PAGE.83「幸福の時間」
お店に足を踏み入れた何でも屋スカル一同はさっそく空腹を満たす。
……精霊騎士団の言う通り、ここのカレーは舌鼓モノの絶品だ。
コーテナとスカルは次々とカレールーを白飯に絡ませ口の中へ。アタリスも静かではあるがスプーンを動かすスピードが速い。
「……うめェ」
辛すぎないのがいい。
実をいうと辛いのはあまり得意ではないラチェットに優しいカレー。コンビニの弁当カレーとレトルトカレーしか食べたことのない彼にとっては、お店のカレーライスは新鮮な味わいでひっそりと感動を覚えていた。
「あの人、近くで見てみると……凄く大きかったね!」
「ああ、見たのは三度目だが、銅像がそのまま動いているのかと思ったぜ……」
身長二メートル越えの巨大な男。身長は高めのスカルでさえも圧倒したその高さ。
ルードヴェキラから精霊騎士団の事はある程度聞いている。
困ったことがあった時。騎士団のメンツを街で見かけたのなら気軽に声をかけてもいいという事で彼らの特徴を幾つか耳にしている。
あの巨身兵の名前は“ディジー”。
精霊騎士団の中でもかなりの巨体で、その身に宿すのは“土の精霊”の力。ロードブリッジで披露した魔法も土の精霊の力によるものだそうだ。
基本的に街の外の仕事に赴くことはなく、王都内か周辺での防衛を担当している。
ちょっとダサい眼鏡をつけた女性騎士の名前は“プラタナス”。
精霊騎士団に任命されてから一番歴が浅い少女騎士らしい。
その身に宿す精霊の力は“水”。精霊騎士団唯一の弓の使い手だという。
「でも、悪い人には見えなかったね!」
「当然だろ。なにせ、天下の精霊騎士なんだからな」
しっかりと謝れる良い人。
この街でいう正義の味方なのだからそれくらいは当然だろうとスカルは言った。
……食事が続くこと数分。舌鼓を打ち続け、あっという間に完食。
「御馳走様!」
「ああ、美味かった!」
値段は結構高級なカレーライス。その値段に相応しい美味しいカレーだった。
「ふむ」
アタリスは終始無言だったが気に入った模様。
「ごちそうサマっと」
ラチェットも久々のカレーライスに感動。やはり米は最高だと改めて思った。
食事の時間はいい。
その日の疲れ、前日の疲れも、美味い料理を食べれば一時的とはいえ幸せな気分になれるものだ。
「それじゃあ、会計をっと」
王都での生活費などは騎士団様が負担するらしいが、御飯代は別。
さすがにそこまで面倒見てもらうのは悪いという理由で一同が断ったのだ。
……自分の金で払う料理だからこそ美味い。
スカルがそれっぽい事を話すことで団長ルードヴェキラを納得させた。それっぽいロマンを語らせればスカルの右に出る者は恐らくいないだろう。
満足げな表情を浮かべたスカルは財布を手に一同の御飯代を払うためにお会計へ。
「お客様! お代を払っていただけないと困ります!」
会計へ向かう最中。
「……ん?」
突然聞こえてきた従業員の困った声にスカルは足を止める。
「何を言っている。君は我々が何者か知らんのか」
魔法使いらしいローブで身を隠す集団。何やら、この店の従業員と口論になっているようだ。
「我々は王都に属する魔法兵団だ。日々、この街を守るために戦っている……それだけの行いをしている私達への労わりとして、お代の一つはまけないか」
……想像以上に滅茶苦茶言っているお客さんがいるようだ。
「いえ、いくらそういった身分の方であっても、しっかりとお代を払っていただかないと困ります」
全くもってその通りである。
身分が高いからといってお金を払わなくてもいいなんてルールが存在してたまるか。とんだお店泣かせである。
暴論を貫こうとするお客さん達に従業員は怯む様子を見せない。
その覚悟。怯まない姿勢は実に素晴らしい……だが。
「……お前」
”だが、状況が悪い”。
従業員一人に対して数が多すぎる。極力騒ぎにならない様にと大人数で従業員を取り囲んでいく。
「俺達の力をもってすれば、このお店一つ潰す事なんて出来るんだぞ?」
小声で喋ってはいるが残念ながら、財布片手に近づいていたスカルには筒抜けだ。
ひとまずわかる事。この集団は散々食い散らかした挙句にタダメシにあやかろうとする面倒な輩だということ。
これだけ美味い飯を食べてお金を払わない。その挙句、こちらのルールに従わないのなら平気で批評だってやる所存。
「おいおい……」
スカルもこればかりは見逃せないご様子。
面倒事は避けたいところではあるが、こんなのを好きにさせておいたら男が廃ってしまう。最低限のマナーの一つでも叩き込んでやろうかと一皮脱ごうとしていた。
「おい、お前等、」
「ったく、うるせぇな……」
だが、スカルがその一皮を脱ごうとしたその矢先だった。
「せっかくの飯が不味くなっちまう」
誰かが声を上げる。
レストランにいた一同が視線を集めるくらいにドスの効いた声。それといって大きい声ではないが、注目を集めるほどには敵意の籠った声。
従業員ではない。従業員を取り囲む魔法使い達の誰かでもない。
「……それくらいの金は払えよ。哺乳瓶片手によちよち歩き出来たばかりの赤ん坊ってガラじゃねぇんだしよ」
聞こえてくる金属音。皿とスプーンで楽器のような演奏をする行儀知らずな物音。
「なぁ、自称英雄の綺麗な大人の皆さん?」
藍色のサイドテール。
まるで騎士とは思えない粗暴の悪さを見せる少女が一人。
「アイツはッ……!?」
何が起きているのか、騒ぎを聞いてある程度の状況を掴んだラチェット。
そこから少し離れたテーブルで大盛カレーライスの皿を十枚近く重ねた女性騎士。
忘れるはずもない。
玉座の間。誰もが言葉も詰まりかけてる緊迫としていた空気の中で……あまりの自由っぷりを見せた騎士。
「おい、なんだ、このガキ」
遥かに若さを見せる少女騎士に魔法使い達は視線を向ける。
敵意には敵意を。大人げなく数の暴力で睨みつける。
「……おいおいマジかよ。私の事知らない感じか」
頭を掻きながら少女騎士は立ち上がる。
「まぁ、あんまり知られてチヤホヤされるのも好きじゃねーけど」
大盛カレーライスの皿が大量に積まれたテーブルの上にしっかりとその分の額の代金を乗せてから。
「何だ? お嬢ちゃんは何者なんだい?」
「もしや、騎士団ごっこでもやってるのかい?」
「駄目だなぁ、そういう恰好は俺達みたいにちゃんと結果を出してからするものだ。ごっこ遊びでやるもんじゃないよ」
標的が従業員から女性騎士へと集まっていく。
「あっ……」
従業員の顔が青ざめていく。
その表情から……このお店の空気も“嫌な予感”に包まれる。
「……うわぁ、犬もドラゴンもビックリの特大ブーメラン」
少女騎士はひっそり呟く。
「……おっと失礼。私か? 見ての通り騎士だよ、一応な」
独り言を詫び、改めて返答する。
「ほほう、騎士なのかぁ。ちなみにどこ所属? 階級は?」
大人の魔法使いの一人がそっと顔を近づける。
「回答次第では……分かってるよな?」
万が一、実は騎士団のメンバーじゃありませんと言ったら特権を持って潰す。
階級が下とかだったら、それはそれで上司として罰を与え潰す。
ねっとりとした笑みを浮かべ、魔法使いはそっと少女騎士の頬に触れようとした。
「……ああ」
少女へと近づく、反吐も出したくもなる汚い顔……それに対し、面倒気な少女騎士は今までの冷静そうな態度と真反対にギラリと笑う。
「私はな」
対面にある大きな顔面の真ん中。その高い鼻っ柱を掴む。
「……ッ!?!?」
掴んだ鼻。
少女騎士はなんと体格差など関係なしで、その掴んだ鼻を真上へと……そのまま、男の体を“持ち上げて”しまう。
「実はなんと」
響き渡る轟音。
叩きつけるっ……!
持ち上げた魔法使いの男を力の限りで木造の床に殴りつける。
「……残念ながら“精霊騎士団”なんだな、これが」
ここまで清々しい表情があるものか。
スカッとした少女騎士の笑みは、偽物のヒーローを見下ろしていた。
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