PAGE.77「明日か地獄か」
いよいよ、判決の時は来た。
緊迫とした空気、騎士団とファルザローブ王の視線が集中する。
「へぇ、今の騎士団長って女性なのかぁ」
スカルは小声で騎士団長を眺めている。
「……」
騎士団長は玉座に腰かけると、魔法が発動できないよう特殊な枷をつけられた容疑者一同のラチェット達をじっと見つめている。
声を一つも発しない。ただ、無言で精霊騎士団と共に彼らを眺めるのみ。玉座で微動だにしないその風貌から、妙な胸騒ぎを覚えてしまう。
エージェントはまだ到着していない様子。
長時間の無言の圧力がここまで苦しいものか。胸を締め付けられるどころか、心臓に四方八方からナイフを突きつけられているような感覚がラチェット達を襲う。
「ん?」
ただでさえ、胸が痛いこの状況……
「ん~?」
そこへ、更に心臓が飛び出しそうな展開が訪れる。
コーテナだ。
玉座に座ったまま動くどころか喋る気配すら見せない騎士団長を不思議そうに眺めている。ただ眺めているだけなら問題はなかったのだが。
「……貴様」
その眺め方が問題だった。
「近づきすぎだ」
あまりにも姿勢が前のめりだったのだ。
気にすることなく迂闊な行動を取るコーテナの行動にファルザローブ王もギロリと睨みつけている。
「コーテナ、お前……!」
「あはは……ごめんなさい」
コーテナは苦笑いをしながら、一歩後ろへと引き下がる。
「ちょっと、何処かで会ったことがあるような気がしたので」
“会ったような気がした。”
「ん~?」
その言葉にスカルも首を傾げ始める。
「確かに、何処かで見たことあるような……あれぇ?」
相手は天下の精霊騎士団団長。そんな人物と対面したことがあるわけないはずなのに、何故かこの騎士団長を見て妙な既視感を覚える。
写真で見たことがある。とかそういう感覚じゃない。
紛れもなく、何処かで会ったことがあるような気がしてならない。
「勝手に口を開くなと言っている!!」
ファルザローブ王の叱責。それを前に一同は一瞬で無言になった。
心臓が飛び出しそうになる。飛び出したついでにその見事爆発してしまいそうだ。
「ふっ」
アタリスは怯えあがった一同を見て笑っていた。
「エージェント・シアル。到着いたしました」
緊迫とし続ける空気の中。精霊騎士団でさえも捕縛者の迂闊な行動に焦りを見せる一方でその人物は現れた。
声の主はラチェット達の真後ろで片手をあげている。
……エージェント・シアル。その名前に聞き覚えのあるラチェット達。
「お前ハ……」
見た目こそ少年だが、確か年齢は二十を超えている魔法使い。
サイアムシティに向かう途中、その時利用した列車の事件にて知り合った魔法使いの男であった。
「来たか。エージェント・シアル」
王都に所属するエージェントだとシアルは自己紹介をしていた。
こうして、何事もなく玉座の間に入れてもらえているということは、その発言には嘘偽りは一つもなかったようだ。
子供がエージェントごっこをやっているわけではない。列車で見せたライセンスも魔法使いとしての実力も全て本物であるという事が証明された。
「……“自分が目撃した”爆弾魔の犯人。それと思わしき人物を捕獲したと聞き、馳せ参じました……その一味はどちらへ?」
王の前では無礼は絶対に見せないとシアルは礼儀よく頭を下げる。
「そこにいる者達だ」
「……あれ、お前たちは確か」
シアルは容疑者一同を見てハッと気づく。
___どうやら覚えていてくれたようである。
ラチェットにスカル、そしてコーテナは気まずそうな笑顔を見せる。
「……ふむふむ」
シアルは容疑者である一同を何度も眺めては見上げ見下ろしてを繰り返す。その視線を一切逸らすことをせず、入念に容疑者を見つめ続ける。
彼等は犯人なのかどうか。
「どうだ? 間違いないか?」
王からの問い。ついに答えは下される。
「……いえ、こんな馬鹿っぽい奴等じゃなかったです」
呆れたように片手を振った。
「「はぁッ!?」」
シアルの発言に男性陣二人は激怒。
「誰が馬鹿だ!?」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだヨ、バーカ」
なんともまあ、安い挑発に乗っているものである。
「じゃあ、馬鹿って三回言ったお前は空前絶後の馬鹿ってことだな、バーカバーカ」
シアルも面白くなってきたのか二人の挑発に挑発で返し始めたではないか。
「静かにしないか馬鹿どもがッ!!」
当然、ファルザローブ王。激怒。
「「「すみません」」」
これには三人は即座に謝罪した。これ以上悪ふざけをするなら、例え無実であっても首の一つや二つは吹っ飛ばされそうである。
本当の意味で死を覚悟した一同はさっきのテンションが嘘のように静かになった。
「……発言の許可を」
「許そう」
気を取り直して、王から許可を取りシアルは容疑者に関しての発言をする。
「私はこの一味と会ったことがあります。何れも魔法の実力は未熟、大したものではありません。山岳を爆破して回るなんて大層な事はとても出来るとは思えません」
言われ放題ではあるがここは我慢する。
このシアルという人物は無実を証明しようとしてくれている。例え、好き放題の悪口であったとしても、その怒りを必死に飲み込んでいた。
「……それに、犯人は一人でした。その人物は女性。何処か他所の国の文化と思われる衣服を身に纏い、髪型も爆発したように特徴的なものでした……自分が見た犯人と特徴が一つもあっていません」
「え?」
シアルが口にした犯人の目撃情報。実際に自然風景を破壊する瞬間を見たという彼が、爆弾魔の特徴を丁寧に解説する。
その特徴を耳にした精霊騎士団の一人が焦るような表情に。
眼鏡をかけた少女騎士が冷や汗を滝のように流し始める。
「……プラタナス。どうしたのですか?」
クレマーティが同志の異変に気付いた。
焦っている。明らかにテンションが乱れている。そのために理由を聞く。
「……犯人はこの人達だと情報を与えた人。シアルさんが口にした通りの人でした」
その言葉に一同は一斉に凍り付く。王も含めてだ。
___つまり、こういうことだ。
何でも屋スカル一同は、爆弾能力を持っているという理由をいいことに爆弾魔としての濡れ衣を本物の爆弾魔の人物に着せられたという事。
何処からラチェット達の様子を見ていたのかは分からない。都合の良いように踊らされ、一時的逃亡のための餌とされてしまったわけである。
無実。ラチェット達の無実がここに証明された瞬間だった。
「おお、なんと……」
ファルザローブ王もこれには頭を抱えている。
「……」
冷酷ツインテールの少女騎士が無言で四人の前に立つ。
「謝罪、します」
頭を下げて丁寧に謝る。頭はしっかりと下を向き、腰も綺麗ぴったり九十度で曲げられている。
「……誤解、それにはちゃんと謝罪、する。兄様、に言われてる」
少女は何の言い訳もせずにしっかりと謝罪する。その姿勢、そして丁寧さには彼女の教育の良さがにじみ出ていた。
「はっはっは! 年下の嬢ちゃんに先越されるなんて、恥ずかしいもんだな?」
「お前も間違えてただろーが、というか、お前に関しては容疑者殴ってるからな?」
サイネリアとホウセンは正直に謝った少女と違って、子供っぽい喧嘩をし始める。
……なんというか、こっちはこっちで兄妹喧嘩を見ているような気分だ。
玉座の間にて王への無礼な行為を許されないというのに、それを気にせず玉座の前で子供っぽく論争を開始してしまっている。
「ったく、間違った情報鵜呑みにしやがって、プラタナスの野郎」
「えぇ!? そこで私にふるっすか!? 事実ですけどさぁ!?」
……なんか騒がしくなってきた。
今までの張り詰めた空気は何処へ行ったというのだろうか。徐々に収拾がつかなくなりつつある。
「……貴様ら」
不味い。王様はご立腹だ。
ここまでのまとまりのなさ。そして、秩序のなさを見せつけられたら怒りが臨界点を越えてもおかしくはない。このままではここにいる全員の首が仲良く吹っ飛ぶことになる。
焦るラチェットに一部騎士達。
そして喧嘩を笑うメンツも居れば、喧嘩をマジマジと眺めるメンツも。
このままではここにいる全員が処刑宣告を受けかねない。
「……」
そして、ようやく動く。
ずっと無言で。ずっと玉座に腰かけてきた騎士団長が。
この騒ぎの原因の発端である部下のサイネリアの元へと近寄っていく。
「……ふんっ!」
騎士団長自らの鉄槌。
「あいたァッ!?」
チョップだ。脳天がかち割れそうな迫力あるチョップ。
たまにラチェットがコーテナにかますチョップなんかとは比べ物にならない威力。その場に瓦があれば余裕で十枚は砕けそうな鉄拳がサイネリアの脳を震わせる。
「……サイネリア。玉座の間で風紀を乱す事はよくありません。謝罪なさい」
騎士団長は諭すようにサイネリアに説教をする。
凄く落ち着いた声。周りのテンションとは一世離れた雰囲気。
「いや、待て。私だけじゃ」
「言い訳しない」
何だろうか。この騎士団長と部下の騎士の会話は。
説教をする親に説教を受けてる子供のような風景に見えなくもない。
「まずは謝りなさい。いいですか……いいですね?」
声が途端に重くなる。
その場にいた騎士団のメンバー全員の顔が青くなる。
「サイネリア、 謝れ! 早く!!」
さっきまで乗り気だったホウセンでさえも焦りを見せ始める。
その場にいる全員が急いで謝るようにとサイネリアを急かす。これ以上、彼女が駄々をこねたら何が起こるというのか……一同は必死だった。
明らかに態度に変化が起きた騎士団長とその一味。
「……すいませんでした」
その危機感は当然、サイネリアも感じていたようだ。
「よろしい」
ゴタゴタが落ち着いたところで騎士団長は玉座へと戻っていく。
サイネリアは頭を下げたまま動かない。さっきまでの粗暴の態度が嘘のようだ。
冷静でありながらも自己中心的な雰囲気があった少女騎士が完全に騎士団長の説教を前に屈服してしまっている。
……これが騎士団長。
精霊騎士団を束ねる長の存在だというのか。
「王よ。これ以上続けても意味はありません。彼等を解放いたしましょう」
「……ああ、そうだな」
思った以上の大波乱。四人の判決は無罪となった。
「ふぅ……!」
ハッキリ言って色んな意味で心臓に悪い会談であった。
ラチェットとスカルの緊張は一気にほぐれはしたが、王様の手前、そんな気だるげな光景だけは見せまいと姿勢は整え続けていた。
「……うーん」
コーテナの視線。
それはやはり、あの騎士団長に向けられたまま離れようとしなかった。
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