PAGE.88「掲げろピースサイン(後編)」
緊急召集が終わり、サイネリアは体をほぐすため王都の街を散歩することにした。
内容は“事件解決に動くにしても人員の選抜をもっと丁寧にやれ”というサイネリアに対しての説教が主であった。
__精霊騎士団は王都のエージェントなどを自由に動かせる資格がある。
__プラタナスとイベルに関してはサイネリアの立場的な意味で話を聞いてくれた。
クレマーティの言う通り、現在、王都の街の外では魔物の大量発生が頻繁に起きている。その波は何れ王都に来てもおかしくはなく、王都のエージェントの数名も問題の解決に動くため、結構な戦力が王都から離れている。
ただでさえ貴重な戦力。今回は王都内部での活動だったからよかったものの、王都の外となったら話は変わっている。
今後、戦力の選抜は慎重に行うようにと釘を刺されていた。少なくとも、今回のような、“しょうもない事件”に対して、エージェントや精霊騎士団を使うなと。
「……まぁ、熱くなり過ぎた私も悪いけどさ」
しょうもない事件と聞いて、サイネリアは怒ってはいた。
王都内部の戦力を安定させておきたい、この話の意味はよく分かる。『一人で処理するのには面倒だったという理由で協力を仰いだ』という話も聞くだけであれば、自分勝手さが否めないのも事実。
だが、それでも彼女は許せなかった。
あの男達の振舞い……王都の騎士を害なす行動を。
「適当に飯食って帰るか……」
円卓の間での待ち時間、そして立ち話。お昼に満たしたお腹もすっかりと空っぽになってしまった。
せめて、この鬱憤を消す為に食事をすることにする。ストレス発散の食事は健康的にもよろしくないと聞くが彼女はどうでもいい気分であった。
「あっ、サイネリア!」
飯屋へ向かう途中。項垂れているサイネリアに誰かが声をかける。
ルードヴェキラだ。
外出用の変装をしている。カツラを被ってある程度のメイク。一目見るだけでは騎士団長ルードヴェキラだとは分かりづらい。
今の彼女は、ただの観光マニアの少女・ルゥである。
「よぉ、騎士団長。団長自ら見回りご苦労さまってね」
「サイネリア」
ルードヴェキラは不貞腐れた表情でサイネリアの鼻をつつく。
「こうやって私達しかいないときは気軽にルゥと呼んでもいいんですよ? 昔からの仲なんですから」
「そうはいかねぇだろ」
頭を掻き回しながら呆れてモノを申すサイネリア。
「精霊騎士団の団長なうえに王族の娘。いくら精霊騎士団という立場であっても私は部下に代わりはねぇ。そんな軽口叩いているところを、別の騎士にでも見られてみろよ。面倒になるったらありゃしねぇ。第一、今そこで“イベル”も見てるだろうが」
イベル。
大きなツインテールが特徴のグリーブ少女は首をかしげてこちらを眺めている。
「大丈夫です。イベルはこう言う事は黙ってくれますから! ねぇ、イベル?」
「黙認。了解」
イベルと呼ばれる少女はルードヴェキラの命に従う。
「まあ、どうであれ、お前のワガママには付き合えそうにないってことだ。あのエリートにドヤされるのも面倒だしな」
「……もしかして」
ルードヴェキラは何かを悟ったようにサイネリアの顔を覗き込む。
「また、クレマーティに」
(あ、やべッ!)
慌ててサイネリアは口をふさいだ。
地雷を踏んでしまった。サイネリアはそれに気づいたのか焦り始めた。
「……ごめんなさい。騎士団長という立場なのに役に立てなくて……もっと頑張らないといけませんね」
ルードヴェキラはさっきまでのお転婆ぶりが何処へ行ったのか憂鬱とした表情で落ち込み始めていた。
不甲斐ない。自分の頼りなさを呪うかのように言霊を吐いている。
「……お前は充分に頑張ってるだろうが。安心しろ、今回は私の不手際だ」
落ち込むルードヴェキラの頭にそっと手を乗せるサイネリア。
「適材適所という言葉がある……お前は“少しばかり特殊な立ち位置”だ。だから、こうして外回りに専念している。お前はお前の仕事にしっかり専念しているんだ」
「ですが」
「……お前はお前だ、“ルゥ”」
ルードヴェキラが望んだ呼び方。
それを小さな声で呟くと、サイネリアはその場から去っていく。
「無理に“兄貴”のようになろうとは思うな。お前はお前の出来ることをちゃんとやっている。保障してやるよ……騎士団長どの」
振り向かずに片手を振って去っていく。
久々に小っ恥ずかしいものをしたものだとサイネリアは早足になっていく。照れ隠しであるかも分からないが、近くのお店の中に姿を消してしまった。
「……ありがとう、サイネリア」
触れられたことで乱れてしまった髪型。
カツラの位置もずれていないかと軽く擦って確かめていた。
「よし! さぁ、イベル、お城へ戻りましょう!」
「了解」
ルードヴェキラの命に従い、イベルは元気いっぱいな敬礼を返していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お店の中。隠れるように逃げた為、何処のお店かも分からない。
サイネリアは一度冷静になって、深呼吸をした後にお店の中を確認した。
「おう、精霊騎士どの。仕事帰りにお酒とはねぇ」
やってきたのは、よりにもよって不良な輩共が集まりそうな居酒屋であった。タバコに入れ墨、非合法の取引が隅っこで行われていたりなど、秩序の欠片もないオンパレードだ。
「……何飲むよ」
「酒なら何でもいい。とびっきり強いやつだ」
頭を掻きながらカウンター席に腰掛ける。
「おいおい、今日もヤケ酒かい?」
「駄目だなぁ。もっと騎士様は礼儀よくしなくっちゃ」
「ほっとけ!」
隣の席からちょっかいをかけてくる若者達。
そんな彼らに対しても、サイネリアは愉快そうな笑みを浮かべながら返事をする。その場の空気が楽しいのか、円卓の間での冷めた空気が温まっていく。
「今日も街の平和に一役買ったみたいだな。噂になってるぜ、お前の事」
「マナーのなってない悪ふざけの過ぎる客が精霊騎士だったって話か?」
「いや、王都の秩序を乱す余所者達を成敗したってよ。お前さん、すっかりヒーローの一人じゃねぇか」
隣の席の若者はニッカリ笑って、ウイスキーの瓶に直接口をつけ飲み干していく。
……酒場にいる全ての客たちが、サイネリアの活躍を祝ってくれていた。
王都の平和に一役買ったヒーローであると。王都の住民の一部である周りのお客さん達は称えてくれている。
「頑張った甲斐、あるんじゃねーの?」
「どうだろうな。民衆ってのは一度火が付いたら抑えようがないくらい燃え上がるが……その分、冷めちまうのも早いからな。次の火種を探して、あっという間に鎮火だよ。そういうお流れだろ」
「相変わらずのドライポテンシャルだな」
カウンター席に置かれる一杯の酒。
言われた通り、濃度もアルコールもかなりのものだ。冷めた体にエンジンをかける一杯としては最高の代物である。
「んじゃ、ぐびっと行きな。俺が奢ってやるよ」
「いいのかよ」
「“頑張ったで賞“だよ。受け取りなって」
「親バカのオヤジかよ、お前は」
言われなくてもそのつもりである。
一杯やりたい気持ちではあった。サイネリアは用意されたグラスを片手で持ち上げると、キンキンに冷えた、アルコール度数高めの酒を一気に飲み干した。
「……プハァ!」
気持ちよさげな表情を浮かべ、サイネリアの顔には満足さが浮かび上がっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
円卓の間。誰も居なくなった空間。
そこへ一人の騎士が、ひっそりと姿を現している。
……クレマーティだ。
騎士団の中でも一二を争うエリート騎士。ルードヴェキラが不在の間、精霊騎士団の管理を任されるほどに信頼を置かれる騎士だ。
「団長」
クレマーティはそっと、円卓の座へと寄っていく。
「我らが団長、グラジオラスよ」
騎士団長の座。
特別な席へ、クレマーティはそっと触れる。
「一体どこへいらっしゃるのですか……早くお戻りください。騎士団は貴方の手でなくては……」
口惜しい。あまりに口惜しい。
その言葉には無念と望みが詰まっている。
クレマーティはただ一人、騎士団長の座を眺め、とある男の名前をずっと口にし続けていた。
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