~魔法界幕間譚① 正義の精霊騎士団~ 

PAGE.82「ウェークアップシティ」

=魔法世界歴 1998. 8/22=


 理不尽は慣れている。そのためゴタゴタも慣れている。

 だが、ラチェットは思う。


 ……ここ最近、それの度が過ぎてはいないだろうかと。


 コーテナと出逢い、スカルと出逢い、アタリスと出逢う……その後、何でも屋のビッグチャンスは謎の爆破テロとやらによって妨害されたし、因縁を限度崩壊ぶっちぎりまでつけられた村長につけ狙われるし、挙句の果てには濡れ衣着せられて世界最強の騎士団に追われる身になったしで……ちなみにこの間、一カ月にも満たない。


 ___こんなもん体がいくつあってももたんわ。ふざけんな。

 ___心臓のストック百個寄越せ。もしくは、俺の身代わりを千人寄越せ。


 ……ラチェットはこれだけ本音にまみれた愚痴をグッチグチ喚き散らしたのは久しぶりなような気がした。駄洒落じゃないから揚げ足は取るな。面倒くさい。


 そこまで派手ではないが少年は飯もやけ食いしていたし、飲み物も焼け酒気味に飲み干しまくっていた。そうでもしなければ、そのストレスは収まりようがなかった。


 ……だが、疑いが晴れて良かったものだ。

 不機嫌ながらも安堵はしていたラチェット。


 体がくたびれそうな出来事の連続から解放されて後日。ラチェットは騎士団がお詫びに用意してくれた宿屋の一室。ふかふかのベッドの上で目を覚ます。


「くっ、ううーん……」

 アクビと同時、ラチェットは伸び伸びと体をほぐす。疲れはある程度取り切ったのか、体から重りが外れたような気分であった。


「あ、おはよー、ラチェット!」

 疲れも完全に抜けきったところで、元気の有り余るコーテナの挨拶が目覚まし代わりに部屋へ響き渡った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 王都の街。今日もまた観光がてらに街を回る。

 

「うっひゃぁ~、改めて見ると凄ぇな。さすがは世界の中心とだけある」

「美味しそうな匂いがあちこちから!」

 コーテナとスカルは王都の景色にまたも感動を覚える。

 本でしか見たことのない世界。田舎者である二人にとってこの街の風景は新鮮以外の何物でもない。

「……ほうほう」

 アタリスも相変わらず興味を示しているのか珍しく本を読んでいない。その瞳も見た目相応の少女らしい輝きをしている。


「すげぇナ。何処を見渡しても街の一風景しかねぇナ」

「何せ、世界最大の街だからな」

 一同がいるのは街の風景の一部を見渡せる展望台の高台である。ここからは街の一部や、中央にある王城を眺めることも出来る。

 

 ……これが世界最大。

 ここ魔法世界クロヌスの中心。


(ここなら、見つかるかもしれねぇナ)

 王都にやってきた理由。

 

 ___何故、自身はこの世界にやってきたのか。

 何もかもが分かるわけではない。だが、きっかけを掴む機会はあるかもしれない。ファルザローブの風景を目の当たりにしたラチェットは何処か期待に溢れていた。


(それにしても……)

 王都に滞在するための費用。それは“精霊騎士団”が負担することとなっている。

 何せ、ただの客人を国家犯罪者と間違えたのだ。いくら世界で一番大きな存在である騎士団も“ごめんね”の一言で済ませるわけにはいかないのだ。これだけの大ミスを犯したとなると。


「あっ! 学園だ!」

 コーテナは子供らしくはしゃぎながら、この高台から見える学園を眺めている。

 今日は登校日。そのため、ここから見える学園の中庭には、日々魔法の研究や、騎士として体を鍛える生徒達がいる。


 ……この王都にいる間、体験入学として王都学園にコーテナは入ることになる。

 その瞬間が待ち遠しいのか、キラキラと太陽顔負けの輝きを笑顔に照らす。


 夢だった、だそうだ。

 人間の子供らしく学園で勉強し、たくさんの仲間と競い合いたいという夢。


 それがついに叶う。ほんの数か月の期間だとはいえ、学園で日々を過ごせるという事を凄く喜んでいた。


(……学校、か)

 ラチェットは高台から見える学園の景色を眺める。


 もうすぐ成年を迎えるラチェット。しかし、その人生において彼は“学園生活”というものを送ったことがない。学園の存在なんて彼にとっては、漫画やテレビドラマの中だけの世界であった。


 ……とても羨ましかった。

 彼もまた、友達同士でたわいのないことで笑い合い、くだらないことで盛り上がる能天気な子供達の事が凄く羨ましかった。


(あの騎士、あんな事言ってたが、まさかナァ……?)

 コーテナが騎士エーデルワイスにしたお願い。


 “ラチェットとアタリスも学園に入れてほしい”。

 エーデルワイスは少し考えた後に『考慮しておきます』と一言。あれは承諾と捉えるべきなのか、それとも駄目と捉えるべきなのか。


(うーん、ええっとォ~……)

 彼は戸惑っていたが、何より戸惑っていたのはラチェット本人である。

 いきなりのコーテナの発言。まさか、本当に承諾されてしまうのかと妙な緊張を浮かべたものである。


(まあ、でモ……)

 仮にもし学園に行くことになったら。

 それを考えると……ラチェットは胸が躍っていた。


「よしっ、そろそろ飯にするか?」

「賛成!」

 コーテナとスカルはハイテンションのまま展望台を降りていく。


「コーテナはともかク、スカルもガキみてぇだナ」

 あんなに大はしゃぎする二十代。成年になって数年の男の心にはまだ少年の魂が残っているのかもしれない。王都という存在が絵本の中の存在であった田舎者には尚更だろう。


 とはいえ、はしゃぎすぎではないかとラチェットは頭を抱えている。


「それは小僧が言えた口か?」

 アタリスは笑いながらラチェットを見上げている。

「どういう意味だヨ」

「口、緩んでおるぞ」

 口の両サイドを掴み、それを左右に引っ張り笑っているような表情を見せる。


「えっ」

 ラチェットは慌てて口元と頬に手を伸ばす。

「冗談だ」

「あっ……」

 また、嵌められた。

 王都観光が楽しい。スカル同様に少年心全開であったラチェットは図星を突かれ、触れた頬を真っ赤に染める。


「チッ……!」

 ラチェットは照れ隠しに舌打ちをしてから二人のあとを追った。

「愛い奴め」

 子供らしく不貞腐れるラチェットの仕草をアタリスは面白く眺めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 どのお店に行こうか、一同は迷っている。


 美味しそうな匂いがあちこちのレストランから漂ってくる。

 まずはピザのお店だ。トロトロのチーズに絡まった、カリカリのベーコンにあつあつのトマトの絵面。想像するだけで空腹にボディブローが入ってくる。


 その他には照り焼きのソースが食欲をそそる七面鳥の丸焼きの匂い。

 一番の暴力はカレーの匂いである。数時間煮込まれた牛肉とスパイスの匂いがダブルで体にラッシュを仕掛ける上にトドメの一撃をこれでもかと空腹に浴びせてくる。


 現に一同はカレーのお店にフラフラと近づいていた。


「あれ、貴方達は……」

 カレーのお店に入ろうとしたその途端。お店の中から出てきた二人の騎士に声をかけられる。


 一人は近視なのかフチのかなり広い眼鏡をつけた女性騎士。

 そして、もう一人は……身長二メートルは軽く超えている巨身兵。


「「「でかっ!?」」」

「でかいな」

 一同は思わずお店から現れた巨身兵に驚いてしまった。


 こんな巨大な体でよくお店に入れたものだ。結構狭い入り口から体を折りたたんで出てきた巨身兵はラチェット一同からのリアクションに戸惑っている。


「でかい、俺、でかい?」

「うん、でかいっす」

 少女騎士は巨身兵からの質問に即答した。

 

「えっと、確か……昨日の、ですよね?」

 ラチェット達もこの女性騎士には見覚えがある。

 玉座の間にいた騎士の一人だ。精霊騎士団のメンバーであることは確かである。


 女性騎士は何度もラチェット一同を確認している。

 本人で間違いないか。見間違いではないかと眼鏡の位置を何度も調整しながら。


 ある程度確認が終わったところで少女騎士は深呼吸をする。


「昨日はすいませんでした!」

 少女騎士は体を九十度綺麗に曲げて謝罪する。

「ごめんなさい」

 巨身兵も少女騎士に続いて頭を下げて謝罪。


 本来なら謝って許される事ではない大失態だ。だが、謝らないようにはマシだと二人は何度も頭を下げて謝っている。


「ああ、いやいや、そんな改まって」

「いえ、これは礼儀っす」

 玉座の間ではゴタゴタもあってまともな謝罪も出来なかった。あの場面で謝罪をしたのは空気を読まずに頭を下げた、あのツインテールだけである。


 ……謝罪が他の騎士から来ないことに複雑な気分であったがスッキリした。

 ちゃんと謝れる人達。仮にも秩序を司る精霊騎士団の一員であるという事を心から安心できた。


「大した事は出来ませんが、この王都の街を楽しんでいただければ……っす」

 本当に申し訳ない態度だ。

 そこにいたのは紛れもなく、秩序を重んじる騎士の姿であった。


「大丈夫! 間違いは誰にもあるからっ!」

 相変わらずコーテナは甘い。本来なら謝って許されるミスではないというのに。


 ……だが、いつまでも引っ張るのも確かによろしくはない。


「そう言ってもらえると恐縮っす……! ここのお店、本当に美味しいので楽しんでいってください!」

 精霊騎士団の二人は先延ばしにされていた謝罪を終えると、それぞれの業務に戻るためその場を去って行った。



「んじゃ、行くか!」

 精霊騎士団とやらがオススメするこのお店。

 期待を胸に一同は空腹満たしに飛び込んだ。

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