PAGE.81「魔法世界の聖域(後編)」
時間は夕刻へ。
あっという間の観光ツアーであった。王都ファルザローブの名所は数えきれないほど存在するために一日だけでは足りない。
それくらい、ここ王都は暇しない。
初めての王都の散歩に一同は大満足であった。スカルとコーテナは勿論、あまり観光を楽しまなさそうなラチェットも満足。アタリスも暇つぶしの一興としては見事なものだったと三ツ星を与える。
今日は宿を取っているとのことなので、そこでお世話になることに。
何から何までお世話になりっぱなし。お詫びではあるものの、そろそろ遠慮というものを覚えてしまいそうだ。
「ん?」
宿屋へ向かう途中。
立ち飲みの酒場にて、エーデルワイスは足を止める。
「……ホウセンさん、ここで何をしてるんですか?」
立ち飲みの酒場には一人だけ図体のデカい騎士……というよりは侍の男が小さな酒瓶片手にフラついている。
「おう、ワイス! 散歩か?」
顔が真っ赤だ。
カウンター席に結構な数の空き瓶を見て察する。相当酔っている。
「そういう貴方は性懲りもなく立ち飲みですか……また見回りをサボって」
「休憩だよ休憩! 水分補給さ!」
このホウセンという騎士。エーデルワイスの発言からするに見回りとやらをサボって、こうして暇な時間には酒を口にしている御様子。
……随分と粗暴な少女騎士がいるといい、この王都の精霊騎士団とやらは本当に大丈夫なのかと不安を覚えてしまう。
「貴方は明日“授業”も控えてるんですよ? 二日酔いで休暇は許しませんからね」
「はいはい、お厳しいことはそこまでで」
ホウセンは飲んだ量の酒の料金をカウンターに置いていく。
「学園長」
エーデルワイスの肩を軽く小突いた後に、愉快な笑みを浮かべながら酒場を去っていった。
「立場はそうですが、そう呼ぶなと言っておりますのに」
困り気味でホウセンの背中を眺めていた。
「授業?」
「学園長?」
ラチェットとコーテナは二人同時に首を傾げた。
「やっぱり、王都には学校があるんですか?」
「ええ、ありますよ」
エーデルワイスは答える。
魔法研究に没頭する集団が集結する学会なんてものがあるのなら、当然、一流の魔法使いを目指すために教育を受ける学校なんてものも存在する。
「見たいです! ボク、学校を見たい!」
今までよりも相当な好奇心を見せるコーテナ。
目を輝かせながら、学校を見てもいいか答えを待つ。
「よろしいですよ」
エーデルワイスは笑顔でそれに答えてくれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
歩いて数分後。
酒場から離れた場所に、その学園とやらは存在した。
時間は既に放課後のため、生徒たちは下校をする者もいれば、施設や中庭にて魔法の研究に没頭する者も多数存在する。
少年少女たちの青春の学び舎。
コーテナはエーデルワイスの学園で今まで以上に瞳を星のように輝かせる。
……実はこの学園。魔法学会に属する魔法使いを育成するだけではなく、精霊騎士団の配下である王都の騎士団としての育成も行っているようだ。
そして、なんとこのエーデルワイス。事実上ではここの学園長であるというのだ。
学園を建てたのはエーデルワイスの血筋の人間らしく、彼はそれを引き継ぐ形で学園の責任者として、数多くの生徒を見守り続けている。
この学園からは毎年数千人以上の研究家と騎士候補生が輩出されている。
まさしく、王都の学園という名に相応しい名誉正しき場所であった。
(学校、か)
学園の見学。ラチェットはどことなく溜息を吐く。
……幼い頃、彼は学校とやらには行ったことがなかった。
小学校には金の都合で行かせてもらえず、十八年の人生を得て、ついに一度も学校に足を踏み入れることはなかった。
行ってみたいと思った願望はある。
だけど、それは叶わぬ夢となった。ラチェットは所属していた自動車工場で何度もそのことを思い返していた。
……しかし、この歳になって、ついに学校とやらに始めて足を踏み入れた。
(二度と入ることはないと思ったが……まぁ、いいナ)
異世界の学校だから、少し夢とは違う気がするが……ほんの一部でも夢が叶ったことにラチェットは嬉しさを覚えている。
学園での勉強内容や魔法の研究。常日頃に数千人以上の生徒がその青春を謳歌している。その様子を楽しそうに語る学園長エーデルワイス。
青春の象徴。その世界にコーテナは胸を躍らせている。
「……いいなぁ」
学園の生徒たちを見て、コーテナはふと呟いた。
「ボクも行ってみたいなぁ……学園に」
夢であった。
彼女も学校に通いたいという願望があったのだ。
勉強したい。そして、いろんな魔法のことを知りたい。
きっとそれは楽しい日々であろう。ずっと屋敷の中で夢に思ってきたことだった。
「よろしければ、少しの間、学園に入ってみますか?」
「え?」
コーテナは腑抜けた声を上げる。
「あなたの願いをまだ聞いていませんからね。ここで使ってもよろしいですよ」
……何という大盤振る舞い。
これが特権とやらなのか、はたまた職権乱用とやらなのか。
こっちにいる間、エーデルワイスが管理する王都学園に体験入学するのはどうだろうかと提案してくれたのだ。
「いいんですか!?」
夢だった。
学校に通ってみたい。それはずっと夢だった。
それが叶うかもしれない。当然、動揺せずにはいられなかった。
「いいですよ」
……許可がおりている。
学園に通える。思わずコーテナは嬉し涙を浮かべ始める。
「やったー!!」
コーテナは両手を上げて喜んでいた。
兎のように可愛らしく、カンガルーのように天高く。
その喜びようを見て、一緒に流し目で見学していたスカルとアタリスも彼女の夢が叶った瞬間に祝福の言葉を送っていた。二人の表情はどことなく、保護者というか、我が子を見守る親のように穏やかだった。
「へっ」
ラチェットも思わず笑みを浮かべる。
あんな苦しい笑顔を浮かべていた少女が。絶望の檻の中で血と涙を流すことしか出来なかったあの少女が。
夢を叶えることも、自身の願望すらも聞く耳持たずの地獄の窯の底で足掻ていた少女の願いが、ここにきて叶う。
他人事なのだが、ラチェットも不意に笑みを浮かべる。
彼も、コーテナの喜びを自分の事のように内心喜んでいた。
(……さてト)
ラチェットは学園を出ると、瞳いっぱいに広がる王都の景色をこの目に映す。
___自分は何故この世界に来たのか。
それを探すため、明日から踏ん張ることにする。
ラチェットは気合を入れる。
この世界の事を思う存分調べる前に、まずは相棒の少女を祝福することにしよう。
「よかったナ。学園生活楽しんで、」
「じゃあ、お願いします! “ボクとラチェットにアタリス”のこと!」
……コーテナの言葉に、ラチェットの笑みが不意に止まる。
「ん~?」
少女の願い。
その言葉に思わず、ラチェットは素っ頓狂な声を上げてしまった。
【 第六章 ラウンド・ナイト・ブライト 完 】
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