PAGE.87「掲げろピースサイン(前編)」


 円卓の間。今回は騎士団全員を集めての会談はない。

 しかし呼び出しはある。一人の騎士が仕事を終えてすぐ、休憩する暇もなくここへ来るように命令されたのだ。


 呼び出されたのはサイネリア。


 今日の昼間、王都の小さなカレー屋にて食い逃げ疑惑のゴロツキ共の捕獲に関与した張本人である。


「サイネリアさん」

 一人、隅っこの壁で背もたれているサイネリアにエーデルワイスは声をかける。


「……この街ではよ。頑張ってる奴等がいる」

 サイネリアは一人、口を開く。

「ここで戦う魔法使い達は常日頃に努力をして、その地位を手に入れたのがほとんどだ。そして、その期待に応えられるよう尽力する輩が沢山いる……そんな名誉を何の努力もしねぇ奴が横から取り去って楽をしようなんて、随分と腹の立つ話だとは思わねぇか?」

 彼女の言う愚痴は紛れもなく、今日の食い逃げ犯たちの事だ。


「ましてや、その名を使って悪行だなんてよぉ」

「サイネリアさん、貴方の働きは間違いであるとは思っていません」

 エーデルワイスはサイネリアの話の途中で口を挟む。


「しかしだ」

 円卓の間には、エーデルワイス以外にももう一人、騎士がいる。

「事を収集するにしても、それに適した人員を使うべきだ」

 その名は“クレマーティ”。

 エーデルワイスと同様に、騎士団長の補佐官を務める騎士の一人。主に騎士団長ルードヴェキラの護衛を担当しているエーデルワイルとは別に、騎士団の参謀及び政治面での活動を行っている。


 エーデルワイスと真逆。彼はサイネリアに対しての評価はよろしくはなかった。

 

「騎士団はお前の私兵ではない。貴重な人員をこんな小さな事件一つで振り回しては困る……特にゴタゴタしているこの状況では尚更だ」


 振り分ける人員をもう少し考えてほしいとのこと。

 エージェントのシアルも本人には口にしなかったが、本来あのような事件は精霊騎士団の数名を動かすほどの事柄ではない。


 サイネリアは精霊騎士団の中ではそれなりに立場は上にある。故に数名の精霊騎士やエージェントに協力を要請することが出来るのだが……クレマーティは今回のサイネリアの協力要請はハッキリ言って必要のない事だと言い切っていた。


「今回の件、王には“私”から報告させていただきます。次からは人員をよく考えて扱う事です」


 一片の罰を言い渡し、クレマーティは去っていく。

 円卓の間には、エーデルワイスとサイネリアの二人だけが残された。


「……確かに、精霊騎士やエージェントの一部を乱暴に扱ったのは悪かったと思ってる。だけど」

 サイネリアはクレマーティの言葉に棘を吐く。


「小さくても事件は事件だろ……何が“こんな”だ、この野郎……! 頑張ってこの街を持ち直そうとする“アイツ”にとって、そんな小さな事件だって」

「サイネリアさん」


 クレマーティは彼女の行動に関しては成功を収めたにしてもほとんど否定的。むしろ懲罰を与える程に悲観的であった。


「……ルードヴェキラ様は、人員の扱いに関しては注意をしていました。ですが、小さな事件に対しても全力で解決に尽くそうとするそのお姿を……大変、誇らしく思っておりましたよ」


 だが、エーデルワイスは彼女を否定しない。懲罰なども与えない。

 人員の扱いに関しては精霊騎士団の一員としてはやはり反省してほしい面はある。だが、そんな小さな事件であっても傍観を決め込まず、解決に向けて動くその姿は賞賛に値する。


 礼を言っていた。騎士団長から名誉である言葉を預かっていることを伝えた。


「……アイツは今何してる?」

「街の見回りをしています。あのお方の日課のようなものですからね」

「見回りという名の“散歩”だろ……全く、私が言うのもなんだが立場を考えろ」


 ルードヴェキラはこの王都の街を常に見回っている。

 騎士団長ルードヴェキラの姿ではなく……観光に興味津々な少女・ルゥの姿で。


「というか、ボディガードのお前がここにいていいのかよ」

「今日は“イベル”に任せています。彼女にも経験はさせておきたいので」

「……まあ、いいけどよ」


 どれだけ広い土地であろうと王都は精霊騎士団にとっては庭のようなもの。

 大きな事件が起きるものなら総員で解決にとり急ぐ。ましてや、騎士団長であると同時、この国の姫君であるルードヴェキラに手を出す輩がいるものなら、その無法者は問答無用で“半殺し”だ。


 サイネリアはアクビをしながら、円卓の座に腰掛ける。

 自身の席。彼女が身に着けている鎧の紋章が刻まれた聖なる椅子に。


「そういえば聞いたぞ。あのガキども、学園に体験入学させるんだってな……女の方はいいけどよ、男の方はどうするんだよ」

 エーデルワイスは例の約束の事については既に精霊騎士団全員に通達している。

 それはラチェット達に対する一種のお詫びのようなものではあった。学園の管理者であるエーデルワイスの特権をもってすれば、特別入学なんて容易い事だ。


 あの少女、コーテナの入学もすぐに出来る。



 だが、その一方で。

 どこか不安を覚えた表情でサイネリアは聞く。


「お前等も言ってただろ。あっちの方のガキは」

「そのことに関してですが、近いうちにお話が」

「近いうちにって、それは円卓会議に持ち越して伝えるくらい重要な事か」

「……そういうことです」


 エーデルワイスの顔色。冗談を口にしているようには思えない。


「なぁ、私にだけ先に話を聞くことは?」

「……どのみち、明日には通達する事です。一般の兵士に口添えしないことを条件にお願いします」

「大丈夫だよ。口はとりあえず堅いからな。あいつから聞いてるだろ」

「……それもそうでしたね」


 エーデルワイスは告げる。



 これからの一件。

 王都の全てに関与するかもしれない、その重大事項を。



「……なるほどな。分かった、考慮しとく」

「お願いします」

 要件も終わった。


「んじゃ、またな」

 サイネリアは自身の席から離れ、円卓の座に背を向ける。

「はい、本日もお疲れ様です」

 それに続き、エーデルワイスも円卓の間から立ち去っていく。




 無人となった円卓の間。

 そのラウンドテーブルの中心には……“魔法世界クロヌスの中心”であることを意味し、この世界全ての秩序を現す騎士団の紋章がくっきりと描かれている。


 騎士団達は毎日戦っている。

 この王都を揺るがす敵を、世界を脅かす悪魔を。


 今日もその一日は幕を終え……これから忙しくなるであろう明日に備え、騎士の空気はより一層引き締められることとなった。

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