PAGE.90「遅れてきた青春歌(後編)」

 朝の自己紹介。緊張に緊張を重ねたホームルームが終わり、最初の授業。

 それは魔法の実習授業だった。ラチェットはコーテナと共に一緒に実習会場へと向かうことに。


 ラチェットにコーテナ、そして彼ら以外の生徒達も筆記用具やノートなどを手に持ち、自身の魔法に魔衝を発動させるために必要な魔導書やマジックアイテムを手に取って早足で会場に向かう。


 ___自分たちは本当に学園にいるようだ。

 そうラチェットは物思いに耽っている。改めて、学園という場所に足を踏み入れたことに仄かな喜びを浮かべている。


 諦めていた世界であったが故に、彼はまだ夢ではないかと疑ってすらもいた。



「そういえばアタリスは何をしてるのかな?」

 ……彼女の願い。それはアタリスも入学させてほしいという願いであった。


 ラチェットとコーテナの入学はそれこそスムーズにOKこそ出たが、アタリスに関してはファルザローブ王と騎士団に相談をさせてほしいと返事を待つことに。

 やはり、ヴラッドの娘ということもあり、ばれれば在学生達を怖がらせる危険性がある。迂闊には許可を出せる状況ではなかったのだ。


 入念な会議を行った上で、“ヴラッドの娘であることを隠しておく”という条件で入学を許されることになった。


 アタリス自体は入学出来ても出来なくてもどちらでもいいと口にしていた。

 贅沢を言えば、“友と送る学生生活も中々粋なものかもしれない”と、可能であればOKの返事が欲しいと遠回しにねだってもいた。


 アタリスはラチェット達とは別のクラスに属している。

 向こうは何をしているのだろうかとラチェットとコーテナは少し不安に思っていた。それぞれ別のベクトルで。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 王都学園外。

 近くの喫茶店にて、紅茶を嗜む生徒が一人。


「ふむ、悪くない」

 アタリスであった。

 彼女は難なく入学できた。クラスの生徒達にもしっかりと自己紹介を終え、エーデルワイスの約束通り、自身がヴラッドの娘であるということも隠しておいた。


 何の問題もなかったのである。

 しかし、彼女は授業に参加することなく、喫茶店で紅茶を嗜んでいた。


「一日目から堂々とサボリですか?」

 そんな彼女の後ろの席に、一人の青年騎士が腰かける。


「授業の参加は自由と聞いたのでな。面白いものが見れると思ったものだけ参加するつもりさ」

 授業をサボるアタリス。在学生の視線から逃れるためにここへ来たようだ。

 興味のない人間にはとことん相手をしない。彼女からすれば、ネズミに群がられているような気分だったので、そのホトボリが冷めるまでは授業の参加は控えるようである。


「そういう貴様はサボりか?」

「まさか、立派な仕事ですよ」

 アタリスの後ろで振り返ることなく店員に紅茶を注文する青年騎士。


 ……精霊騎士団の一人・フリジオだ。

 


「だろうな。私の監視と言ったところか」

「ご察しがいい」

 騎士団長もさすがに慎重にはなる。

 かつて人類の脅威となりかけた半魔族の男の愛娘。野放しにするわけにもいかないというのが、この王都を束ねる者の一人として当然の責務なのである。


 ……というよりも、この男自身が執拗に立候補しただけの可能性もある。


「あなたが怪しい真似をすれば私がすぐさま処理いたします。これは僕が強く願ってる事ですので」

「偉い崇拝心だ。そこまで狂った誇りも珍しい」

 紅茶を飲みつつ、青年の呆れた根性に息を吐くアタリス。


「あなたが言いますか。それ」

 青年も笑みを浮かべながら、注文した紅茶をすする。


「それもそうか! あっはっは!」

 しばらくの暇つぶしの相手は見つかったことにアタリスは愉快そうに笑っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


 魔法の実習授業の会場へと到着したラチェットとコーテナ。

 会場には数人の教師達。チュートリアルがてらに教師の長い講義が終了すると、今度はそれぞれ希望の教師の下へと移動し、実習授業へと入っていく。


 初めての講義。そして実習。コーテナは数多くの魔導書と生徒に囲まれながら授業を楽しんでいた。

 やはり人懐っこい性格で人当たりも良いだけあって一瞬で人気者になった。彼女自身の魔衝は使用箇所が限られるものの、実力はある方だ。


 向こうは向こうで上手くやっている。ラチェットはホッとした表情を浮かべた。


 ……というわけで、ぼっちの自分はどうするかとラチェットは魔導書を眺める。

 どのみち、彼の使える魔術は一つだけ。そのアクロケミスを使って玩具同然の道具しか出せない。試しに魔導書でも読んでみて他の魔法が使えるか勉強してみるのもいいが……まず、魔導書の文字が読めないのだから、実習のしようがない。


 魔導書の翻訳係になってくれそうな相棒は御覧の通り引っ張りだこ。

 実習授業の会場であるグラウンドの隅っこでラチェットは頭を搔き乱していた。



「……ちょっといいか」

 そんなラチェットの元に、一人の生徒が話しかけてくる。


「君が、学園長の推薦により入学した生徒か?」


 ___推薦?

 表現の仕方は違うと思うが、エーデルワイスの計らいによって入学したのは事実ではある。


「まあ、おそらくそうだ」

「そうか、ならばよかった」

 黒い七三分けの髪型。何処となく古風なブランドの眼鏡の男。

 ラチェットと同い年くらい。良いとこ育ちの御曹司みたいな男子生徒が魔導書を手に取った。


「すまないが、自分と模擬演習をしてくれないか?」


 模擬演習。

 それはおそらく、魔法のぶつけ合いにより勝敗を決める決闘のようなもの。漫画でよく見かけたことがある。


「……は?」

 なんともまあ一日目からハードルの高い事か。


 ラチェットは深く口を開けた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 喫茶店ではアタリスとフリジオの二人が黙々と紅茶を飲んでいる。

 フリジオは無言を誤魔化す為に王都のニュースペーパーを読んでいる。ラチェット達を追い回した一件に関しては多少の誤魔化しが入っており、サイネリアによる自称王都兵団の捕縛を大々的に取り上げることで隠れ蓑となっていた。


 ニュースペーパーというものは面白い。

 どのような改竄が入るのか。記者達の想像力を楽しめるからだ。


「むっ」

 微かに感じた気配。フリジオは振り返る事もなくニュースペーパーを畳む。

「……見つけたみたいですね。貴方の言う”面白そうな舞台”とやらを」

 そっと立ち上がるとフリジオは店員を呼ぶ。


「……ふむ、やはりマナーは心得ているようですね」

 振り向いた先。アタリスが座っていたその席には……彼女が飲んだ紅茶の代金がティーカップの下に挟まれていた。

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