PAGE.91「学園のジーニアス」


 ___何故に何故だ何故なのか。

 転校初日、御曹司みたいなお坊ちゃまさんに魔法の自習演習に付き合ってくれと言われたではないか。


 ラチェットは内心焦り始める。

 使える魔法はアクロケミス一択のみ。しかも、ありとあらゆるマジックアイテムや古代兵器を生み出せるという本来の力は何一つ発揮できない状態。


___この世界の文字も読めないペーペーに喧嘩を売る馬鹿が何処におりますか。

 

「いや、待テ。なんでいきなりそんなこと」

「……逃げるのか? それとも、戦うほどではないという僕への余裕か?」

 しかし、御曹司の男子生徒は引き下がらない。

 

「いや、そのどちらでも」

「まあいい。前者であるのなら、とんだ恥さらしだな。この学園の生徒なるものが魔法使いとして誇り一つ持たぬなど、お笑いものだ」


 ___いや、魔法使いの誇りなんて持っていませんけど。


 自分勝手に話を進める御曹司っぽい男。

 ラチェットは苛立ち始める。突然声をかけてきて、侮辱の羅列を並べられるだけという理不尽な状況に、練習してきた営業スマイルが崩れそうだった。


「まあいい。何の取柄もない男と相手をしてもつまらない」

「……ケッ! ああ、そうかヨ。やりゃぁ満足なのかヨ?」


 ___ちょっと一発ぶん殴りたくなった。

 いくら金持ちだからといって何言っても許されるなよとラチェットは喧嘩に乗ってしまった。


「……そう来なくてはな」


 眼鏡の魔法使いは多少嬉しそうにラチェットを眺める。

 飛び散る火花。二人の男子が闘志を向け合う。




「ほうほう」

 その様子を”遠くの高台”から眺める少女の姿が一人。

 アタリスだ。関係者以外立ち入り禁止の場所で面白そうに演習場を眺めている。

「……口だけ、ではなさそうだな」

 ニヤリと緩む頬。

 この後の展開がどうなるかとアタリスは愉快に笑った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 演習場のステージにて二人の生徒が並ぶ。

 一人は御曹司の生徒。もう一人はラチェット。


 二人はそれぞれ、魔導書を手に取っている。

 模擬演習のルールは“魔導書による魔法のみ”の戦闘実習である。


 変に注目が集まる。

 御曹司っぽい男、そして決闘前だというのに仮面を頑なに外そうとしない謎の転校生ラチェット。思いがけぬカードに一同の視線が集まった。


「おいおい、まさか早速、天才に喧嘩売られるなんて……」

「あの入学生大丈夫なのか?」


 何人かの生徒も、その試合をほぼ出来レースとして考えている。


「“エドワード”。学園が誇る秀才の一人……彼との実習で勝てる生徒はほとんどいないというのに……喧嘩を買ってしまうなんて」


 エドワード。ラチェットに喧嘩を売った生徒の名前。


 彼は学園でも指折りの天才らしく、その名を知らないものは少ないという。

 魔導書のエキスパートと言われており、普通の魔法使いは魔導書による魔法を三・四種類近く習得することが出来れば秀才手前だと言われているが……


 この男、何と使える魔導書の数は“合計七冊”。


 その数は秀才の証明。桁違いの頭の回転力に脳の保存容量と柔軟性。自他ともに認める魔導書使いのスペシャリストである。


 そんな秀才相手の喧嘩に挑んだ謎の転校生。

 無理にも程がある戦いに挑むなんてどれだけの命知らずなのかと視線を向ける。


「心配いらない! ラチェットはそう簡単には負けないよ!」

 しかし、その四面楚歌の状態でもコーテナは彼のフォローを入れる。

 唯一の味方。ということだろうか。


「……その魔導書。アクロケミスか」

 エドワードはラチェットが手に取る魔導書を見て、何やら反応を見せた。


「アクロケミスは魔導書の中でも解読の難易度が高く、習得するのには生半可の実力では不可能と言われている。自分もアクロケミスの解読・発動に挑戦しているが、成功した試しは一度もない」


 アクロケミスは魔導書の中でも最難関の一つと言われている。

 その事実は魔法研究を行う生徒の大半が知っており、アクロケミスの魔導書の凄さを知る生徒達は、ラチェットに対してのざわめきが起こり始める。


「……生半可、ではないということか」


 アクロケミスの魔導書を使える魔法使い。学園の天才すら解読不能の魔導書。

 実はあの仮面の生徒は並程度の天才ではなく、エドワードを越える天才の可能性があるのではと噂する者まで現れた。


 注目が集まる。次第に戦慄が走っていた。


「それでは、演習はじめ!」

 審判を任された生徒が大きく伝令を上げる。

 ゴングは慣らされた。互いに魔導書のページを開き、魔法の発動を開始する。


(行くゾ……!)

 魔導書を開くことに意味はない。ただポーズを取ってみただけである。余計な手間を取りつつもラチェットはアクロケミス発動のために夢想する。

 奴を倒すためにはどのような武器が必要か……一瞬でかたづけるために特大の火力をぶつけるか、マシンガンで牽制をしつつ戦うか。どの方法も捨てがたいが入念に脳内会議をまとめていく。


「よし、決めタ!」

 夢想終了。ラチェットは目を見開いた。






 ……瞬間、ラチェットの目の前に巨大な火の玉が。


「へ?」

 炎を帯びた岩。それがたった一つかと思いきや。

 数十発。次々とサッカーボールサイズの小隕石が空から降ってくる。


「あがががっ!?」

 あっという間にラチェットは隕石の群れに飲み込まれた。

 ……襲い掛かるのは“小隕石の雨”という天変地異レベルの異常気象だけではない。


「これで終わると思うな!」

 燃煙巻き起こる戦場に、エドワードは続いて“電流”を発射する。

「熱線で焼き消えろ!!」

 直線的に飛んでくるメテオの雨の続きはサンダーボルト。電流は砕け散ったマグマ石に触れると熱を一気に上昇させ、マグマ石を膨張させ次々と爆散させる。


 耳が破裂するような破壊音の後に、マグマ石が破裂し吹き飛んでいく音が打ち上げ花火のように響き渡る。



 ……一方的の魔法のラッシュが終了する。

 静かに焦煙がステージから遠ざかっていく。


「……」

 魔導書を抱えたまま、ラチェットはその場でうつ伏せの大往生。

 何かさせてもらう前に終わってしまった。圧倒的な数に対抗の手段が思い浮かぶ前に一斉砲火を食らってゲームーバーになってしまった。


 ピクリとも動かない。強いて何かしてるといえば、地面にダイイングメッセージとして“クソメガネ”とカタカナで書いていることくらいだろうか。


 ……ひとまず、気絶する程度でエドワードは加減はしていたようだ。

 完璧な負け。ラチェットの完全敗北はあっという間に確定した。



「あっはっは!」

 ものの見事に大惨敗。”高台”から眺めているアタリスは腹を抱えて大笑い。



「えぇー……」

 生徒達は“アクロケミスを使う魔法使い”と聞いていただけに、ラチェットに期待していた事がすごく馬鹿らしく思ってしまった。

 天才相手に一矢報いるかもしれない。そんなドラマを作ってしまうのではと心を躍らせる者もいたが物の数秒で幻想に終わってしまった。


 発動する間もなくリンチ。

 これには思わず生徒達も唖然。意外に出来る生徒かと思いきや、とんだ期待外れであった。


「この程度か」

 魔導書を閉じたエドワードは倒れたラチェットに声をかける。

「学園長の推薦というからにはどれほどのものかと思ったが……無能も甚だしい!」

 怒りを剥き出しにし怒鳴りつけてくる。


「どのようなパイプを使って学園長の推薦を手に入れたのかは知らん……だが、ここまで侮辱された気分になったのは初めてだ! 大して能もないくせにズルをしてこの学園に近づいたことを恥知らずだと思え! この低能が!!」


 “無能”“恥知らず”“低能”


 その言葉。それこそ侮辱のオンパレード。

 鞭を追い打ちでぶつけるような発言を次々とぶつけられる。


「……この程度の実力、同じく推薦を受けたあの女も低能なのだろうな」

「!」

 エドワードの攻撃の矛先が変わった。


「これだけの無能、恥知らず。あの女もああ見えて、さぞ姑息で無能に違いない。そんな奴はこの学園に来るべきではないんだよ……“半魔族”だしな。育ちが伺える」

 決めつけ。そして“差別”の呟き。いくら半魔族に対して寛容な王都であろうと、やはり差別する者は多数存在する。


「……っ!!」

 “半魔族は来るな。”

 その言葉にコーテナの体が震え始める。


「……さっきから」

 その瞬間。屍のように動かなかったラチェットの体が揺れる。

「黙って聞いてレバ……!」

 完全にキレた。鬼のような血相を見せてラチェットは起き上がる。

 

 彼は自分の事を馬鹿にされるのはまだ別に構わなかった。

 だが、コーテナは別だ。友人まで決めつけで馬鹿にされただけでなく、自分勝手なルールまで押し付け差別した。これほどない最悪の侮辱だ。


「……好き勝手なんだよッ!」

 アクロケミスを発動。

 ラチェットの片手にはロケットランチャーが具現する。即座に姿勢を整え、強力な爆弾丸の銃口をエドワードへと向ける。


 向けられる銃口。殺気がフルセットで乗せられる。


 見たことのない武器の具現。黙り込んでいた生徒達が一斉に困惑する。


「待ってラチェット! ボクは大丈夫だから! 落ち着、」

「この野郎ガッ!!」


 ロケットランチャー発射。

 手加減なし……人間一人吹っ飛ばす砲弾がエドワードへと飛んでいった。

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