女は紛れもなくエドワードを睨みつけている。
「……フェイトっ」
エドワードは残念そうに去っていく。
まだ授業の途中。興が削がれたのか、その背中にはさっきまでの彼とは考えられない虚無感が背中から見え隠れしていた。
(あのヤロウ……!!)
アクロケミスの魔導書片手に酷く歯ぎしりを起こすラチェット。
___ムカついた。徹底的にムカついた。
彼は自身で言い放った言葉を訂正するつもりはない。むしろ、その言葉は本質であると言い切ってその場を去って行ったのだ。
「はい、落ち着いて落ち着いて」
ところが、彼の中で途端に芽生えていた憤りは幽体離脱でもしたかのように体から吹き飛んでいく。
まただ、また小突かれた。
コーネリウスと呼ばれた女子生徒は微笑みながらラチェットの怒りを抑える。
「ごめんね。彼は真面目なところがあって、それ故にあんな言葉を吐いちゃって……私から注意はしておくよ。本当に悪かったね」
エドワードの無礼を肩代わりするかのようにコーネリウスは頭を下げた。
「怪我が酷かったら医療室にでも連れていくけど、大丈夫かい?」
「いや、大丈夫ダ……問題ない」
痛みは自然と引いてきた。この二人組の謎の雰囲気のおかげで。
怒りはまだ引っ込みそうにないが……本人がそこにいないのでは、馬鹿みたいに喚いても何の意味もない。虚しいだけだ。
無関係のこの二人に泥をぶつけるつもりはない。
「……私からも強く言っておく」
フェイトはその場で深く頭を下げた。
「では、失礼する」
「またね」
フェイトとコーネリウス。
謎の二人は優雅にエドワードのあとを追って行った。
静けさが宿る。
何かから解き放たれたような。そんな肌寒さがラチェットの体を襲う。
「学園トップのフェイトに、ナンバーツーのコーネリウス……やっぱ近くで見ると、迫力が違うなぁ……!」
あの波動を感じていたのはラチェットだけではない。その場にいた全員があの少女たちのオーラに怯んでいた。
学園のナンバーワンにナンバーツー。
それだけの強者。それを耳にすれば……あのオーラも自然と納得がいく。
「しかし、あっさり負けちゃったな。あいつ」
陰口が聞こえてくる。ものの数秒の敗北を笑う声がラチェットの耳に響く。
……反論できる余地はない。彼は負けたのだ。
何よりもう彼には反論できるほどの元気もない。手加減をされたとはいえ、ここまでやる必要はないだろうと叫びたくなる洗礼を受けたのだ。最早体力の限界だった。
「態度もよくない上に魔法の実力も低い……大したことない?」
「そんなことはない!」
ラチェットの悪口を誰かが言いかけた途端……啖呵を切ってコーテナが叫ぶ。
「ラチェットの事を馬鹿にしたら、許さないから!」
コーテナは疲れ切っているラチェットの方へ向かっていく。
「……」
その直前、彼女は一度足を止めた。
「確かに負けちゃったけど、ボクは……嬉しかったよ」
それだけ言い残し、コーテナは疲労の溜まったラチェットの元へと向かった。
「ゴメンね……ボクのことでまた」
「気にすんナ……お前は何も気にするナ、いつつっ」
「気にするよ! ほら、医療室へ行こう!」
フラついたラチェットを支え、コーテナは彼と共に会場を離れていった。
あのラチェットという男にどのような魅力があるというのか……その場にいた生徒全員が、怪しい変人でしかない彼に期待を寄せることはなかった。
この現地点で……。
ラチェットに魅力を感じることなど、確実に“あり得ない話”であった。
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