PAGE.78「シークレット・ナイト(前編)」



 ようやく無罪であることが証明されたラチェット達。

 しかし、無罪だとわかって「はい、さようなら」というわけにはいかないようだ。


 精霊騎士団として、しっかりと詫びは入れなくてはならない。


 真犯人に踊らされ、振り回す結果となってしまった事に対する謝罪など諸々の話を行うようだ。精霊騎士団団長様が直々に。


「「「……」」」

 ラチェットにコーテナ、そしてスカルの三人は用意されたソファーにて姿勢を正している。これから滅茶苦茶偉い人と直接対談することに緊張を覚えていた。

「ふぁ~……」

 一方その頃、その三人の横でアタリスはアクビをかましている。いまだに目隠しをされてる状態で長時間待たされ、暇すぎて退屈のようだ。


 アクビが部屋に響く。

 その横でスカル達は冷や汗を垂らしながら、その自由さを少しは自重してくれないものかと思ってしまう。


 ……随分と心臓に悪い舞台だ。

 四人の真後ろ、すぐ後ろで冷酷ツインテールとその部下の兵士数名。ラチェット達が怪しい真似をしないかどうか、監視しているようである。


((視線が痛ぇ……!!))

 ラチェットとスカルは後ろからの監視に緊張感が走る。

 ピクリと動けば向こうも反応を見せる。姿勢を崩すことも命を削る行為につながるような気がしてならない。


「うーん」

 そんな中、コーテナはまだ何か考え込んでいるようだった。

「どうした、コーテナ」

「いやぁ、やっぱりあの騎士団長さん、何処かであったような気がしてさ」

 頭の中のモヤモヤがそう簡単には取れないようだ。

 スカルもコーテナに言われてからは、あの騎士団長は確かに何処かで会ったことがあると頭を悩ませるようになる。


 ……実をいうと、ラチェットもそのモヤモヤに悩まされつつあった。

 一瞬だけ見せた騎士団長の会話。無礼を働く騎士達への叱咤激励。説教じみたその風景にラチェットは何処か既視感を感じている。


「……っ!」

 冷酷ツインテールが反応を見せる。

 四人のうち誰かが妙な動きを見せたからではない。別の何かに気付いたからだ。


 一瞬の監視が外れた途端に男性陣二人は溜息を吐く。

 足と肩も一瞬だけグッタリと下ろす……ようやく長時間の監視から解放された気分だった。ものの数秒だけの間だが。


「どうぞ」

 冷酷ツインテールは客間の扉を静かに開く。




 ……騎士団長がそこにいた。

 微かに聞こえる足音、気配だけでこの冷酷ツインテールは騎士団長がこの部屋に近づいていることに気が付いたようなのだ。


 最早動物の直感と言うか何と言うか人間のそれとはかけ離れた能力に軽く引いてしまう。精霊騎士団はそれほどの化け物ぞろいなのか。


「あとはお任せを」

 騎士団長から指示を受け、冷酷ツインテールと部下の騎士達は外へ。


「すみません。お待たせいたしました」

 騎士団長はその場でお辞儀をする。


 ___本当だよ、何時間待たせるんだコノ野郎。

 数時間近くナイフのような冷たい視線で見つめ続けられたコチラの身にもなってほしい。男性陣二人は舌打ちを心の中で豪快に鳴らす。


 騎士団長は静かに対面のソファーで腰かける。

 透き通るような声。長く綺麗なグレーの髪。見れば見るほど、騎士団長という身分につくには若々しすぎる少女騎士の姿である。


「度々ですが、申し訳ありませんでした」

 騎士団長自らが頭を下げる。

「いやいやいや。ミスをしたのは、団長さんではなく、部下の方でしょう? 騎士団長様が頭を下げなくても」

 スカルは騎士団長が直々に頭を下げていることを恐縮に思っている。

 何せ、この世界でかなり偉いお方なのだ。そんな人に頭を下げられると、何故か知らないが妙な罪悪感が芽生えてしまう。


「いえ、精霊騎士団は私の半身のようなもの。彼らのミスは私のミスでもあります。旅の途中での酷い仕打ち、大変申し訳ありませんでした」


 ……部下のミスは上司のミス。

 よく出来た上司である。部下のミスにしっかりと頭を下げる騎士団長の姿にスカル達は感服してしまう。


「うーん……?」

 謝罪を行う騎士団長。

 それを前に、やはりコーテナは不思議そうな目で彼女を見つめ続けている。


「どうか致しましたか?」

 騎士団長もコーテナの視線に気づいたのか首をかしげる。


「いやぁ、やっぱり、何処かで会ったことあるような気がして……」

「そう! そうなんですよ!」

 スカルも騎士団長を前に私語を叩き出す。

「俺も何処かであったような気がして……まあ、気のせいだと思うんですけど」

「……」

 騎士団長は二人の発言に黙り込んでいる。

 困っているのだろうか。表情からは何を考えているのか全く読み取れない。


 ……なんか妙な空気になってきた。

 気のせいかもしれないが騎士団長からの視線を感じる。不思議な人たちを見るような不可思議な目というよりは……“こちらを面白がるような目”で見ているような気がしてならない。


 その空気に一同は徐々に気付き始める。

 この騎士団長……何かを隠しているのではないだろうかと。



「私は“ルードヴェキラ”、現・精霊騎士団団長です……何処かでお会いした、と言いましたね?」


 ルードヴェキラ。

 その名を耳にするがやはりピンとこない。そんな名前の人物とはやはり会ったことはない。この頭のモヤモヤはやはり気のせいだったのかとラチェットは思い始める。


 ……ルードヴェキラはじっとコーテナ達を眺めている。

 いいや、やはり気のせいだとは思えない。徐々に見せつつある騎士団長の謎の片鱗に対して何故か既視感を感じてしまう。


「騎士団長」

 空気の詰まる客間、騎士の男性がノックをした後に入室する。

「そろそろ正体の方をお教えてもよろしいのでは? この後の予定も混んでいます、悪戯もほとほどに、ですよ」

 その人物はルードヴェキラと同じグレーの髪。長くすらっとした髪を尻尾のように一本にまとめている。


 この人物も精霊騎士団の一人なのだろうか。

 しかし、この人物は玉座の間にはいなかった……となると違うようにも思えるが。


「……ん!?」

 だが、ラチェット達は彼が精霊騎士団なのかどうかというよりも、別の事に驚きを隠せないでいた。


「あれ!?」

 コーテナもこの反応。

 そう、この騎士の青年は……見覚えがある人物。

「アンタ、“エル”さんだろ!? なんで、ここにいるんだよ!?」

 スカルはすぐに気が付いた。


 エル。その名前はラチェットも聞き覚えがある。

 サイアムシティに向かう途中で乗った宿泊列車の乗客だ。確か、ルゥと呼ばれる令嬢の少女と共に観光を楽しんでいた従者の青年である。


 観光マニアの令嬢の従者が何故、このような場所にいるのか。


 ……次第にラチェットは騎士団長の正体に感づき始める。

 コーテナの言う、“どこかで会ったことがあるような気がする”というのは、気のせいではないかもしれない……その確信は恐らく本物だ。


「……ふふっ、それもそうですね」

 騎士団長ルードヴェキラは笑顔でこたえる。


「私ですよ。コーテナさん、スカルさん。そして、ラチェットさん」

 威厳のある声から、親しみやすい安らか声へと変わる。

「ここまでやれば、分かりますかね」

 髪の毛を両手で持ち、見覚えのある髪型の形に変える。


「……あっ!」

 コーテナもここまできてようやく気が付いた。


 ルードヴェキラ。この名前から、その人物へと答えに辿り着く。


「……ルゥ、さん?」

 コーテナはそっとその名を口にした。

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