PAGE.79「シークレット・ナイト(後編)」

「……ルゥ、さん?」

 コーテナはそっとその名を口にする。

「ふふっ、正解です」

 ルードヴェキラは笑顔でそう答えた。


「改めまして、こんにちは。私はルードヴェキラ。精霊騎士団の長を務めるものでございます」


 ……ルゥだ。

 観光マニアの少女ルゥ。列車で王都のエージェントと共に犯人捜しを手伝っていた、あの礼儀正しき令嬢・ルゥがそこにいた。


「ルゥさん!?」

 スカルは衝撃の事実に驚きを隠せないでいる。

「やっぱりルゥさんだ!」

 コーテナも騎士団長の正体に気付くと嬉しそうに声を上げる。


「お久しぶりです」

 ルゥ。もとい騎士団長ルードヴェキラも一週間ぶりの再会を喜んでいるのか、いつの日か見せた列車の時と同じお転婆な一面を見せながら会釈をする。


 ___これは本当にびっくらこいた。

 ラチェットも驚愕のあまり固まっていた。まさか、あの気の抜けた雰囲気の少女が世界の騎士団を束ねる団長様だったとは思いもしなかった。


 髪型と髪の色が元と全然違う。顔の見た目も化粧などでルゥの時と比べて大人っぽい。

 声こそ違いはないが、一目見ただけでは気づけない。


「いやぁー、ビックリしましたよ! まさか、騎士団長様だったなんて……あぁ、なんか気軽に喋ってすいませんでした!」

 スカルは思わず頭を下げる。

 あまりにも頭が高すぎた行為をしてしまったものだ。知らなかったとはいえ、礼儀もわきまえず陽気に話しかけた事を謝罪する。


「お気になさらないでください。お話が出来て嬉しかったのですから」

 ルードヴェキラはスカルの行為を無礼とは受け取っていない。むしろ、喜んでいるようにも見えた。


 久々の再会に驚愕の事実。

 あの緊迫とした空気は一瞬にして、列車にいた時と同じような愉快な空気と早変わりしていた。


「ごほん。騎士団長様?」

 従者ことエルが咳払いをして、本題を思い出すよう騎士団長に促す。

「ああ、申し訳ない。エーデルワイス」

 ……エーデルワイス。それがあの騎士の本当の名前だ。

 ルゥとエルは恐らく、自身達の身分を隠すための仮の名前なのだろう。本名を少し略したくらいであるが。


「……では、これより本題に入ります」

 再会の挨拶が名残惜しいのか、いまだにうっすらと笑みを浮かべたままである。

 随分と愉快な長である。玉座の間にいた時と第一印象が一瞬にして変わってしまったものだ。


 お転婆な雰囲気は徐々になりを潜め、玉座の間にいた時と同じ厳格な騎士団長へと戻っていく。


「貴方達の身柄は解放いたします……ですが、ここで少しお願いがあるのです」

 人差し指を自身の口に掲げ、騎士団長は口にする。


「今回の騎士団のミス、そして私の正体を……出来れば、外に流さないでいただきたいのです。誠に身勝手なお願いであるとは思いますが、どうかご承諾を」


 確かに理不尽な命令ではある。

 しかし、スカルは彼女の言葉の意味に気付き、その意味をラチェットとコーテナにすぐさま耳打ちをする。


 世界を束ねる精霊騎士団が犯人を間違えた上に、その犯人を晒し首にしかけた事。こんな大ミスが世間にバレようものなら、多少であれ、王都の中でパニックが起きかねない。


 ラチェットもそれを聞いて少しだけだが納得する。

 刑事ドラマでも、警察のミスや極秘情報が日本中にバレようものなら、国が動くレベルのデモやパニックが起きかねない展開を度々目にする。


 精霊騎士団の信用はこの王都の秩序にも繋がる。

 今回のようなミスは、思いがけない暴徒を生み出す可能性がある。


 ……騎士団長自らのお願い。

 従う以外は迂闊な行動を取れないが、ラチェットはやはり何処か煮え切れない気分になる。


「……代わりと言っては何ですが、貴方達が望むことを可能な限り叶えます。金や物で解決するような方法で申し訳ありませんが……よろしくお願いします」


 “保障”を出す。今回の出来事の謝罪は徹底的に行う。

 精霊騎士団からの詫び。それは流れ者の何でも屋に与えるには膨大なものである。


「分かっタ」

 ラチェットは呆れながらも承諾する。

「それなら俺も文句は言わネェ」

 あとはスカルに任せる。

 ラチェットは投げやり気味にアクビをかました。


「望みがあれば何なりと」

 何かお願いはあるかどうか、ルードヴェキラは耳を傾ける


「バギーの修理費とか今後の生活の保障の金とか諸々、あとそれと」

「随分とありますね……!?」

 治療費だの何だの、必要最低限の慰謝料は払いやがれと威嚇満々のラチェット。

 彼もまだ若い。怒りに正直になるのも無理はないのは分かるが……国のトップ相手に命知らずではとスカルは冷や汗を流す。


 だが、確かにそれくらいの保障がなくては割に合わない。

 バギーは壊れた。そして生活費も結構底をつき始めている……騎士団側が負担してくれるというのなら、この上ない美味しい話ではある。


「……分かりました。出来る限りは私が負担いたしましょう」

「感謝するゾ」

 頭を下げる。理由はどうであれ、それなりの金額を貰うのだ。そこへ対する敬意はしっかりと敬意でラチェットは返す。


「他にはございませんか?」

 ああは言っていたが、まだ要件はないかを聞いてくれる。


「……この辺で仕事を受け持つことって出来るか?」

 スカルは一つ提案をする。

「いや、せっかく王都に来たんだ。これだけ広いのなら困りごとも山ほどあると思う。何でも屋として、しばらくココにいる間は営業の一つでもしたいのだが……その許可を貰えないか?」


 何でも屋の一人として。商売人としてのお願いだ。


 ここは王都。他の街と比べると敷地も桁違いに広く、困ってる人間も数えきれないくらいの人数がいるはずだ。何でも屋として、王都で営業を開くのは最高のビジネスチャンスでもある。


 何でも屋スカルの名が全世界に広がる最高のチャンス。

 そのチャンスを譲ってほしいというのがスカルの願いであった。



「構いませんよ。むしろ、それに関してはこちらが願いたいくらいです」

 頭を下げて、団長様からの懇願。

「あなた達の活躍は一度目にしています。その活躍を是非とも、王都でも役に立てていただきたい」

「いえいえ! こちらもどうかお願いします!」

 スカルは目の前のテーブルに強く頭をぶつける。

 団長様よりも低い位置に頭を下げなくては。その結果、目の前のテーブルに豪快に頭をぶつける結果となったが、彼は一切気にしない。


 ……慰謝料にビジネスチャンス。

 この地点でかなりの保障を貰っている。


「コーテナさんは、何かお願いは」

「ボクはいいかな!」

 男性陣が正直にものを頼んだ中、コーテナは特に願いはないと口にする。


「ボクは皆と冒険できるだけで満足だし、今のところは望むものは何もないよ!」


 ……随分と健気なものである。

 彼女がそう口にするのなら反論はしない。男性陣もコーテナの望みに賛同した。


「かしこまりました。ですが、何か頼みたいことがあれば、いつでも騎士団の方にお告げ下さい。何でも叶えることは出来ませんが、出来る範囲で助力いたします」

「じゃあ、その時はよろしくね!」

 団長と知ってもその振舞いは変わらない。

 コーテナの人当たりの良さには少しばかり尊敬を覚えそうだ。



「……それでは、貴方の件ですが」

 三人から頼みごとを聞き終えると、ルードヴェキラの声に圧力がかかる。


 残る人物はアタリス。

 それに対し、微かな敵意を見せるような声に変わる。



 ……ここで一同に悪寒が走る。

 そうだ。ラチェット達を解放するのは何ともでないが、アタリスだけはそう易々と解放するわけには行かない。


 ……彼女は数百年前に騎士団を苦しめた怪物・ヴラッドの娘だ。

 歴史に名を馳せる怪物の娘である彼女を見逃すことなど、世界を守護する騎士団の長が許すはずもない。


 きっとアタリスの事は、とある騎士の手によってばらされている。

 彼女ばっかりは扱いが変わってくるのだ。


「待って!」

 コーテナもルードヴェキラが敵意を送っていることに気付いていた。


「アタリスは何もしないよ! だから……」

「ご安心を」

 ルードヴェキラは必死に友達を庇おうとするコーテナに落ち着くよう促す。


「かつて怪物の娘だった。それは事実ではありますが、“親は親、娘は娘”です。それだけの理由でその身を処することは致しません。それに、御三方のご友人というのでしたら、手荒な真似も致しません」


 この王都を守る身として、彼女の願いに応えながらも敵意は解かない。。

 アタリスに手は出さないと口にしつつも、その敵意は未だ消えないままではある。


「ですが、貴方の行動次第では私達も黙ってはいられません。王都で妙な真似をすれば、我々騎士団が貴方を裁くということをお忘れなく」


 かつての怪物らしい暴挙を行うというのなら容赦はしない。

 しっかりと騎士団長は釘をさしてきた。


「安心せよ。侵略という快挙はかつて父が成し遂げた……私は父とは違う形で人生を彩ると決めているのでな。貴様たちが思っているような事を実行はせん。今のところはな」


 アタリスの振舞いは騎士団長相手だろうと変えることはない。

 かつての父が……かつての騎士団にそう振舞ったように。


「よろしい」

 ルードヴェキラはエーデルワイスにアイコンタクトを送る。

 四人の手足と足枷。そして、灼却の眼を封じるための目隠しも解いていく。四人の無罪が証明され、ようやく自由の身となったのだ。


 罪人としての濡れ衣からようやく解放され、重荷となっていた体も次第に解放感によって風船のように軽くなっていく。


「部屋をご用意しています。今日はそちらの方でおくつろぎください」

「いやぁー、すみませんね! 何から何まで!」

「いえ、これくらいは当然です」


 また、精霊騎士団団長という尊大な雰囲気から、かつての観光マニアの天然少女へと雰囲気が戻っている。


 ……人間の変わり映えとはすごいものだ。

 思いがけない正体。今日は本当に色んな意味で心臓に悪い日だと実感した。

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