PAGE.80「魔法世界の聖域(前編)」
王都ファルザローブ。
魔法世界最後の砦と言われた王都の街。現在は数百万人の民が魔族界戦争に怯えることなく平和に暮らしている巨大都市だ。
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何でも屋一同は一夜をファルザローブ城の客間にて過ごすこととなった。
彼女ら騎士団は自身の身勝手でラチェット達を振り回したことを本当に申し訳なく思っているようだ。扱いはとても丁重であり、ちょっと豪華な食事も客間で頂くことになるなど、貴重な経験をしたものである。
舌で蕩けるような霜降り肉のステーキなどドラマや書物だけの表現だと思っていた。実際口にしてみると、本当にそんな柔らかさの肉が実在するものだと感動すら覚えてしまう。
ラチェット達はその肉のあまりの美味しさに感動で涙すら浮かべそうになる。
アタリスはそのような肉を食い慣れているのか知らないが、三人の肉への食らいつきようを面白がっていた。
……そして、後日。
せっかくだし、王都の歩き回ろうかと話し合っていたところに。
「失礼いたします」
ルードヴェキラの側近騎士であるエーデルワイスが部屋に訪れた。
彼は精霊騎士団のメンバーではないが、かなりの腕利きにより、精霊騎士団と同等の扱いを受けている特殊な立場の騎士である。
「よろしければ、王都の方をご案内いたしましょうか?」
なんと贅沢な事だろうか。
王都のお偉いさんが直々に王都案内。贅沢にも程がある豪華ツアーになりそうだ。
……少しばかり気を遣い過ぎではと思ったりもしてしまう。
騎士団のミスは確かに大きいものだ。しかし、何というかここまで気遣われると気が引けそうになる。
「お願いします!」
でも、その気遣いはちゃんと受けるスカルであった。
しばらく王都に滞在する間、この王都にて仕事場を設けることになった。
何でも屋スカルの名前を全世界に知らしめるビッグチャンス。スカルは後の仕事場となる王都の街を見て回ろうとしていたのだ。
……王都に滞在する理由。それはラチェットの事を調べる為でもある。
これだけ馬鹿広い都市であるなら何か分かるかもしれない……スカルは彼の事を思って滞在を決めたのも一つの理由のようである。
ラチェットは静かに賛同する。
この街に答えがあるかどうか分からない。しかし、何か手掛かりは見つかるかもしれない。
一度下見として、観光に洒落込むことにした。
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というわけで王都の街を回っている。
何処を見渡しても賑わいが絶えない。
既に数時間近く街を歩いているが、その繁栄には驚かされるばかりである。
「うわぁ~……」
コーテナもその賑やかさには感動している
「ほほう」
アタリスも初めて訪れた王都ファルザローブには興味津々だった。
……父であるヴラッド同様、この街への攻撃を企んでいないことを祈るばかり。この子の行動次第では、いろんな意味で危険が伴うのは避けられないのだから。
「それでは、次は王都魔法学会へ向かいましょうか」
一日で回りきることは間違いなく不可能な王都。それなりに目ぼしい観光地を回ったところで今度は”王都魔法学会”と呼ばれる場所に向かうようだ。
「魔法学会って、最先端の魔法研究を行っている、あの研究会のことですか!?」
独自に勉強し、自身の魔法を編み出したコーテナの瞳が輝いている。
王都魔法学会はその名の通りの組織。
古代文明の研究は勿論、独自の手法で新たなマジックアイテムや魔法を開発し続けている研究機関。数千年の長い歴史をたどってきた名誉ある組織なのである。
「そうですとも」
エーデルワイスは笑顔で肯定する。
王都魔法学会に足を踏み入れることが出来るなんて。
コーテナは感動のあまり、無邪気にその場で飛び回っていった。
「それに、貴方に返さないといけないものがありますからね」
「俺に?」
ラチェットは首をかしげる。
「貴方の魔導書ですよ」
「……あっ、そうカ」
思い出したようにラチェットは手を叩く。
「お前、完全に忘れてただろ」
これにはスカルも呆れる。
「……うるせェ」
あまりの失態にラチェットは顔を逸らす。
___自分を罪人だと間違えた挙句、酷い目に合わせたことをしっかり償え。
その思いが募るばかりに慰謝料だとか考えていたのが原因か完全に忘れていた。
ラチェットは自身の迂闊さと器の小ささが恥ずかしくなった。
「あはは、ラチェット顔真っ赤にしてる!」
「うるせぇって言ってるダロ!」
コーテナのからかいにラチェットはムキになってしまった。
……というわけで、一同は王都魔法学会へと向かうことに。
クロヌスの魔法研究全ての最先端。新たなる技術が生まれ続ける世界最高峰の研究機関へと。
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魔法学会。
その施設がどれだけ最先端なのか。それは入ってすぐに理解してしまった。
エントランスに入ると、まずその空間だけで白衣を身に着けた見た目インテリな大人たちが資料片手で辺り一面にいる。エントランスに用意されているソファーもテーブルも全て、この学会の研究員と思われる人物達によって埋められている。
___何と言うか、その風景はドラマに出てくる有名大学の風景を思わせる。
エントランスの先に向かうと、数百万の魔導書が保存されている巨大書庫に、文明の遺産を解読するための研究施設、そして新たなマジックアイテムを生成する開発機関などなど……その施設一つ一つのスケールが、ロボットアニメの研究所よろしくの世界であった。
「やべぇなこれ、ブチまけた話、唖然としちまうぜ」
一同は巨大書庫にて魔法学会の千年に渡るルーツを学会の一員らしき人物から解説を受けている。
古代文明より引き継がれてきた魔法を進化させる研究。受け継がれていくうちに新たな道を探し続け、次世代のマジックアイテムの生成にも繋げる。
研究員の熱心な会話を聞く限り、この魔法学会にいる人達がどれほど研究に身を捧げているかが分かる。この学会にいることが人生であり青春と語る者までいた。
「すごい、魔導書がこんなに一杯……」
「しかも全部新品同様に綺麗だし」
ここに保存されている魔導書は全て、古代文明時代より保存されてきたものである。古代文明マニアから見れば、この書庫はもしかしなくても宝の山だ。
その壮大さにコーテナとスカルは感銘を覚えていた。
「あ、いましたよ」
巨大書庫の奥へ向かうと、専用の書斎にて大量の魔導書を積み上げている白衣の女性が一人。
古代文明マニアのステラである。
魔衝に錬金術らしき魔法を習得。その実力の高さから、魔法学会の幹部的立場を請け負いながら、王都のエージェントの肩書きも背負っている。
今日も学会のメンバーの一人として、研究に没頭している様子。
懸命な眼差しで数冊の魔導書や研究資料と睨めっこを続けている。難航しているのか、歯を噛み締めながら目を凝らし続けていた。
「ステラさん?」
エーデルワイスが彼女に声をかける。
しかし、返答がない。
魔導書片手に唸り続ける一方である。没頭しすぎているせいか、近くに上司の騎士様がいることに気が付いていないようだ。
「約束の時間ですよ」
落ち着きのある声でエーデルワイスは彼女の耳元でささやく。気付いてもらえるように彼女の肩にそっと手を置いた。
「おおっ!?」
肩に触れられたことでようやく、エーデルワイスの存在に気付いたようだった。
驚きのあまりズレた眼鏡を片手で正位置に戻す。
「ごめんなさい。もうそんな時間だったのね」
その流れで指を鳴らした後に謝罪をする。
やはりクセなのか決めポーズなのか。その仕草は迷宮入りの謎になりそうだ。
「約束のものを取りに来ました」
「ええ、分かったわ。でもその前に……」
ステラは一礼だけ済ませると、預かっている魔導書の持ち主であるラチェットの元へ近づいて来る。
「ごめんなさい。間違ったとはいえ、あなたに不必要な傷を負わせてしまった」
エージェントの一人として、過ちを犯してしまった事を謝罪する。
ラチェットに攻撃を仕掛けてきたのはエージェントとして赴いた彼女なのである。
「ああ、もういいヨ。騎士団の奴らにあれだけ頭を下げられたからナ」
もう気にしてないから別に良いとラチェットは返答する。
……だが、そのことで謝罪してもらえたことには素直に嬉しく思っていた。
「この魔導書をお返しするわ」
書斎の上に積まれていた魔導書。それとは全く別の位置に置かれていた魔導書アクロケミスを持ち主であるラチェットに返還する。
「おう」
ラチェットはアクロケミスを受け取った。
「……返す前に一つだけいいかしら?」
眼鏡に手を添え、ステラは質問する。
「この魔導書をどこで手に入れたの?」
「え? 普通に遺跡で見つケタ」
シーバ村の近くの遺跡で偶然見つけた。羽織っているローブも、仮面もだ。
「……これは“魔導書アクロケミス”で間違いないの?」
「え、ああ? 近くの村にいた遺跡マニアが言うには間違いないらしいガ……」
「そう」
何やら不思議そうな表情で魔導書アクロケミスを眺め続けている。
この魔導書の事を調べていたのだろうか。
しかし、魔導書アクロケミスはレアものではあるが、既に数冊は発見されている代物。数百万の魔導書が封印されているこの魔法学会ではそれほど珍しいものではないような気もする。
「ごめんなさい。一方的に質問してしまって」
アクロケミスを返し終えると、テーブルに積まれていた魔導書の片づけを始めた。
「では、私はこれから遺跡に向かいますので」
「今日もあの壁画の遺跡にですか?」
エーデルワイスは笑顔で聞く。
「ええ、まだ分からないことが沢山ありますから」
……壁画の遺跡。ラチェット達が初めて彼女と会った場所である。
相当あの遺跡の壁画に惚れこんでいるらしい。エーデルワイスの言い方からして、ほぼ毎日のように学会を離れては遺跡に足を踏み込んでいるようだ。
積み上げた魔導書を両手にステラはその場を去っていった。
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